番外1731 実験と姫巫女の想いと
サティレスは程無くして儀式場にやってきた。到着してから早速テフラが知覚した違和感をサティレスにも伝えていく。
違和感の伝達方法としてはやはり循環錬気を介して、という事になるな。微細な反応等を再現してサティレスに伝えていく。
「なるほど。こうした感覚をない物のようにすればいい、というわけですね」
「感覚をないものに、っていうのはできそうかな?」
「問題ありません。相手の感覚を固定したり、偽りの安心感を伝えたりというのも私の幻術の範疇ですから」
異常な状態を知覚できずに正常だと感じてしまうのならば……その状態こそ異常ではあるか。
というわけでサティレスの能力を使用しながらの鬼門による侵入実験だ。
ユイと循環錬気をしながら能力行使をしてもらうわけだ。概ねの流れを打ち合わせてから儀式場より離れた場所に立つ。必要なのは本番に近いシミュレーションだ。その場に隠形符を貼ってから転送魔法陣を描いておく。
「発動する瞬間や規模、箇所はテオドール様に預けるね」
「分かった。始点と繋ぐ場所を誘導するから制御に集中して貰えばいい。サティレスは、俺が合図をしたら鬼門の始点の向こうに幻術を送り込むような手順で進めて欲しい」
「承知しました」
循環錬気を行い、ユイと感覚をリンクさせていく。この辺は五感リンクの応用だな。ユイが鬼門の行使準備を終えたという旨の合図を伝えてきた。サティレスにも視線を向けると、準備はいつでもできている、というように頷く。
ジェーラ女王の宝珠を併用して強化。自分の力を行使するような感覚で、ユイに発動する瞬間と込める力の大きさ、鬼門の始点と終点を指定していく。同時に光の粒を飛ばし、始点の位置をサティレスに伝える。
「サティレス、今だ」
そう言うと鬼門が開く瞬間に、その位置へとサティレスが幻術の波を放った。針孔のように生じた鬼門の始点と終点が儀式場の内と外を繋ぎ、サティレスが流し込んだ幻術の波が儀式場の向こう側にも広がる。
テフラから察知できたという合図は――ない。少し時間を置いて様子見をしながらも、ゆっくりと鬼門の大きさを拡大していく。
「よし。制御を戻すからそのままの状態で維持しておいてもらえるかな?」
「うんっ」
人が十分通れる大きさになったところでそう言うと、ユイが気合の入った表情で頷く。ユイに鬼門の制御をそのまま渡して循環錬気を切り、それから自身に隠蔽術式を施して鬼門を介した短距離転移で直接儀式場内部へと飛んだ。テフラからの合図がない事を確認しながら手早く儀式場側に隠形符を貼って、転送魔法陣を構築してしまう……と、シミュレーションとしてはこんなところか。
「二人とも、もう解除して大丈夫だよ」
そう言うと二人は術式を解いた。実際に転送魔法陣を使って儀式場の外から内側へとユイとサティレスを呼び込むが、これも察知されなかった。うん……。問題はなさそうだ。
テフラにも成功だと伝えると、儀式場の奥から笑顔で姿を見せる。
「それは何よりだ。テオドールの検証を手伝えて良かった」
「俺としてもテフラに手伝ってもらえて助かったよ」
笑って答えると、テフラは嬉しそうに目を細めてうんうんと頷いていた。
「妾は――そうだな。仮に準備が整わぬ内に戦闘になってしまった場合、改めて外から鬼門を繋げるようにユイと共に待機するとしよう」
パルテニアラが言う。
「二人で後詰めをしてくれるというのなら心強いですね」
増援しての交戦も撤退も問題なくできるだろうから、様々な状況に対応できる。鬼門を繋いだ先が偶々敵陣ど真ん中という事だってあり得るからな。外側から領域の内側の事が分からない以上、この侵入方法だって完璧とは言えない部分があるというか。まあ、どこかでリスクを負うしかないというのはあるが。
隠形符が隠蔽効果を発揮し続けている状態が続くと、負荷で焼き切れる心配があるからな。最初に想定していた工程の一部をサティレスに担ってもらえるが、アルバートに魔石を作ってもらう、というのも変わらない。儀式場での実験は終わったので通信機で連絡を入れるとアルバートは工房で待っているから道すがら術式を用意して欲しいと返信をしてくれた。
そんなわけで工房へと向かうと、アルバート達が俺を迎えてくれる。
「もう術式はできてるのかな?」
「ああ。連絡の通り。術式だけは紙に書きつけておいたよ」
「それじゃ早速作業をしてくるね。子供達の救助にも関わる話だし早い方が良い」
「うん。助かるよ」
アルバートは俺から笑って紙を受け取ると、早速魔石に術式を刻む作業に取り掛かる為に工房の奥へと向かった。
その間に魔石粉を使って布にペアリングされた転送魔法陣を書きつけておこう。アルバートの作ってくれる魔石を組み込む部分も魔法陣に最初から組み込んでおく。出来上がれば隠蔽型の転送魔法陣になる予定だ。
「異界かぁ……。どんなところなんでしょうね……」
作業を進めているとビオラが言う。
「現時点だと情報が少なくてね。精霊界はともかく、幽世っていうのは西国にも無いし。人がどうこうしているかもっていうのは――異界の入り口がある場所的にも考えにくくはあるんだけど」
それでも色々な可能性を排除しない方がいい。
例えば、成立した異界を人間の術者が利用しているだとか。まあ、あの山にある異界自体はやはり精霊界のような場所という可能性の方が高そうではあるが。
組み込む魔石の役割を自身で担い、隠蔽型魔法陣の起動テストも済ませたところで、アルバートも戻ってくる。
出来上がった魔石を魔法陣に組み込み、きちんと想定した通りの動作する事を確認したところで再びヒタカへと向かう事となった。
「それじゃあまた行ってくる。アルもありがとう」
「良いよ。僕としても刻むだけなら大した仕事ではないからね。それよりも、十分に気を付けてね」
「ああ」
工房のみんなが俺達を見送ってくれる中、早速パルテニアラ、ユイとサティレスを連れて転送魔法陣で再び仮拠点へと移動した。
光に包まれて、目を開くとそこはもうヒタカ山中の仮拠点だ。
「お待たせしました」
そう言うとヨウキ帝も真剣な表情で頷いた。
「異界に裏口を作って突入するという話だったが……テオドール公の実験中にこちらでも今後の作戦なりを相談していてな」
『突入の際の向こう側の状況が分かりませんから――少し考えてみたのですが……せめて自分にできる事として、テオドール様達に運気の良くなると思われる方位を占卜で調べたいと考えたのですが、如何でしょうか?』
ユラが水晶板の向こうからそんな風に申し出てくれる。
それは……俺も危惧していたことだ。占卜系の術式は必ずしもそうなるとは限らないわりに術者の負担や消耗が大きいという……中々扱いの難しいものだが、必要な材料が揃っていれば精度も上がるし、負担の度合いも軽減されるからな。
この系統の能力で今まで見てきたものの中ではザラディの未来予知が最も強力なものだが……事象の流れから近い未来を読み取ったり感じ取ったりというものだとするのならば……何をすべきか、何を注意すべきか、どんな状況を回避したいのかといった事柄が明確な方が正確な結果が出やすいはずだ。運任せで侵入経路を開くより、ずっといい結果になりそうだと思う。
「良いですね。今の状況だと頼りになるかと」
『では、早速。それほどお時間は取らせません』
俺の返答にユラはパッと明るい表情を浮かべて立ち上がる。嬉しそうなユラの様子にヨウキ帝やアカネも目を細めていた。
俺に縁のある私物を使っての占卜という事だ。物品は何でもいいという事で、避暑地の離宮に残してあった俺の着替えを使って行うとのことだ。