番外1729 魔力反応の正体は
変化や見落としがないかを確認しながら森を戻り、仮拠点へと移動する。既に一度通っている道程なので帰りでの仕込み等のチェックは程々で問題なさそうだ。
「あの様子ならば集落の住民が何かを仕掛けているという可能性はかなり低そうかな」
『石碑と巨岩に行っても、妨害や仕込みの類がなかったものね』
ステファニアが水晶板の向こうで同意する。
『仮に今集落に住んでいる誰かが何かをしたというのであれば……知らずに何かをしてしまった、という事なのだろうな』
ジョサイア王が思案しながら同意する。
状況から考えればそういう事になるな。
知らずに封印を弱めた。眠りを妨げた。或いは単に封印が弱まっている事に気付けなかったという……知識不足に基づく不可抗力や事故ではないかと思う。
もし悪意があって封印を弱めた何者かがいるとするなら、もう少し事態を悪化させるような痕跡があり、知識差があるからこそ解決させないための仕込みなり、そんな事件を起こす動機に起因したメッセージを残そうとするだろう。
だが、そういう作為は一切見受けられなかった。神隠しの原因となっている存在に察知されないように動く必要があるので、移動に対策が必要というのは変わっていないが。
ユキノは……胸のあたりに手をやって目を閉じる。安堵したというか、今のやり取りを噛み締めているような反応だ。
集落の人達は皆顔見知りだからな。大人達が事態を積極的に解決する事ができずにいたからユキノとしても疑念を抱いてしまった部分があって……そこに弟が巻き込まれたから外に助けを求める事になったけれど、隣人達に悪意があるわけではないのなら、それは喜ばしい事だろう。
事態としてはまだ進行中なので良かったというにはまだ早いけれど。
そうやって森を移動して、仮拠点へと戻ってくる。
「では――見たものの説明をしていきたいと思います」
そう言って腰を落ち着けると、ヨウキ帝達が真剣な表情で居住まいを正す。
「まず岩の後ろ側に回って見た際の魔力反応ですが……魔力の流れてくる中心は岩と地面の間あたりからでした。それと……魔力ですが、このように見えました」
と、俺が片眼鏡で見たものを幻影として映し出してみんなに見せる。
『これは――』
魔力の噴出点を中心に、蜃気楼のように岩肌が揺らいでいる光景。
「対応には準備が必要、と言っていたが、何か分かった、という事で良いのかな?」
「そうですね。魔力の揺らぎ方に見覚えがあって、波長を環境魔力に合わせた上で細い糸のようにして触れてみました。恐らく、間違いはないと思うのですが――」
ヨウキ帝に感じたことや推測を説明する。
『うん。似ていると思った』
『妾も近いものだと思う』
水晶板の向こうで頷いたのはユイとパルテニアラだ。エレナも真剣な面持ちで幻影を見ている。
つまりは……あの魔力の揺らぎ方は境界門のそれに近いのだ。
『魔界程の大規模な場所ではないにしても異界に通じている、というわけですね』
「そうだね。境界門の揺らぎは肉眼で見える程確固たるものだったけれど、こっちは片眼鏡を通して見えるぐらいの揺らぎだから、もう少し小規模で不安定なものだとは思う」
エレナの言葉に頷きつつ答える。ヨウキ帝も顎に手をやって言った。
「幽世……或いは神域か。正しく言葉通りに神隠しだとするなら、そういった何某かの異界を有する場所にいる何か……そういう領域を作り出せる能力や技能を持つ存在、という事になるか」
「幽世、というのは、冥府……彼岸や常世とされるような場所、でしょうか?」
「私も知識の上だけでの話になってしまうが――現世に隣り合うような領域と言われている。立ち入った者は殆どいないが、昔から迷い込んでしまう者はいるとは聞く」
なるほどな……。どうあれ、人外の存在が関わる空間であるなら主に近しい性質を持つ、通常とは異なる場所という事になるだろう。
「西国でも精霊界というのはありますからね。そうした人外の存在なのであれば自身の領域を保有するような高位の妖怪や精霊並で、仮に人が術式で構築したのであれば――この場合も相当に高度な技術や知識をもつ術者かと」
人が関わっているならば、その技術、知識は……古代のベシュメルクと並ぶ、とまではいかないだろうけれど、相当高いのが予想される。いずれの場合でも敵対するならば脅威度はかなり高いと見積もっておくべきだ。気合を入れていかないとな。
「隣り合う世界に突入するために準備が必要、という事でござるな」
「そうですね。まず前提と言いますか最低限異界に立ち入ることが必要ですが……これについては現時点でも可能だろうと思っています」
今までも魔界や冥府に立ち入ってきたし、迷宮そのものもそうした技術に繋がるものだからな。加えて……異界に立ち入るための知識や技術を有する面々もいるからな。
『妾の知識が必要なら貸そう』
と、水晶板の向こうでパルテニアラが言うとエレナも頷く。ユイもヒタカの面々がいるから明言はしないものの、こちらを真っ直ぐに見据えながら拳を握るようにしてやる気を示していた。
そうだな。魔界の門の固定技術やユイの鬼門があれば、隣り合う世界への通路を作り出し、一時的にそれを固定も……そう難しくはないだろう。
「ありがとうございます。隣り合う異界への出入りだけならば……何とかなるとは思います。問題があるとするならば――やはり行き来の際の隠密性でしょうね」
『向こう側に侵入した時に気付かれないように、というわけですね』
グレイスが真面目な表情で言う。
「うん。検証は必要だけれど、侵入は恐らくどうにかなるし、侵入ができるなら脱出も可能なはずだ。 そうやって自由な行き来ができるようになれば救出、補給、撤退は勿論、戦闘もやりやすくなる。後は……グレイスの言った通り、隠密性が最重要になるわけだね」
それを考えると正門からの突入は憚られる。あの神域の巨岩裏から正直に乗り込んだら、真っ先に気付かれてしまう、というわけだ。
『ん。正門じゃなく裏口や窓的なところからの侵入?』
小首を傾げて言うシーラ。ああうん。そうだな。裏口、窓からの侵入というのはそんなイメージだ。元々窓なんかない場所に出入り口を作るわけだから隧道かも知れないが。
「まあ、そういう事になるね。というわけで突入位置は、少なくともあの巨岩やその周囲の領域内からずらさなくてはなりません。領域の外から通路を繋ぐわけですね」
『突入する人員を隠蔽するのは隠蔽の術式や隠形符、魔道具があるとして……通路の場所だけでなく、形成過程そのものも隠蔽しなければならないでしょうね』
ローズマリーが羽扇の向こうで言う。
「うん。その辺も含めて検証が必要だね。できなければ――突入と同時に戦闘になる事も覚悟しなきゃいけないか。情報収集や救助対象の捜索を優先したいから、それは避けたい」
救出の可能性を高めるために隠密行動をする必要はあるが、露見した場合は電撃戦が可能なようにしておくこと。且つ可能な限り急がなければならない。
そのためには――ユイやパルテニアラに力を貸してもらう必要があるな。
「通路を作る為の方法については……そうですね。迷宮や魔界に関する秘密も含まれてくるので、明かせない部分もあります」
「承知した。深くは聞かず、見ないようにしよう」
ヨウキ帝は俺の言いたいことを察すると理解を示してくれた。
よし。これならば問題はない。一旦迷宮に向かい、実験と検証を行ってから実行だな。