番外1728 巨岩と領域
まずは外からの観察だろうか。片眼鏡を使って、魔力の動きに注視していく。
入り口には灯篭が立っていて、その奥に石段が続いている。このあたりはユキノに聞いている通りだ。
慎重に動いていくべきだろう。隠蔽フィールドを強化しながら、灯篭のある場所の外と内……境界線上にゆっくりと手を伸ばす。
触れる、が。そこには何もないようだ。現時点では……生命反応、魔力反応共に、取り立てて変わったところはない。
「入り口部分は……魔力的には特に変わったところがないように見えますね」
『集落の住民が作った設備でござるからな……』
おかしな点がなくとも何も不思議はない。逆に言うと……昔の住民に何かしらの術に精通している者がいれば何か仕込まれていても不思議ではない、というのはあるか。
少し時間をかけて周囲に仕込みがないかも探してみるが……そういった点もない、かな。
ヴァルロスの重力波や魔力波によるソナーを使えればもっと楽だったとは思うが……隠蔽フィールドを越える範囲に影響を及ぼすような探知方法はまだ行うべきではないだろう。
灯篭の内側へと踏み込んでいく。魔力の変化や仕込み等がないか観察しながら進んでいく形になるのでやや時間はかかってしまうが、最初にやっておけば後から他の面々が来る際にも役立つはずなので、しっかりと調べておかなければなるまい。少なくとも、普通に石段を通る分には大丈夫、と言える程度には。
一歩一歩進んでいくと……段々と気温が下がってくるような感覚がある。道中に取り立てて魔力反応が強いところはないが――その先だな。核心部に近付いていくにつれて石段の先に何かがある、というのがはっきりしてくる。魔力の気配が流れてくるのだ。
今のところは威圧するような気配ではない。強い何かがいる、というのが伝わってくるだけだ。魔力を感知できなくても、静謐で他とは違うという空気は感じるだろう。里の者達が普段近付かないというのも分かる。
石段を登り切ったところに鳥居がある。
『あれは鳥居。こちら側は俗世。あちら側は神域という定義になる。それ自体は人の手によるものであるが……』
「分かりました。ここから更に慎重に動こうと思います」
ヨウキ帝の注意喚起に頷く。灯篭のあった入り口とは違う。鳥居の場合、向こう側は神域という意味合いが込められている、というのは日本だけでなくヒタカでも同じか。
構造物そのものを建てたのは人であっても、そういう意味付けがされているかいないかというのは重要だ。
まずは顔を出さず、光を屈折させて先の様子を見る。
鳥居の向こうは森が少し拓かれていて広場のようになっている。
大きな岩があるな……。所謂岩戸と言えばいいのか。中心部に穿たれるように穴が開いていて、その奥に石碑が建てられているのが見える。
光の屈折だけでは魔力反応までは感知できない。片眼鏡を通して見るか、肌で感じる必要があるな。
とりあえず人はいないようだし、流れてくる魔力以外の気配もない。
「強い魔力が流れてきますが……誰かがいる、何かが顕現している、という事はなさそうですね。そちらでも僕の見えているものを見えるようにします」
隠蔽フィールド内に幻術を構築してシーカーを通してみんなにも見てもらう。
『大岩と岩戸、か。古来より奇岩、巨石は人ならざる存在の降りるところとされる。神体そのものと言われる場合もあるな。山中にこうした領域を設けるのも分かる。この近辺で強い力を持つ存在や現象に出会って、祀る場所を作ったのか。それとも祀るのにふさわしい場所があったから、その存在がいる場所としての神域として定めたのかは……正体や里の者達の来歴が不明だから分からぬが』
ヨウキ帝が言う。超常の存在に出会ったからそれを祀ったのか。それとも元々祀っていたものがいたから、この場を祭祀場としたのか、か。いずれにせよ隠れ里の住民に祀られる存在であるというのは間違いない。向ける感情が畏怖なのか、それとも信仰によって何かの利益を齎されるのかはともかくとして。
魔力の出所をはっきりさせるために目視での確認を行っていく。だが、まだ鳥居の向こうには踏み込まない。
そのまま少し浮かんで、目で見る事の出来る高さまで浮かぶ。
ぞくりと。肌の粟立つような感覚があった。
……かなり強い力だ。地面を冷気が這うように……巨岩を中心に魔力が流れてくるのが分かる。
だが――。
「魔力の出所は――岩戸の中の石碑からじゃなく、巨岩の裏から、かな?」
魔力の流れてくる中心点は石碑ではない。裏側から地面を這うように流れてきているように見える。
『正面に石碑を置き、本物を目につかないように、というのは有り得るな。実際、正面の石碑自体は尊崇の念を表した文言等が並んでいるが……術者としての見地から見るならば、それほど意味がないもののように見える』
ヨウキ帝が言う。
「という事は――最初から正面の石碑は封印の役割などを果たしていたわけではなかった、と」
『そういう事になるな。裏側に他の何かがあるのか……それとも』
意味付けられた領域に入らないように距離を取りつつ裏側に回ってみるか。領域に立ち入らずに外から見る事はできるはずだ。
領域が整備された範囲以上に広がっていても、触れそうになれば感覚的なところで分かるが……そうだな。念には念を入れておこう。
隠蔽フィールド内で纏う魔力をオリハルコンによって変質させ、環境魔力に近い性質に変えておく。
探知用の魔力網だ。こちらから触れれば分かるが、あちらからは隠蔽フィールド内なので異質なものに触れた、とは気づかない。
十分に距離を取りながら巨岩を中心に整備された範囲を大回りに回っていく。
領域が整備された範囲内に収まるのかはまだはっきりとしていない。うっかり直接触れないように、探知網の感覚を研ぎ澄ませての移動だ。
時間をかけて慎重に回り込むと……ああ。やはり後ろ側からか。巨岩と地面の境目あたりから、魔力が漏れ出している。それに、巨岩の一部が欠けて割れ、瓦礫のようになって地面に落ちているのが見えた。
本当に修復すべきは……こちら側だった、か?
それに……あの魔力の発生源……あれは……?
「……気付かれないよう干渉します。あれは――対応するためにも最初に調べておく必要がありそうですから。少しだけ集中します」
そう言うと、みんなの表情が少し引き締まる。俺が集中するためにも静かに見守っていてくれるようだ。
では始めよう。
ジェーラ女王の宝珠を使い、魔力の遠隔操作能力を強化する。環境魔力に波長、性質をあわせた魔力はそのまま。ゆっくりと隠蔽フィールドを越えて、魔力の探知網を伸ばしていく。
細く、長く。ゆっくりと。針や糸のように。空間に紛れるように。領域に触れたところで様子見をするが……取り立てて魔力の様子に変化はないようだ。
そう、だろうな。推測が正しいとするならば、これだけではまだ察知されない、はずだ。
集中しながら時間をかけて、魔力の発生源である巨岩の根本……そこに見える反応に、かすかに触れる。
ああ――やはり。伸ばした魔力を引き戻し、その過程で慎重に干渉を解いて霧散させていく。伸ばした魔力を完全に引っ込めてから様子を見る。時間を取って様子見をして、状況に変化がない事を十分に確認してから息をついた。
「……いくつか分かった事があります。一旦もう少し離れたところにシーカーを監視役として残して、そちらに戻りますね」
対応には準備が必要だ。そして準備をした上でも……恐らくはまだ単身かそれに近い状態で行動……というよりも検証をする必要が出てくるだろう。