番外1726 選ばれる条件
ユキノの祖父は、山歩き用の装備を玄関先に置くと、すぐにまた家を出る。やや気落ちしていた様子であったがすぐに気を取り直すかのように顔を上げ、目的のある足取りで集落内を進んでいく。複数個所にいるシーカー達が、その場から動きを追う。
ユキノの祖父が向かった先は――どうやら集落の寄合所のようだ。祖父が顔を出すと、中にいた老人達の視線が集まる。
『おう、ヨシさんか。どうだったい……って、顔を見りゃ分かるか……』
『こっちもな……。儂らも入れる範囲で山に入っちゃみたが……』
と、ユキノの祖父を里の年寄り達が迎える。
『そうだな。石碑の付近から山の奥の方へ入って、そこから沢に下りて上流から下流の方まで移動してみたが……痕跡一つない。ユキノやコタロウ……は勿論、昨晩いなくなったウタもそうだが……他の子供ららしき痕跡もだな』
ユキノの祖父がそう言うと、彼らも残念そうにかぶりを振る。ユキノが集落を出てから更にウタという子もいなくなったわけか。名前が出たことに、横でユキノが息を呑んでいた。
『あんまり気を落としなさんな、ヨシカネさん。儂はここ数日風邪で寝込んでたから詳しくは聞いちゃいねえんだが、ユキノちゃんは無事な可能性のが高いんだろう?』
ユキノの弟がコタロウで……祖父の名はヨシカネというらしい。
ヨシカネはそう言われるも、目を閉じて応じる。
『無事……というか。森に入っているんじゃなく、山を下りた可能性も高いからな。皆に思わぬ迷惑をかけるかも知れんが……』
『書置きは……助ける方法を探すって話だったか。ユキノちゃんは目端の利く子だったからなぁ。何か気付いたのかも知れんぞ』
『それが儂らの望んでいる方法とは限らん、か』
里の老人達の表情は浮かない。捜索や森の調査、話し合いは続けているようだが結果は芳しくないように見えるし……ユキノが外に情報を漏らすことを心配している部分もあるのだろう。
『村はずっと静かで平和だったってのに、なんだってこんなことになっちまったんだか』
『ユキノちゃんの事はとりあえず……他の子供達は……やっぱり森のあの方って事になるんだろうな』
『そう、なんだろうな。ユキノが見てしまったようでな。コタロウがいなくなった時はかなり混乱しながらも、天井の暗がりから白い手が伸びてきたと言っていた』
ヨシカネが答える。その会話の流れに、水晶板を通してやり取りを聞いていたみんなも身を乗り出したのが分かった。
森のあの方。言葉は濁しているが『カギリ様』の話だからだ。迂闊に名前を呼んではいけないようだしな。
『あれの事は何かわからんのかの?』
『ミクリの婆さんの体調が良いようだから話を聞きに行ったが……かなり昔に同じような事があったらしい』
『そん時はどうなったんだ?』
『婆さんが生まれる前の話なんでな。伝聞になるが、やはり何人かの子供やらがいなくなったと。子供は全員ってわけじゃなかったらしいが……』
『子供……やら? 子供だけじゃないってことか?』
『そうらしい。主に子供ってぇのは言い伝えと変わらんが。それと……選ばれるのには何か条件があるんじゃないかって話だ』
主に子供を選んで連れていく。子供だけに限らず何か条件のようなものがある、かも知れない……と。
『はっきりしてるのは……森に入るか入らないかは関係ないって事だな』
ヨシカネが腕組みしながらも言った。
『そうさな。そもそも森もここも同じ山の中じゃろ。あの方にとっちゃ区別なんかないのかも知れん』
『そして場合によっては子供以外も、いなくなるかも知れない、か』
『あの方について口に出したりってのは?』
『縁を深くしない方がいいってのはあるだろうとは婆さんも言っていたが……』
そこまで言うと、寄合所の中に重い沈黙が落ちた。森に入る入らないは関係なく、対象は子供だけとは限らず誰が神隠しに遭うかもはっきりしない……となれば状況はより悪いと言える。
『大事なのは……以前はどうやったら収まったのかって事だな』
『婆さんは皆で祈っていたらやがて収まったらしいと聞いたそうだが……それで本当に効果があったのかどうか』
『文字通りの神頼みしかないとはのう』
『昔の因縁と、これからの事か。どうなっちまうんだか……』
そう言って一同は溜息を吐いていた。昔の因縁というのはカギリ様の事。これからの事、というのは神隠しに遭った者達と、ユキノの動向によって引き起こされる変化、というところか。
「畏れ敬い、口を噤んで何もしないという対応は……伝承が途絶えてしまって具体的なところが分からなくなったなりの消極策ではあったのかも知れませんね」
「そうだな。そういった性質を持つものへの対応としても、珍しいものではないと思う。術者にとって手に負えないものなのかどうかは分からぬが……そうした存在がいればそういったものを祀る家系もあるものだが」
「ミクリ、というのはそういった方でござるか?」
俺とヨウキ帝の会話を受けてイチエモンが尋ねるとユキノは首を振る。
「いえ。最高齢で博識な方ではありますが……」
『ふむ。伝承が途絶えてしまったことからも知識を有していた家系も……というのはあるやも知れぬな。閉鎖された環境ではままある事だ』
御前が言う。長命で信仰を受ける側の御前が言うと説得力があるな。
寄合所では報告、相談等も一段落して散会となっていた。
一先ず新しい情報は出なさそうなので、集落内の動向や状況を確認しながらも、新しく分かった事やこれからの方針について更に話し合いをしていく。
『いくつか新しく判明したこともありましたね』
『何かの条件、というのは重要そうね。相手の性質を表す部分にも繋がるものではないかしら』
グレイスの言葉に、クラウディアが思案しながら答える。
「確かにね。条件をはっきりさせることができれば……それで有利になるかはともかく事態の解決や終息に一役買いそうではあるかな」
ユキノは俺達のやり取りに少し遠くを見るような目になって考え込んでいる様子であった。行方不明になっている面々の共通項等を見つけようとしているのだろう。とはいえ、集落の年寄り達が集まって考えても分からない事ではあるからな。ユキノがこの場で考えたからとすぐに正解に辿り着けるかというと難しいところだろう。推測以上の話にもならないので、その辺は現時点では気に留めておくぐらいしかできない。
「新しく神隠しに遭った者もいる、という話も出ておりましたな」
タダクニが言う。ウタ、と言っていたか。
「ウタちゃんは……やはり村の女の子です」
『神隠しに遭った子達と親しかった、とか?』
「いえ。あまり交流はなかったと思います。それに、騒動以前に森に立ち入った事も恐らく皆無だったのではないかと。というのも……病弱な子でほとんど家から出ませんでしたから。その分私は交流があって、熱を出したら薬を処方したりといったことが多かったのですが……」
ウタについて話が及ぶとユキノの表情が曇っていた。
それは……心配だろうな。名前が出た時の反応も頷ける。
『しかしそうなると……ますます条件ってのが分からねえな。森に入るか入らないかは関係がない。神隠しにあった子に近しい縁から辿ってるのかと思えばそんなこともねえ、か』
『家系、血筋に纏わって選ばれている……などとなったら、部外者は勿論、関係者でも事実関係を調べるのは骨が折れるだろうな』
そうレイメイとジョサイア王が言う。そうだな……。血縁に絡んでのものなら資料無しではお手上げだ。とはいえ全員が親戚のような集落だろうし、そうなると誰しもが選ばれる可能性がある。
加えて言うなら、資料の類が火災で焼失しているとなると、集落内の情報から正体を追いかけるのは中々に難しそうだ。