番外1736 仮面と子供達
大鳥居の内側と外側とで、境界や結界のようなものが生じている様子はない。異界に入っている状態であるならば、通常は侵入者を把握できるからなのか。
警戒度が上がっていないという証明でもあるのかも知れない。
ともあれ問題はなさそうなので隠蔽フィールドを展開しながら大鳥居の内側に広がる街並みの中へと潜入していく。住民が行き来しているので、フィールドの内側に踏み込まれて俺の存在が発覚してしまうような事だけは避けたいな。
突発的な衝突を避けるという意味でも周辺の住民達の動きだけはきちんと把握しておこう。探知網を薄く広く広げて、周辺の動きを見ておこう。
『こんな……幽霊のようなものがうろついている場所に子供達が……』
街中を見回したユキノは不安そうな表情で言う。
「あまり楽観的な事は言えませんが……侵入者である僕にとっては確かに危険なのかも知れませんが、呼ばれたり招かれるようにこっちに来た子供達にとっては、彼らがそうであるとは限りません」
『ああ。それは……確かに、そうかも知れませんね』
ユキノは真剣な表情で頷く。
「それに、この街は何と言いますか……偏りが見られるように思うのです」
『偏り、ですか?』
『人の文化は未だに良く分からないが……確かに、俺の目から見ても必要なものが足りていないように思う』
そう言ったのはテスディロスだった。そうだ。民家や色んな店に模した軒先が通りに並んでいて、どこからか音楽や歌声も聴こえてくる。そんな音楽に合わせて出窓で舞を見せている住民もいる。街角で大道芸のようなものを披露している者も。
幽世の住民達の街だから全体的に妖しげで幽玄な印象がある事は否めないが……飾り付けられて住民達は祭りの時のように楽しんで、とても煌びやかで、異質ではあるが楽しんでいるようにも見える。
だからこそと言うべきなのか、ここが幽世であるからなのか……。明らかに普通の街並みではないのだ。まだ全域を見たわけではないけれど、飲食物の扱いが見受けられず、娯楽や遊興に寄っているように見える。普通では有り得ない街並みだな。
音楽や踊り。芸妓……。大道芸や人形劇。風車や独楽といった玩具を軒先に並べて。住民達同士でこの世界を楽しむように。半透明の者達も時折足を止めて見入る様子もあった。
これらの娯楽が……住民達だけでなく外から連れてこられた子供達にも向けられているとするのなら無体な扱いは受けていない、と思いたいところだ。
「もう一つ気付いた事としては……住民達に子供型の姿がない、というのはありますね」
『……確かに。住民達は全員大人の体格だな』
ヨウキ帝が観察しながら頷く。男型、女型の違いはあるが、子供型、老人型というのはいない。
武芸の心得が有りそうな者、魔力反応が大きな者も住民の中にはいるから、全員が非戦闘員というわけではないにしても、色々偏りが見えるな。
遊興だけでなく鍛錬や、術式の練習をしている区画もある。街で見られるものは娯楽と訓練か。本当に極端というかなんというか。
ついでだから訓練風景ももう少し細かく見ておくか。これについては戦いになった場合の対策に直結するからな。
足を止めて訓練風景を見せてもらうが――。
『防衛を主眼に置いた訓練のようね』
ローズマリーが言う。隊列を組んで足止めをし、長物や飛び道具で撃退する、という……ある意味オーソドックスな動きをしている。
槍を構える者達は地上での迎撃。弓や術式を扱う者は空中から矢や魔力弾を放つような動きを見せるあたり、自分達の特性を理解して活かしているし、統制の取れた集団行動が可能なようだ。
『仮想敵は地上を移動していて……舞台は街中という想定であればこうした訓練になりそうでござるな』
「つまり普通に想定される侵入者への対策ですね」
それが終わると今度は武士型の者達が射撃訓練をしたり、空中で切り結んだりしていた。地上戦を想定した訓練をしていたが、空中戦も相当こなれている、という印象だ。
仲間同士で空中戦の研鑽も積んでいるか。戦いになった場合、結構厄介そうな連中であるが。
彼らの訓練をある程度見せてもらってから、中心部に向かって更に進んでいく。
少しずつではあるが――巡回の頻度が上がり、警備が厚くなっているような気がするな。
元より……リスクを負ってでも子供達の救出を考えている。見張りや巡回が多くなっても中心部に向かう事ができているなら問題はない。
……と。ウィズと分担して生命反応や魔力反応を見ていたのだが、視界の端……一つ隣の通りでライフディテクションに反応があった。
「……今のは……」
そちらに目を向け、路地を抜けて隣の通りへと向かう。
そこには……ああ――見つけた。
子供達だ。だが……何と言えば良いのか。
着物は上等な仕立て。手ひどい扱いをされているようには見えない……が、複数人いる子供達は全員が面を被っていて、顔が分からない。
……白地に赤や金で飾り模様を付けられた動物達の面。狐面もあるが……バリエーションが多いな。干支を模した面、かな、これは。
生命反応は……普通の子供と変わらないように見える、が、身体にまとわりついている魔力は幽界特有のものだ。何かしら幽世の主の影響を受けているようにも見えるが……。
ともあれ、子供達は集団でそこにいて遊んでいる様子だった。毬をついたり独楽を回したり、鬼ごっこをしている子もいて。
そのすぐ近くには見張りなのか護衛なのか、半透明の武士が立っているな。楽しげにしている子供達とは違う。
気を張り詰めているというほどではないが、任務をしっかりと務めている、という印象だ。
「ちゃんとした生命反応がある……けれど」
『おかしい……ですよね。人数も男女比も合わない……。みんなお面をしているから確実な事は言えませんが、年齢も体格も……いなくなった子供達と違うように思います』
俺の言葉を受けて、ユキノがその光景をまじまじと見てから慄然としたような表情でかぶりを振った。
子供達の人数が合わない。足りないのではなく、その逆。
多すぎるのだ。しかも事前に聞いていた子供達とは男女比や年齢等の内訳が違うときた。
何というか……見つけ出して救助すればいい、という単純な話でもなくなってきたように思う。
『数が足りないのも困るが、予想していた以上の人数、というのはな……』
『連れ出そうとしたら敵方だった、というのも有り得るでござるな』
「そうですね……。まずは状況把握に努め、子供達の正体や、抱えている事情を探るところから、でしょうか。面を付けている状態では、誰を連れていけば良いのかも分かりませんし」
ここにいる子供達は幽世の住民達のような生命反応を持たない存在ではない、というのは希望が持てる話かも知れないが……それがユキノの弟、コタロウや集落の子達の安全を保証してくれるわけではないからな。扱いが別という可能性だってあるのだから。
隠蔽フィールドは展開したまま。物陰に身を隠しつつ様子を窺う。子供達は――面をつけている事以外は観察している範囲では至って普通だ。
ヒタカの言葉で会話も交わしているし、楽しそうに遊んでいて……傍から見る分には何も問題はないように見える。
言葉が交わせる……意思疎通ができる、というのは大きいな……。
幽世の住民達の歌も街中で聞こえたけれど、あれはメロディーを喉のあたりから響かせているだけで、双方向での会話ができるかどうかは不明であったから、どうしてもどこか異質な住民達の娯楽、といった印象が拭えなかった。
少なくとも子供達となら翻訳の魔道具を介しての会話が可能というのが分かったのは収獲だ。
もっとも……味方であるとは限らない以上、簡単に話を聞くという判断ができないというのもあるのだが。さて。ここからどう動いたものか。