番外1737 主の眠りの挟間にて
『ここから……どうしたものですかな』
『相談するにしても方針は定めておこうか』
「消極策としては子供達の行動を追ってその正体を探りつつ、コタロウ達に繋がる情報を探していく、という事になるでしょうか。安心できる状況ではありませんが、一先ず生命反応がある子供達を発見できましたし、その扱いもそう酷いものではありませんでしたから」
タダクニやヨウキ帝の言葉に答えると、ユキノも含めて一同が真剣な表情で頷く。
『積極策もあるという事ですかな?』
「そうですね。手詰まりになってしまった場合に考えている事はあります。どうしても危険性は吊り上がってしまいますが――」
そう前置きして、子供達を離れたところから観察しながら考えている方法を説明する。
獏の能力をここで使うのは敵の領域内部で夢の領域を使うという事で、かなりリスキーだからな……。使う手段としては変身呪法という事になる。言葉が通じている上に互いに面をつけているのなら、子供達に成りすまして話を聞く、というのは不可能ではない、と思う。
仮に察知されてしまったとしても、危険性が上がるというのは俺に限ってはの話だ。
姿を見せているから潜入方法を看破されたわけでもない。みんながいる仮拠点とは別の方向に逃げて転移術や幻術、変身呪法を駆使してやれば……しばらく時間稼ぎはできる。警戒度は上がってしまうけれど。内側に呪法生物や幻術をばらまく事で内の区画に単身で潜んでいると思わせ、外の区画に目を向けさせない、という事も可能だ。
ともあれ、それを行う場合、初手として幻術ではぐれた子供の姿を見せて末端の住民達の対応を見てから、という事になるかな。
そう伝えると、みんなは目を瞬かせつつも思案している様子だった。
『確かに……一気に情報収集は進むとは思うが、場合によってはテオドール殿が幽世の者達から追われる事になるな』
『それに、子供達に紛れ込むとしても、集落の縁者であるとか、ある程度出自の分かる者達が選ばれているというのもあるが……』
ヨウキ帝とジョサイア王が思案しながら言う。
「そうですね。ただ……危険性については僕だけの範囲に留まりますから。偽装の身分については……集落の人々の遠縁という事で、見た目を似せたり魔力波長を合わせたりもできるかなと。後は、幽世の住民がどの程度主との情報共有をしているか、という部分が若干の賭けにはなりますか」
発覚までにどれだけの情報を引き出して動けるかだろうな。
理想としてはそもそも発覚せずに必要な情報の収集を完了して救出に移れれば最良なのだが。
次点として向こうが察知した頃には必要な情報を引き出し、救出の段取りを終えて姿を眩ませている、ぐらいの事が出来ればというところだが……。いずれにせよ幽世の主に対しては最終的に何らかの形で事態を収拾する必要があるからな。俺は危険でも子供達に危害が及ばないならそれでいいとは思う。
と、鐘の音が鳴らされて子供達が護衛達に促されて移動を開始した。鐘の回数は――外の時間と同じか。昼夜がない分、こうしないと生活サイクルは整えられないとは思うが。
一定の距離を取りながら尾行を開始する。どうやら、中心部の方向に向かっているようではあるが……。さて。
『子供達が多い、というのは何なのだろうな。どこから来たのか』
「可能性としてはまず……俺達の把握していない、他の集落から連れてこられた、というものかな」
テスディロスの言葉に答える。カギリに縁のある集落がユキノ達のそれだけとは限らない、というもの。
『他の可能性もある、と?』
『……神隠しの事例では、子供が行方不明になった当時の姿のままで、何年も経ってから戻ってきたという報告がある。その場合は同じ集落から行方不明になった子であっても時代が違う、という事になるな』
ジョサイア王の言葉にヨウキ帝が言った。
時代が違う……。時の流れに影響を与えているなら分かるが、そういった事はない。この場合領域内の……子供達の肉体的なところを不老にするような、能力や領域の影響力なりがあるわけだ。
ずっと幽世で暮らしていく事を受け入れざるを得なかったと考えると……事情を明かした時に素直に保護に応じてくれるかどうかが分からない、というのはあるな。帰る場所だってないし、長年こうやって暮らしてこられたのだから。
……接触した際にどういう反応をされても良いように色々な対応を考えておく必要があるな……。
「ともあれ、行き先は確かめておきましょう」
護衛に引率されて移動していく子供達を追っていくと……やはり城の方に向かっているようだ。霧の向こうに、城も見えてくる。
やはり……巨大な建築物だな。古い時代の建築様式だとは言うが、小規模な城が敷地内にいくつも別の棟として重なって、現実世界では有り得ないような……一つの巨大城の様相を呈しているようだ。遠くまでは霧に霞んでいて見通せないが。
堀と城壁。城内へと続く跳ね橋があり、そこで他とは毛色の違う幽世の住人が子供達を待っていたようだった。他の幽世の住民達と違って実体がある。
仮面の若武者――といった出で立ちだ。武者と言っても時代がやはり古い、というのは見た感じで伝わってくる。景久の知識で当てはめるなら鎌倉時代の鎧姿というか。
長い髪を後ろで束ねていて、シャープな印象があるが、通常の生命反応は宿していないな。かなり強力な魔力を纏っているが……。
「テンドウ様」
「楽しんできましたか?」
畏まった様子の子供達に話しかけられ、それは言葉を返した。カギリではなく、テンドウ、か。
子供達がこくんと頷くと、テンドウも静かに頷き護衛に伝える。
「それは何より。では、子供達を間違いなく城内へと送っていくように」
護衛の内一人が姿勢を正すように一礼して、跳ね橋を通って城内へ向かう。もう一人の護衛にテンドウは言葉を続けた。
「カギリ様は未だ、夢の随に……。眠りは浅く、封印は解けかけ……いつ目覚めてもおかしくない状況にあります。眠りから目覚める事は望ましくは有りませんが、どうなるにしてもあのお方のお心を煩わせることのないよう、いつ何時でも外敵に立ち向かえるよう、しかと皆と共に修練に励むように」
護衛はこくんと頷き、再び一礼すると街中へと戻っていった。テンドウが片腕を上げると跳ね橋が持ち上がる。それを見届けて、テンドウ自身もふわりと宙に浮いて城内へと戻る。
……隙が無いな。隠蔽フィールドを纏っているとはいえ、あれと同じ経路で同時に侵入するだとか、目の前で術式を使うというのは避けたい。
『幽世の主は眠っていて……先程の、武官は目覚める事を手放しには望んでいないようにも聞こえましたが……』
名前を出さないように言葉を選んでいるグレイスである。
「みたいだね。どっちでも対応できるように、備えているように聞こえた。俺としては変装して動きやすくなったけれど、夢の世界を使っての情報収集は……やっぱり難しい状況かな」
それこそ相手の領域……隣り合うところで獏の領域を広げてはな。眠りが浅い、いつ目覚めてもおかしくはないというのであれば、その方向からのアプローチは控えた方が良さそうだ。
幽世の主が領域内に影響を及ぼしているというのはありそうだ。
その領域内での精神感応は状況に予測不能の変化を齎してしまいかねない。目覚めた場合に何が起こるのかを把握した上でなければ、やはり踏み切れない手だと思う。俺の見解に賛成という事なのか、獏もまた頷いている。
『となると、精神感応で語り掛ける類の能力も領域内では怪しい所よな。スティーヴン達を頼るのも難しいか』
パルテニアラが顎に手をやって言う。そうだな。使えるとしてもサティレスの能力で誤魔化しや鎮静の方向で、というのが無難だ。
『封印についても口にしていたわね』
「大岩の一部が崩れていたことかな。再度の封印も……救出の道筋を整えてからが良いと思う」
目を閉じて言うクラウディアに答える。普通に考えれば封印を強化すれば眠りは深くなる、とは思うが、そうすることが単純にメリットばかりなのかと言われるとな。
『コタロウ達の発見と情報収集に戻ってくる、か』
「そうですね。見張りの薄い箇所から、城内に侵入していきたいと思います」
そう言うと、ヨウキ帝達も納得したような反応を見せるのであった。