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番外1732 神楽舞

 離宮の庭に祭壇が作られ――身を清め、巫女としての衣装に着替えてきたユラが姿を現す。神楽鈴と言われる短い棒に鈴をつけた祭具を持っているな。


「神楽舞の儀式だな。神楽は神座――つまり神のいる場所を表す言葉が転じたともされる。神に捧げる舞を通して自らの器に神霊を降ろしたり、または神性を宿す事で、口寄せなり託宣を行うというわけだ。捧げるための神楽であるがゆえに、鎮魂や慰霊としての役割を持たせる事もできるが――」


 ヨウキ帝がこれからユラのしようとしている事を説明してくれる。

 神性を宿すというのは踊りを通して神がかり――トランス状態になり、一時的に人の身では得られないような能力拡張をしたり、高位の存在と接続するための足掛かりにしたり、という具合だな。


 こうした儀式については西国の巫女でも同じような技能、知識を修めている者はいる。マルレーンも、見習いではなく正式な巫女になっていたらそうした巫女としての技能を身に着けていただろうし、見習いの時の経験や知識から現状でも同じことはできるだろう。ヨウキ帝の言葉に肯定するように頷いていたりするし。


『流石と言いますか凛々しくてお綺麗です……!』

『ふふ、ありがとうございます』


 コマチが声を上げるとユラも笑って応じる。神楽という事でユラの他にもアカネやミツキ、女官達も楽器の演奏に参加するらしく、全員巫女服に着替えてきている。

 そうした技能を修めている人員が揃っているあたりは流石というか、術者を束ねる立場でもあるヨウキ帝達だからこそというのはあるな。


『では――始めます』


 中庭に出たユラがそう言うと、ミツキ達も真剣な表情で楽器を構えた。グレイス達やジョサイア王が見守る中で、ユラが両手に神楽鈴を構えて目を閉じる。


『かけまくも畏き、アマノミヤシロの大前に、友判(ともがき)の歩ぶ路に、禍事罪穢れ事あらむをば、祓い給え(さきは)へ給えとまをすことを聞こしめせと、かしこみかしこみもまをさく――』


 浪々と響くユラの祝詞。祝詞は……基本的には神霊を讃え、普段のお礼や捧げもの、願い等を口にする言葉ということだそうな。呪文というよりは奏上や祈りのための言葉だな。

 奏上と共にユラは神楽を捧げて、友判……つまり俺が苦難の道を避けて進むべき道を尋ねたいという旨を伝えると、一度平服するように身体を屈める。


 アカネやミツキ達が笛の音を響かせると、ユラが鈴を鳴らしながらゆっくり、大きく腕を動かしながら立ち上がる。そうして、神楽舞が始まった。

 ユラの舞もアカネ達の演奏も決して激しいものではなく、ゆったりとしたものだが、優雅で美しい印象だ。

 巫女服の大きな袖が閃くように動くたびに場が清浄になっていくような鈴の音が響く。実際にその場にいれば魔力の動きも見られたのだろうが、水晶板を通してでも見事なものだと思う。


 神楽が進むごとにユラの目が遠くを見るようなものになって……段々と舞の動きと音色が盛り上がりを見せていった。それもしばらくの間の事だ。

 高まった神楽舞もやがて抑えるように少しずつ静かなものになっていき……ユラがまた最初の動きに立ち返るように平服し、お礼の口上を捧げて神楽舞が終わりを告げた。


 ユラはゆっくりと立ち上がり、安堵したように大きく息を吐いて口を開く。


「……北西の方角より立ち入ると良い、と託宣がありました」


 北西か。簡潔で分かりやすい託宣だ。中心となる大岩から見て北西から。射程距離としては鬼門の届く距離より領域に立ち入る、という事になるな。


「ありがとうございました。巫女の技能は負担や魔力消費が大きいと聞きますし、ゆっくりお休みになってください」

『ふふ。ありがとうございます。テオドール様の武運長久をお祈りしています。道々お気をつけ下さいませ』


 ユラは俺の言葉に穏やかに微笑んで応じる。

 当人は顔に出していないが、アカネやミツキ、それにマルレーンやクラウディアといった面々はユラを気にしているようなので、巫女のこうした儀式における負担は結構大きなものなのだろう。

 高位存在に同調するというのは実際大変だろうしな。


「本当に……ありがとうございます、ユラ様」

『礼には及びません。弟さんや子供達が助かって欲しいと私も願っていますし、テオドール様には大きなご恩がありますから』


 それを見て取ったユキノも丁寧に頭を下げて礼を言って、ユラが朗らかに答える。

 ともあれ、これで侵入の準備は整った。転送魔法陣の片割れを仮拠点に残して領域内へと進んでいくべきだろう。


「それじゃあ、現場まで移動していこうか」


 そう言うとユイ、サティレス、パルテニアラも頷いて俺に続く。隠蔽フィールドで同行する面々を包み、力が漏れないよう応用型の封印術も併用して再び森を移動する事となった。


 森の移動は一度しているので、人数が増えていると言っても最初の時よりは動きやすい。森の中――一度通った場所に怪しげな場所は見当たらなかったからな。とはいえ油断はすべきではないので警戒しながらの移動ではあるが。


 段々日暮れが近づいているという事もあって、捜索に出ていた集落の者達も引き上げてきているようだ。隠蔽フィールドでこちらには気付かないから、なるべく道の端付近に寄って邪魔にならないようにしながら進んでいこう。


「集落の村人さん達は、それなりに体術や狩りの嗜みがある……のかな?」


 すれ違って進んでいく集落の住民達の背を見送りつつユイが言う。腰に山刀を差したり弓を背負ったりしていて、山歩きも全体的に慣れている印象はあるな。


「自給自足の生活だしね。自衛も食料確保も自前でしなければならない以上はっていうのはありそうだ」

『仮にだが……彼らの出自が、どこかの武家が戦さに敗れて落ち延びてきたというのであれば武芸を修めている者が多くても不思議はない』

『外への警戒心が強い部分にも説明がつくな』


 ヨウキ帝とジョサイア王が言う。


「それは確かに。出自に関しては分かっていない部分も多いですが、これから向かう異界を見れば……推測もしやすくなるのではないかと見ています」

『来歴に関わるなら、異界の主や在り方と集落には……それなりの関係性があるでしょうからね』


 ステファニアの言葉に頷く。


 さて。ユイとサティレスはパルテニアラや、侵入の際の護衛、という名目で連れてきている。魔界や境界門にも関わる技術を使うので中継はできない、といった理由にもなっているな。


 予防策は色々講じているし託宣も貰ったが、領域に侵入した途端に戦闘になってしまう可能性はまだある。その場合にユイやサティレスがいれば俺としても助かるというのもあるが……無事に侵入して、向こう側で姿を隠す事が出来れば映像中継も再開できる。侵入して姿を隠す事が出来れば、鬼門を使わなくても転送魔法陣で行き来ができるから問題はなくなるはずだ。


 そうして俺達は石碑のある広場付近まで戻ってきた。


「方位は北西側からだったね。そっちに回ろう」

「うんっ」

「分かりました」


 みんなを連れて大回りで領域の外を移動する。

 さて。侵入する方角はこれで良い。後は異界に接続するための距離だ。これについてはユイやサティレスの能力射程との兼ね合いもあるが、なるべく中心部から外れた場所となる、外縁部に接続するのが望ましい。迷宮もそうだし精霊界のような異界もそうなのだが……外と内で大きさが一致するとは限らないからな。

 外縁から領域の主……中心部までどの程度の広さになっているかは分からないが、リスクは抑えていきたい。


 後は――外側から魔力の触腕を伸ばすような形で丁度良い距離を探る。環境魔力に偽装しながら探知用の魔力を伸ばして探りを入れていく。


 空気感が変わるのは……やはり岩の周囲の広場が境界付近だ。この辺りが異界の外縁部に相当すると思われる。比較的分かりやすい領域範囲ではあるのかな。


 では、実際に侵入していくとしよう。

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[良い点] 獣の役目は口噛み酒造りだ
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