番外1735 幽世の街
『ん。ちゃんと造られてるのに古い道』
「確かに。整備された道……にしては、あまり使われている形跡がないな」
シーラの見解に同意する。石畳自体はきちんとしたものだが、あちこちが苔むしていて往来の形跡があまりないように見える。道が出来た当初から往来があまりない、のだろうか。使い込まれた風合いが元々ないという、何だかちぐはぐな印象がある。
とはいえ、道がある以上はどこかには通じているのだろう。
中心部に向かう方向を目指して、道沿いに木立の中を移動していく。隠蔽フィールドは纏っているが、身を隠せるに越したことはないからな。
「……と、何か来ます。茂みに潜んで様子見をしますね」
探知の魔力網に何かの気配が引っかかる。足を止めて茂みに身体を隠していると、進んでいる方角――霧の奥から何か……人影のような集団がやってくるのが見えた。
青白い、半透明の人影が複数。整然とした隊列を組んでいるな。
出で立ちは――武士のような者と、術者のような者の混合。一様に顔に模様の描かれた布のようなものを垂らしていて、表情は見えない。
前衛後衛の役回りが見たままなら、術者型を守るような隊列だ。見回りに適していて襲撃に備えるような動きではあるが、ゆっくりと進んでいる割にあまり周囲に注意を払っている様子がないな。こっちを見つけてきたとか、異常を察知してきたという雰囲気ではない、ようにも見える。
幽霊とも精霊ともつかない奇妙な魔力反応。正体は不明だが……ルーチンワークとしての見回り、か?
足元が透けていて微妙に宙に浮いているな。滑るように移動していて……道に使われている形跡がないのも頷ける。
そもそも道沿いに進んでいても歩いていないのなら使った形跡などあるわけがないか。足音がしないのは注意が必要だろうな。
そうやって観察していると、一団はゆっくりとした動きでペースを変えないまま目の前を横切り、遠ざかっていった。やはり、こちらを探知してきたというわけではなさそうだ。
暫く様子見をした後で、ヨウキ帝が言う。
『今のは……斥候のような役回りか? 正体は不明だが……』
「僕も同じ印象です。感じた魔力反応からすると、幽霊とも精霊とも言えないような魔力波長でした。幽世に暮らす者達、生じる者達がああした性質だというのなら、それはそれで納得できるような気がしますね」
ヨウキ帝に俺の見解を伝える。
『あの武士の出で立ちもまた、かなり古い時代のそれでござるな。城の建築様式と比べてみても、年代は合うような気がするでござる』
『やはり、資料に当たっておくのは重要ですな』
イチエモンとタダクニが言う。時代か……。
精霊にしろ亡霊にしろ、成り立ちに関わっている要素を誤魔化す事のできない存在だからな。見た目から得られる情報というのも馬鹿にならないというか。
城が存在している事からして、防衛や侵入者を想定しているが……その対象が俺達ではないというのは確かだ。そもそもあの見た目やこれまでの知名度からして、彼らの存在がそういう巡回そのものに意義を見出しているからそうしている、という可能性は高い。
恐らくは彼らという存在、成り立ちそのものに関わってのものだろうと予想される。
幽世の主も相当な力を持っているというのは、ここまでの感触から間違いはなさそうだが……問題はその目的か。
そこを見誤らないようにして対応していきたいところではあるが、な。
いずれにせよ斥候のような存在が巡回しているというのは分かった。中心部に近付けば近付く程、見張りや斥候等、戦闘要員となる存在が増える事もほぼ間違いないと見ておこう。
これまで以上に警戒をしながらも道沿いに森の中を進んでいく。
道を進むごとに少しずつ変化があるな。道の端に灯篭が建てられており、青白い炎がそこに灯されて揺らめいていた。
幽玄な雰囲気というかなんというか……。森も途切れてしまったのでここからは遮蔽物はない。隠蔽フィールドの精度が頼りだ。
マジックポーションを一本飲み干し、軽く補給をして茂みの中から出る。索敵をしながら慎重に進んでいくと……霧の中に長い橋が架かっているところに出た。
その向こう岸に……霧に霞んでいるものの、巨大な鳥居の影が見える。
「霧の外に頭だけ見えていた鳥居か」
『中心部に近付いているという事だな』
「そうですね。霧の上から見た感じでは城を囲むように四方に大鳥居がありましたし……大鳥居から城までもまだ距離があるようですが」
構造としては城が中心にあり、俺達が侵入したのは外縁部だ。外側には森が広がっていて、その内側――大鳥居のこちらとあちらで分かれている、という印象だろうか。してみると、俺はこれから外側の区画から内側の区画に進んでいく、という事になる。
魔力の探知網を広げながら橋を渡っていく。と、橋の向こうから先程見かけたのと同じ……巡回の一団がやってくるのが見えた。
内側の区画から出ていき、外側の区画を巡回する警備役というわけだ。複数の班がいる、という理解で良いのかな。
しかし、こんな橋の上で擦れ違いか……。
橋の欄干に登ってやり過ごす。シールドで足場を作っても良いのだが、隠蔽フィールド以外での魔力を使っての行動はなるべくしたくないからな。
先程とは武士型と術者型の内訳が少し違う。近くで見ると身長や体格ばかりか、歩き方、魔力量等から技量も含めた個体差があるのが分かった。宙に浮いているし半透明だが、物理的な干渉もできそうな魔力反応だな。
力量にもよるが……少なくとも、闘気や魔力を込めた一撃なら恐らくダメージを与える事ができるだろう。
彼らはやはり……俺に気付いた様子もなく自分達のペースを保ったままで通り過ぎていく。十分に遠ざかってから移動を再開した。
「近くで見て気付いたのですが――個体差が大きいですね。動き方や魔力反応から推測できる個々の実力差、と言い換えても良いですが」
『……同じような姿をしていても個性があるわけか』
『能力が違えば判断や動きも変わる。決まった対応じゃ不十分ってのは、寧ろ厄介かも知れねえな』
『加えて言うなら、規模は分からないまでも組織だった戦闘要員が複数いるわけだ』
御前やレイメイ、オリエがそれぞれに分析をする。
そういう事になるな……。幽世の主との戦いになった場合、こうした戦闘要員も同時に相手にする事になる。やはりこちらとしても人手は必要になるから、仮拠点や転送魔法陣を整備したのは正解だ。
橋を進んでいくと、大鳥居の根本までやってくる。中々馬鹿げたスケールの鳥居ではあるが……そうだな。特に結界のようなものは形成されていない。それよりも問題はその向こう側だ。
街。街になっている。俺から見ても古い時代の建築様式の街並みといった感じだが、あちこち色とりどりの提灯が吊るされて、外の区画の幽玄な雰囲気とはまた違う。
華やかな雰囲気で、祭りの夜のようにも見えるというか。どこからか笛や太鼓の音色も聞こえてきて……何というか、この光景は少し予想外だな。
幽世の街には住民もいるようだが……。半透明の存在には非戦闘員のような姿をした者達もいる。全員が一様に布で顔を隠している。住民達は舞台に合わせた単なる役割なのか。それとも――。
……子供達の姿は、ないな。普通の生命反応をしている者も、見る事の出来る範囲にはいない。
子供達がいるとしたら、この街か、それとも中心部の城か。様々な可能性を排除せずに調査を進めていこう。