番外1727 静寂の森で
さて……。重要になるのはここからの方針だ。
「里の住民達は重大な情報を隠しているというわけでもなさそうかな」
『そうね。事前に聞いていたユキノの話が正しかったのだし、何も情報が得られなくても不思議ではなかったけれど……現時点で得られた情報としてはかなり有意義なものだったのではないかしら?』
ローズマリーが羽扇の向こうで言う。
「となると、ここからは実際に動いていくべき、かな。子供達の救出を優先した方がいい」
特に、ウタという子の身体が弱いとなるとあまり悠長なことは言っていられない。神隠し、というと何年も経ってからいなくなった者がふらりと戻ってくる等という話もあるから、無事に救出できる可能性は十分に考えられるのだが……そうした逸話が当てはまるなどという保証はどこにもないからな。
そうした考えを説明すると、みんなも真剣な面持ちで頷く。
「というわけで、ここからは実際に動いていこうかなと思っています。隠蔽術と変身呪法等で隠密行動をしながら石碑周辺の調査ですね」
「直接調査の同行者は? こうした状況に対応するための術式も保有しているつもりだが」
「まずは――単独で向かおうかと。いざとなれば転送や転移の術式もありますから離脱が可能になりますし」
ヨウキ帝の申し出はありがたいが、カギリという存在の情報が足りないからな。安全性も十分に考慮に入れて動くべきだ。
「心遣いをありがたく思う。穢れを受けないと分かっている以上は戦いの場にも出たいと思っているが」
「いえ。後詰めとしても心強いですからね。この形が良いかなと」
ヨウキ帝の安全面もそうだが、こうしたことに知識のあるヨウキ帝が後詰めになっているというのは実際安心できる。
相対位置を知らせる魔道具は――扱いに慣れているテスディロス達に預け、仮拠点の一室にも転送魔法陣を構築しておく。更にマジックサークルを展開。変身呪法を発動させる。
黒髪黒目。元の面影は残しているが、万一住民に見られた場合、或いは相手に気付かれた場合を想定し、警戒心を薄れさせるためにやや幼くしてヒタカ風の顔立ちにしている。
ぶかぶかになったキマイラコートを変形させて着物風にし、ウロボロスは木魔法でカバーを取り付けて単なる朽ち木の枝風に。
「こんなところでどうでしょうか」
「おお……。ヒタカノクニの子供のようでござるな」
「へ、変身ですか……」
イチエモンが明るい声を出し、ユキノが呆気にとられたような表情で言う。
『惜しい。一緒にいたら撫でてた』
『ふふ。帰りを待っているわね』
シーラとイルムヒルトがそんな風に言って、グレイス達や母さんもにこにこしているが……。まあ、みんなと顔をあわせた時に変身呪法のリクエストを受ける事は覚悟しておこう……。
「魔道具の反応は?」
「問題なく表示されている」
「おおよそ目標に十分に届く距離での縮尺で表示させておりますぞ」
相対位置表示の魔道具の確認をすると、テスディロスとオズグリーヴが教えてくれた。食料品に設備に装備……諸々問題無し。うん。それじゃあシーカーを一体連れて目標地点へ移動していくとしよう。
隠蔽フィールドを纏い、条件付きの封印術で外に漏れる魔力を極力減らして仮拠点を出る。
念のために魔力や闘気を使っての移動は控える形になってしまう。隠蔽フィールドは使っているから、ある程度整備された山道を行く事はできるだろう。
森の雰囲気は――そうだな。取り立てて変わったところを感じない。ユキノが言っていたように、明るい森という雰囲気だ。鳥や虫の鳴き声。木漏れ日が差し込んでいて、木立を抜けてくる風が心地よさすら感じさせるぐらいではあるが……。
「現時点では森の魔力や雰囲気に異常な点は感じませんね。精霊達やらの動きも同様というか……静かなものです」
『ふむ……。仮拠点を作っている間に私もそれとなく警戒していたが、森の気配は確かに落ち着いた、穏やかなものだったな』
ヨウキ帝が俺の見解に同意するように答える。
鹿の姿なども見かけるが……妖怪や魑魅魍魎の類は見かけない。ヒタカの精霊の姿は中々独特なのだが、自然が豊かで穏やかなのに比例してそこそこ精霊の数もいる。木の枝やに腰かけている小さな木精もちらほらいて、森の中は静かなものだ。
騒動が起きていなければ俺も警戒するような事もなかったのだが。
森の中にある小道に出て、少しの間移動していく。ここでも特に何も……。
――いや。
思い当たる事があって、ふと足を止めてしまう。
『どうかなさいましたか、テオ?』
俺の様子に何事か感じ取ったらしいグレイスが尋ねてくる。
「この森は……やっぱり異常な状態なんじゃないかな。森を中心に近くの里であれだけの騒動が起きていてこれっていうのは……」
そこまで言うとヨウキ帝も気付いたのか、驚きの表情と共に外の様子……周囲の魔力を暫く窺ってから、口を開く。
『……そうか。静かすぎる』
「はい」
その言葉に……ユキノは逆に心当たりがなさそうな反応をしている。そうなのだろうな。住人にとってはこれが当たり前なのだろう。だから、逆に気付けない。
凪のような状態なのだ。森の精霊達があまり目立った反応をしないのは俺が隠蔽フィールドを纏っているというのもあるが、それでも落ち着きすぎているように思う。
近くに住まう人達にあれだけ不安が広がっているのなら、森の精霊達も多かれ少なかれ影響を受けるはずなのに、だ。
だというのに、この森は静かで穏やかで平和そのものなのだ。見た目だけでなく、精霊達も環境魔力も。
ショウエンが乱していたホウ国にあれだけ陰の気配を宿した精霊が溢れていたことを考えれば、こちらの森の方が反応として異常だというのが分かる。
ヨウキ帝の場合は術者として何か異変が起こっている場所に対応するケースがあるのだろう。平和そのものの場の魔力の違和感に気付いたというわけだ。
『精霊は人の感情を感じ取ってその影響を受けるわ。里の人達があれだけ不安がっているなら、その影響も環境に出るものなの。それがない、というのが逆におかしい、というわけね』
『なるほど……。異常がない事そのものが、異常、ですか』
クラウディアが説明すると、ユキノは目を瞬かせていた。
『やはりというか、一帯を支配する土地の主のような存在であることは間違いなさそうだな』
『小さな者達に対しても統制や抑制の力が働いているか……かなり強力な存在と見ておいた方が良さそうだ』
オリエや御前が言う。想定していた性質の一つだな。まだその正体は不明であるが。
『俺達が立ち入らなかったのは正解だったな』
レイメイも顎に手をやって眉根を寄せる。御前、レイメイ、オリエの三人はそれぞれがそうした土地の主に近い存在だ。
実際この場合、領域に踏み込むと直近にいる精霊の統制を乱して、そこから察知される可能性が高かった、と言える。向こうが警戒して姿を隠す方向で動くのか、それとも排除に乗り出すのかは性質が分からないので未知数だが、そうやって刺激するのは他に打てる手がなくなった時の最後の手段にすべきだろう。
事態の収拾や原因となっている存在の撃退よりも、子供達の救出が最優先の事項となる。神隠しを受けた子供達の安全が確認できるまで慎重に動かなければなるまい。
状況の確認ができたところで更に山道を進んでいく。山中を捜索しているのであろう集落の住民の姿も見受けられるな。近くをすれ違ったりもしたが隠蔽フィールドも纏っているので、こちらには気付かない。
分かれ道を曲がって更に進んでいくと、人の気配も無くなっていく。石碑のある場所に近付いているからだ。里の者達としても、石碑周辺は積極的に捜索するのに及び腰になってしまうのか、それとも捜索であっても安易に近寄らないように言われているのか。
真っ先に探される場所ではあるだろうから、きちんと統率できる態勢を整えて最初に赴いたりはしているのだろうが……。
やがて俺は石碑のある場所の入り口に辿り着く。さて……ここからだな。
いつも応援して頂き、誠にありがとうございます!
お陰様で書籍版境界迷宮と異界の魔術師15巻の発売日を迎える事ができました!
無事15巻を刊行する事ができて嬉しく思っております!
ひとえに関係者各位の皆様、そして何より、読者の皆様の応援のお陰です! 改めて感謝申し上げます!
また書き下ろしの収録、特典SSの執筆しております! 詳細は活動報告にて告知しておりますので、そちらも合わせて楽しんで頂けたら幸いです!
今後もウェブ版、書籍版、コミック版共々頑張っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します!