番外1725 祖父の想いは
やがて俺達を乗せた彩雲は隠れ里が見えてくるかこないかという距離まで移動してくる。隠蔽フィールドを纏っているので向こうからは見えないし認識できないようにしてはいるが、慎重を期した方が良いというのは間違いない。
「見えてきました」
ユキノが前方を指差して言った。山の木々の隙間から、民家の屋根が覗いているな。
更に距離を詰めて……ある程度のところまで行ったところでヨウキ帝に言った。
「このあたりで一旦降りて仕込みをしたいと思います」
「では、ここで停まろう」
彩雲がその場で動きを止める。上空からライフディテクションで見回し、周囲に村人達の生命反応がないかを確認し、魔力のボードを展開してシーカー達を底に乗せて彩雲から降りる。隠蔽フィールドを纏ったまま地面に降り立ったところで、シーカー達に言う。
「よし。それじゃよろしくね。まずはそれぞれ決めておいた担当の座標に向かってくれればいい」
俺の言葉を受け、シーカー達もこくんと頷いて動き出した。隠形符による隠蔽処理を施したシーカー達が、地面に同化するように動き出す。
まずはシーカー達に任せてざっと決められた座標に移動。そこから必要があるなら水晶板による遠隔操作で微調整をしながらの情報収集といった具合だ。
現時点では相手は一般の村人達なので、そこまで強力な隠密活動をする必要はないからな。地面を潜行させておけばシーカー達に任せておいても大丈夫だろう。
そうしてシーカー達を送り出したところで再び彩雲に乗り込む。
『ん。シーカー達の動きは私達で見ておく』
「うん。よろしく頼むね」
シーラの言葉に頷き、続いて移動していく。
「続いては――前線となる仮拠点であったな」
「はい。座標まで案内します」
条件的には隠れ里と石碑、どちらにもある程度アクセスが良く、且つ目立たないような場所、という事になる。周辺の地形とユキノからの情報で候補は決まっているので、そこに魔法建築での仮拠点を構築する形になるな。
候補地となっているのは――森の奥まった場所で……やや急な斜面になっているので危ないから人が近付かない、という場所だ。
俺達は空を飛べるので問題ないというか。まあ崩落や落石等が起こらないように補強もしていこう。現場となる斜面の上あたりに着地したところで――まずは周囲の木立に手分けをして隠形符を貼り付け、一帯で何かしていても感知されないようにしていく。
「隠蔽の範囲は……このあたりで大丈夫でござるか?」
「ありがとうございます。今ティアーズがいるあたりに貼っているので、十分な広さが確保できているかと。後は防御呪法を一帯に施して、物理的な補強をしてから魔法建築をしていこうと思います」
符を貼り付けてくれているイチエモンに頷き、マジックサークルを展開する。
いつものように魔石粉を撒いて魔法陣を構築していくわけだが、山の中なので木々や草、藪があるので単純に魔法陣のラインを引いていける、というわけではない。なので、ラインの引き方に少し工夫を凝らす必要がある。
クリエイトゴーレムを使って、土から蛇型ゴーレムを構築していく。蛇は魔石粉が入った樽の中に首を突っ込むと、口の中に粉を飲み込んでいった。
「おお……。これなら確かに地形に関係なく魔石の線が引けるでござるな」
「藪や木の根を退ける必要もありませんからね」
面白がっているイチエモンに笑って応じ、魔石粉を頭から尾まで詰めるように飲み込んだ蛇型の土ゴーレムを地面に潜り込ませていく。直接蛇を潜らせて魔石粉のラインによる魔法陣を描き、防御呪法を施してしまおうというわけだ。
何匹かの蛇型ゴーレムが連なって魔法陣をしっかりと構築したところで、地面にウロボロスの石突きを突き立てて呪法を発動させる。
「では、続いて地形の補強をしていきます」
急斜面側はやはり危険な場所なのか……既に崩落した後のようだ。最近の出来事なのか、土がむき出しになっている斜面の見た目はそのままに、手をついて魔力を送り込んでから浸透させてから多数のブロック型ゴーレムを構築していく。
「原理的には土の中にそのまま複数のゴーレムを構築し、それから石垣に変化させる事で、崩落しにくいように組み合わせてしまう、というわけですね」
「魔法陣の構築もだが……素早い上に合理的なことだ。術者足るものかくありたいものだな」
ヨウキ帝が感心したように頷く。
石垣となる各パーツが安定しやすい形状、組み合わせかどうかはウィズに計算してもらい、安全確認はセラフィナにお願いする、といった流れだな。
「どうかな?」
「うん。大丈夫だね。かなり頑丈に組み上がってると思うよ」
斜面下方に土台。上から下。奥から横方向にかかる重さの分散。崩れないように補強といった工程を行い、セラフィナにも安全確認をしてもらう。土の下は石材が平面の段のあるピラミッド状になっている。上にのしかかる土砂をしっかりと支えつつ、上から下へと拡散するように力を逃している、という構造になっているわけだ。
そうしたら今度は斜面の上へと戻る。ここからは拠点造りだ。土を掘って地中――ピラミッドの上に空洞を造っていこうというわけだな。
クリエイトゴーレムで土砂そのものをゴーレムとして土砂を除けて、建材にも変化させていく流れだ。俺にとってはいつもの事だがユキノは目を丸くしていた。蛇型ゴーレムの敷設や石垣造りはあまり見た目に派手な変化はないが、魔法建築の場合ゴーレムが続々出てくるからな。
ピラミッドは余裕を持って作ったので、拠点もそれなりの広さを持った造りに出来る。
作戦室、仮眠用の個室をいくつか。それから簡易ではあるがトイレ、風呂、厨房といった必要な設備を配置していく。入口部分は山肌に偽装したハッチだ。緊急脱出用として……斜面側に退路を用意しておけば形としては良いだろう。後は魔法の鞄から魔道具で照明や各種設備、必要最低限の備品を配置していけば完成だな。作戦室は――まあヒタカの面々が寛げるように一段高くなった座敷型にしている。
「こんなところでしょうか」
「すごい……」
「居心地も良さそうだな」
言葉もないといった様子のユキノと、笑顔を浮かべるヨウキ帝である。作戦室の座卓の上に水晶板を置いて、一先ず腰を落ち着けてから送り込んだシーカー達の様子を見やる。
「送り込んだシーカー達の配置はあっているでしょうか?」
「ええと――はい。間違いなく」
水晶板を見回し、指折り数えてユキノが答えた。路傍の石に紛れて顔を出したシーカーの視界が、それぞれの家々、集会所といった建物を映しているかを確認した、というわけだ。
「ああ――祖父です。服装からすると……山に入っていたのかも知れません」
ユキノがモニターを見て祖父の姿を認めて声を上げる。隠れ里の大人達数名と通りを歩いてきて、家の前で立ち止まる。
『あまり気落ちしないでください。きっと二人とも無事でいますよ』
『そう……。そうだな。こんな時だからこそ、しっかりしなければ。お前達にも心配をかけてしまっているしな』
ユキノの祖父は苦笑して応じる。
「……心配を……かけてしまっていますね。弟を助ける方法を探す、と……一応の書き置きは残していったのですが」
ユキノは祖父の様子に眉根を寄せて目を閉じていた。
ユキノやユキノの弟、行方不明者を探していた、というのは傍目にも分かる。ユキノはユキノで何とかする方法を探していたが、彼女の祖父も事態をどうにかしたい、とは思っているのだろう。村の因習か因縁か。そこに根差したものの正体が分からないから。或いは触れてしまった時に対処ができないから、踏み込めずにいるというだけで。
そういう……動きたくても動けない、という心情も……ガートナー伯爵領の住民達を見て学んだつもりではいる。母さんにもそうした心情には心当たりがあるのか、フォレスタニアと中継をしているモニターの向こうで静かに目を閉じる。
そう、だな。なるべくユキノ達の環境が上手くいくように落着させたいところではあるのだが。
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