番外1738 霧の町角にて
堀と城壁に沿って移動する。城の中に子供達がいるというのは分かったからな。後はテンドウに見つからないルートから入り、内部を調査しつつ子供達を探す事になる。
城の敷地が広すぎる事と城内の警備体制が不明な事がネックだろうか。潜入調査が厳しそうなら子供への変装を試みる方向で動く事になる。
堀に沿って進み、幽世の住民……見張りや警備が少ない場所を見繕って、マジックシールドで足場を作りながら堀の向こう側へと渡る。
境界面に慎重に偽装した魔力網を伸ばして探ってみるが……これは――。
「んん……。城壁内部が領域の核心や本体と言いますか。現実世界だと大岩の内部に相当するのではないでしょうか?」
結界の線や壁ではなく、壁の内側……城の敷地内そのものがテリトリーになっているというような場所だ。
許可のない非正規の手順での侵入は……俺なら契約魔法や呪法で察知できるような体勢を構築するだろうな。カギリやテンドウの保有する能力や技術次第だが……転移術での突入は控えた方が良いだろう。
見解を伝えると、みんなも思案する。
『そうした感知を回避する方法は?』
「比喩としては微妙ですが――人家に侵入する類の妖魔や邪精霊等は……家人の許可を得る事で以後の出入りが可能なようになりますね。許可を得て一度敷地に立ち入ってしまえば、同じことは可能ではあります」
『ヒタカノクニにもそういう妖怪はいるって話は聞いたな。家の主と認識させて上がり込み、家人に違和感を覚えさせないというような』
ジョサイア王の言葉に答えると、レイメイが頷いていた。そういう能力の妖怪には心当たりがある……というか、レイメイが言っているのは多分ぬらりひょんの事だろうな。
地球側では吸血鬼も家人に招かれないと家に入れない、という伝承もあったか。ルーンガルドの吸血鬼はそんなことはないけれど。
ともあれ一度正門から許可を得て入る事で、出入りを呪法的に感知させないようにする、という事はできる。まあ、呪法の悪用にも繋がるのであまり細かく皆に解説しない方がいい手法ではあるだろうが。
秘密裡に侵入というのは難しそうだし、変装での潜入を模索するという事で話も纏まり、早速幻影を使って住民達の反応を確かめてみる、という事になった。
「……街中を歩かせる幻影ですが、変身呪法で子供の姿になった上で、見た目もそれに寄せておいた方が良さそうですね」
幽世の住民達同士で意思疎通できると目撃情報に齟齬が生まれる可能性があるからな。問題が出るようなら俺の変身後の姿というのは調整できるし。
というわけでまずは物陰まで行き、隠蔽フィールドを維持したままで変身呪法を使って子供の姿になる。俺自身の小さな頃の姿を基調にしているが、ヒタカの子供らしい姿と顔立ちにして、黒髪黒目だな。外から紛れ込んで来たというのを明確にしたいので、キマイラコートやウィズはヒタカでは有り触れた衣類ぐらいの見た目にしておく。
杖は……そうだな。木でコーティングして足を悪くしている、というように見せておくのが良いか。シーカーも杖の節の中に隠す事ができる。
「こんな感じでどうかな」
『ふふ。可愛らしくて良いと思うわ』
『子供達も、もう少し成長すると似てきたりするかも知れませんね』
と、そんな風ににこにことしながらステファニアやアシュレイが言って、マルレーンと頷き合っている。うむ。
とりあえずイチエモンの反応からしても、ヒタカの子供としては問題なさそうかな。あまり身ぎれいなのもおかしいので衣装にしろ何にしろ、少し汚れたような風合いを出したりしている。
言語に関しては翻訳術式頼りだと不自然さも出てしまうから、多少無口に振る舞いつつもウィズにサポートしてもらおう。
「後は……集落の遠縁という事にしておいた方が話も通りやすいかと思いますので、何かしら出自に関する話を考える必要がありますね」
『でしたら……私の名を使って話を考えて下さい。話を外に持ち出した時点で私自身の立場については覚悟していますし、今も危険な役回りを担って下さっている事を心苦しく思っているぐらいですから』
俺の言葉に、ユキノは決然とした表情で言う。
「……分かりました」
少し思案した後でそう応じる。そのあたりは……子供の曖昧な話という事で、集落の遠縁である事を匂わせるような形で時間を稼いでいくのが良いだろう。具体的な名前が出ると、その親類縁者にも累が及ぶ可能性もあるからな。
おおよその段取りが決まったところで動いていく。まずは少し上空に移動し、行き止まりの路地がある場所を見繕ってから、屋根の上に腹ばいになるように自分の身を置く。隠蔽フィールドによって身を隠しつつ、マルレーンのランタンを使って子供の姿の幻影を出して、路地から通りを覗き込ませ、動くタイミングを見計らっているような仕草をさせた。
そうしている内に、路地の近くに街中を巡回している警備がやってくる。
「では、始めます」
幻影に路地から出るような動きをとらせる。巡回に気付くのが遅れて動いてしまった、と見せかけるわけだ。
向こうも――幻影に気付いたようだった。視線を合わせて幻影の表情に驚きと恐怖を浮かべさせてから路地裏に向かって逃走させる。
こういう動きをさせる事で、イレギュラーな事態にどう対応するのかを見ようという目的もある。
外から子供を攫ってくるのは何が目的なのか。攫ってきた子供がどういう扱われ方でどう落ち着くのか。
神隠しに遭った場合の通常の手順から外れた子供がいた場合にどう動くのかは、特に見ておきたいところだ。
果たして幽世の警備兵は――武器に手をかけることなく幻影を追ってきた。小走りではあるが、両の掌を広げて上に見せるようにして、危害を加えるつもりはない、といった意図を見せているように思う。
迷い込んだばかりか、或いは城から抜け出したりはぐれたりしたのか。幽世の住民からするとそんなところなのだろうが。
「少なくとも、すぐに危害を加えるつもりはないように見えますね。先回りして入れ替わろうかと思います」
『では――こちらも何があってもすぐ動けるように備えておく』
ヨウキ帝の言葉と共にみんなが真剣な表情で武器を手に取り、何時でも動けるよう準備を整えていた。
そうして……路地裏の先に移動する。俺のいる場所に後ろを気にしながら幻影が駆け込んできた。警備兵の視線が切れるタイミングで幻影を消して入れ替わる。
行き止まりで困っている、怯えているというような素振りを見せながらも後方を気にしていると、警備兵が追い付いてくる。
「……こ、来ないで……」
怖がっているような仕草を見せると、警備兵は首を横に振って少し後ろに引き――両手を一旦高い所で見せると、その場に膝をついた。そのまま少し離れた位置で……片手を差し伸べるようにしてこちらに来るようにと促してくる。
少しの間、恐れながらも様子を窺っているように待って……危害を加えてこないのを確認したところで顔を上げる。警備兵は頷いて、こちらが動くのを待っている様子だった。
俺も……おずおずと頷いて前に出る。遠慮がちにその手を取ると、警備兵は頷いてゆっくりと立ち上がった。路地から出ようと言うように通りの方を指差してくる。
逡巡した上で頷く。警備兵は俺の手を軽く取ったまま、今の俺に合わせるようなゆっくりとした歩調で路地から出ると、今度は城のある方を指差してくる。
ついていくなら同じだというように頷くと、警備兵はのんびりとした足取りで前に進む。どこか……その動きは子供に合わせ慣れているようにも感じられるが……。さて。