番外1739 少年と仮面の武者と
俺の手を引いたままで城門――跳ね橋の前までやってくると、警備兵は城の中に向けて大きく手を振った。僅かな間があって跳ね橋が降りてくる。
警備兵は少し待っていて欲しいというように手で俺に仕草をする。頷くと城の中に入っていった。
……テンドウがやって来るかも知れないな。今のところ言葉を話せる幽世の住民をテンドウしか見かけていないから、事情を聞いたり説明をしたりするならテンドウがいなければ話にならない。
まあ……ボロを出さないように気合を入れていこう。武術の素養がない身のこなし。足を悪くしている時の杖への重心のかけ方や歩き方……。それに外から探知できる魔力も子供相応に見せかけなければならない。
その辺の制御は自分で自分を操り人形式にコントロールするか……んー。ウィズにシミュレートしてもらってそれを反映させた方が良さそうだな。
テンドウに見られてもボロが出ないよう、身体の内側で術式の構築と展開を行って段取りを整え終える。
と……それが終わったところでやはりテンドウと……先程の警備兵がやってきた。
「ふむ。あの少年ですか」
テンドウの言葉にここまで案内してきた警備兵が頷く。
所在なく視線をあちこちに送って不安そうな素振りを見せていると、テンドウは警備兵と共にこちらに歩いてきた。
「ようこそ、少年。私はテンドウ。貴方の名は、何と言いますか?」
「……ミ、ミカゲ……です」
景久の景からもじった……まあヒタカ用の偽名といったところだ。グレイス達は由来というか響きで気付いたのか、水晶板の向こうで頷いたりしているが。
偽名に心当たりがあるかないか。集落から連れてこられた子供達に確認をされても、問題はない。服装も集落の子というよりは街中に住んでいるような姿にしている。集落外にいた親戚という話をにおわせるためのものだ。
集落を抜け出してきたユキノに聞いて、カギリという名もそこで知った、というカバーストーリーまでを組み立ててある。相手の対応にもよるが、上手くすればコタロウのところまで辿り着けるだろう。
ユキノを経由してカギリの名を知ってしまい、縁が結ばれてしまって俺が捕捉された、という形で向こうが納得してくれればいい。
テンドウは俺の身なりや仕草等をじっくりと観察した後で声を響かせる。
「足を悪くしているようですね。どうやってここに来たか、覚えていますか?」
「何だか……白い手のようなものを、見た……ような。気が付いたら濃い霧の中にいて……何とか歩いていたらいつの間にか……。よく、覚えてなくて……ごめんなさい」
「ふむ……。責めているわけではないのですよ」
テンドウは少しの間思案していたようだが、やがて頷くと城の奥を指差す。
「自力で歩けますか?」
「……はい。その……お城……? ……に、入って良い、んですか?」
「うん? ああ。城だからと遠慮しているのですか? 構いませんよ。そうしないと話も進みませんからね」
テンドウは俺の言葉にそう答える。受け答えに引っかかりを覚えるように、というのも狙ったものだな。外界から遮断されて育った集落の子には、登城する事に畏れ多いという身分的な発想が欠けていてもおかしくはない。集落育ちではなく外部の遠縁の血筋だと納得できる根拠を、情報として出しておくわけだ。同時に、城に立ち入る許可を得るという意味合いもあるが。
テンドウに案内される形で、跳ね橋を渡って城の中に進む。
「貴方もご苦労でした」
俺をここまで案内してきた警備兵はテンドウに言われて街中の巡回に戻るようだ。一礼して戻る警備兵に、俺も一礼を返す。
「ふむ」
その様子も……テンドウはしっかりと観察している様子であった。
そうして俺はテンドウに連れられて城の敷地内に立ち入る。文字通りに最初の関門を突破したというわけだ。
城の内部は――巨大な主城が中心部に。他にもあちこちに小規模な城が連なるように建てられていて、一つの巨大な城を形成しているようだ。渡り廊下で繋がっているかと思えば半ば程から他の城が融合して建築を続行されたというような、かなり混沌とした構造で……合理性を考えた設計、ではないように思う。
上の方は霧で見えない。混沌としている分、スケール感はすさまじいものがあるな。圧倒されたような表情で上の方を見上げていると、テンドウが言う。
「驚きましたか?」
「……はい。すごいお城だなって」
「ふむ。先程も感じましたが、貴方はあの集落の子ではありませんね? どこの出身ですか?」
「カケイの……ええと、大きな河と、船着き場がある町です。知っていますか?」
来た。地名については無警戒に、澱みなく答えて補足説明を少し考えたようにして答える。カケイの町というのはユキノが俺達のところに来るために立ち寄った町だな。
「カケイ――ええ。確か集落から出て少し行った場所に、そんな名前の町があったというのは記憶していますが……」
テンドウは仮面の顎あたりに手をやって思案しながら歩みを進める。
「外の子……。とはいえ……招かれたという事は素性にも連なりがあり、そしてその心境も……ふむ」
テンドウが肩越しに俺を見ながら言う。素性の連なりは分かるが……心境、というのは何だろうか。説明しても問題がないから言葉に出しているのだとは思うが……。
「まあ、あまり不安に思う必要はありませんよ。危害を加えようとは思っていないのですから」
「は、はい……」
敷地内を通って――テンドウは独立した棟に向かう。他の棟から独立した城で、高所を渡り廊下で繋げているという構造の建物だ。独立している分、比較的大きな棟であるが……。
「見ての通り構造が複雑で迷いやすい場所です。今回は手を引きますが、いつもそうとは限りません。どこかに移動する際に遅れたり迷ったりした時は、私や城の中の者に遠慮なく声をかけるように」
「分かり、ました」
頷くとテンドウは俺に向かって手を伸ばす。その手を取るとゆっくりとした足取りで城門を潜り、城内へと進んでいく。
と、短い廊下を抜けると、上まで吹き抜けになっている場所に出た。照明もあちこち灯されていて解放感がある。
何人かの子供達が吹き抜けの手すりからこちらを覗き込んでいた。視線が合うと手を振ったりと……歓迎してくれているように見える。
半透明の……女官型の幽世の住民達もいるな。
「ここは子供達用の宿舎として使用している場所なのです。比較的迷いにくい場所に建っており、見た目も分かりやすくて、街まで移動もしやすい。守りやすさや、避難のさせやすさというのも宿舎として選ばれた理由としては挙げられますが」
「そう、なんですか。宿舎……」
吹き抜けを見上げながら答える。
条件が色々良い場所、というわけだ。避難というのなら上方の渡り廊下から奥の城に逃がす事が出来るので……確かに外敵が来た時は良いのかも知れない。それなりに城の内部の敷地を歩いてここまで来たし、途中で避難のための時間稼ぎもできる。
逆に言うと、例えば子供達を奪還しようと攻め込んだ場合に、そういう対応をされてしまうという事でもあるか。
吹き抜けの中央にあるスペースは小さな庭園のようになっているな。灯篭や池、橋もあって……住環境にも気を遣われているように思う。
庭園を通り抜け、長い廊下をしばらく進んだところで襖を開けて、座敷に通される。
「さて。では、ここで少し寛いで身体を休めていて下さい。準備もありますから」
「は、はい」
テンドウは退出していき、女官達が座布団を出してくれて、そこに腰を落ち着けてそのまま待たされることとなった。準備か。今のところ危害を加えるつもりはないというのは本当のようだが……さて。