番外1724 山の上空から
街道沿いに彩雲を下ろし、そこから隠蔽フィールドを解除して宿場町へ向かう。
宿については公的な行動の際に御用達にしている場所があるので、そこに宿泊する事となった。
宿泊というよりは後方拠点というところではあるが。
公的な立場の者が移動する際に指定している宿なので、話自体は結構スムーズに進んだようだ。というより、俺達も歓迎されているとのことらしい。
「アヤツジ兄妹の捕縛やショウエンの討伐に深く関わった事は広まっているからな。西国の偉大なる術者という話は関係各所には伝わっているし、民の間でも語られていたりする」
「そうなのですか」
ヨウキ帝の言葉に苦笑する。そうした言葉を肯定するかのように宿の亭主には朗らかに歓迎されてしまった。
「少しの間所要で出入りする事になるでござる」
「承知しました」
と、笑顔で一礼する女将である。
というわけでまずは宿を拠点に腰を落ち着け、そこから動いていく事となる。
手荷物も置いて休憩もそこそこに、イチエモンは宿の亭主に周囲の情報収集をしてくるといって部屋を出ていった。
身元がはっきりしていて立場的にも口が堅いし、宿を営んでいるから情報も集まりやすい。聞き込みの相手としては最適と言えるだろう。
その間にヨウキ帝は宿全体を守るように防御術を施していた。
「一先ずはこれで良いだろう」
ヨウキ帝が頷く。
「転送魔法陣も気兼ねなく使えますね」
「うむ。体勢を整えつつ予定通りに進めていくとしよう」
ヨウキ帝に関しては役目的に穢れを受けないように動く必要があるが、現状彩雲を作って使役できるのはヨウキ帝だけ、という事なので今回は現地にも一緒に向かうとのことだ。まあそこは精霊王の加護がヨウキ帝にも及ぶようになっているので安心だ。
それに加えて、追加の物資と人員をヴェルドガルや都から転送術式で連れてくるという話になっている。水晶板を設置し、後方とやり取りを行った。
『では、私はそちらに到着し次第、ジョサイア陛下の元へ向かいます』
「分かりました」
ミルドレッドとの通信を切り上げ、順次転送魔法でフォレスタニアから宿場町へやってきてもらう。
ヴェルドガルからはジョサイア王の護衛役としてミルドレッドが。ヒタカからは陰陽師の追加人員としてタダクニがやってくる形だ。その際、魔石や護符等の追加物資を持ってきてくれる。
やがて準備が整ったと連絡があり、魔法陣の描かれた布を畳の上に広げる。
「ヒタカノクニでは家の中では靴を脱ぐ、という文化がありますので、靴を脱いで待っていて下さい」
『承知しました』
水晶板の向こうで一礼して靴を脱いで待つミルドレッド達である。
転送術式を行使すると水晶板の向こうとこちらの魔法陣に光の柱が立ち昇り、ミルドレッド達がやってくる。ミルドレッド達はここから更に転送魔法陣で離宮へ。タダクニは行動を共にするというわけだ。
「ご無沙汰しております、境界公」
魔法陣から姿を見せたタダクニがそう言って一礼する。
「こちらこそ。頼りにしています」
そう言って俺達が挨拶し合う傍らでミルドレッド達もヨウキ帝に挨拶をしていた。
そうこうしているとイチエモンも亭主への聞き込みから戻ってくる。挨拶も一段落したところでミルドレッド達を更に離宮へと転送魔法陣で送り出し、一先ず人員と物資の補強は完了だ。
離宮でも挨拶やらが落ち着いたところで腰を落ち着け、まずはイチエモンの報告を聞く。
「ユキノ殿の里の者は、どうやら情報漏洩には気を遣っているようでござるな。聞き込みではそれらしきめぼしい情報は得られなかった、というのが答えになっているかと」
「そうですね。あまり自分達の事は旅先で話さないように、というのは言われています。里に悪さをしに来るものが現れると困るからとお年寄り達は言っていましたが……」
ユキノは目を閉じる。
「来歴が気になるところだな。此度の事でユキノ嬢や弟君の里での立場が悪くなったとしても、我らが助力する、というのは伝えておこう。必要とあらば都でも暮らせるように手配する」
「その……ありがとうございます」
ユキノもそのあたりの事は気にしていたのだろう。ヨウキ帝の申し出にユキノは幾分か安堵したようにも見える。ユキノの場合は外から引き込んだという事になるからな。場合によっては事件が解決しても村での立場がなくなってしまうという事も有り得る。
助けを求めるにしてもその辺が頭を過ぎったのだろうけれど、それでも必要な事だと判断したか。
「ユキノさんの場合、森の中や近隣をずっと探していた、というように偽装する手もありそうですね。人の手によるものを考えて交渉や情報収集のために……或いは妖怪退治に必要な武器を近隣の町で手に入れるために蓄えを持ち出した、というようにすれば言い訳も立つかと」
「なるほどな」
俺がそう言うと、ヨウキ帝は顎に手をやって思案しつつも頷いていた。離宮側でも人里で着替えたユキノの元々着ていた衣服をそのまま確保しておくために女官達が動いていた。家を出た時と衣服が違っていたらその辺も聞かれるだろうしな。旅で汚れたり傷んだりした部分も、探していたという説得力を持たせるには必要なものだ。
隠れ里での直接的な聞き込みはここまでの情報ではあまり期待できそうにないし、そうなるとユキノを隠れ里に連れていって協力を仰ぐというのは、当人にとってのリスクになり得るだけであまり利点がないように思える。であるなら今後のために偽装工作をやっておく方が良いのかも知れない。
「では、その場合は持ち出したという路銀も用立てておこう。代わりに薬を売ってもらうという形ならば遠慮する必要もあるまい」
笑うヨウキ帝にユキノは恐縮しながらも頭を下げる。
まあ、その為には事件の無事な解決が必要だ。
「前線基地は――地形と石碑までの距離……村人達の行動範囲を鑑みるに、このあたりに土魔法で構築するのが良さそうでござるな」
地形図を見ながらイチエモンが言う。
宿に連絡要員や後詰めを残し、中継用のハイダーも置いて俺達も実際に動いていくこととなった。
すぐに一旦外に出るという事でイチエモンが話を通していたため、宿の亭主が握り飯を作ってくれた。
「かたじけのうござる」
「ありがとうございます」
「いえいえ。あまりお力になれませぬが、陰ながら応援しております」
お礼を言って宿から出て、そこから森側へと移動していく。人目につかない場所まで行ったところで隠形の術を使い、それからヨウキ帝に彩雲を再び構築してもらった。
ここからは隠形術、封印術等を活用しての隠密行動だ。隠れ里にシーカーを送り込み、森の調査をしていくわけだが……。住民は勿論のこと、森に潜む存在にも気付かれないように立ち回っていく必要がある。
みんなで彩雲に乗り込み、そうして隠蔽フィールドも使ったら地形と方位、模型図を確認しながらもゆっくりと移動していく。
山の中に進むと段々森が深くなってくる。一つ山を越えたあたりで、事前に作った地形図と符号する部分が見えてきた。空から見た印象では……周辺の地形はユキノが教えてくれた通りではあるかな。
「これなら問題なく目的の場所を目指せそうですね」
「良かったです」
ユキノが安堵したように言う。落ち着いて周囲に目を向ける余裕も出てきたのか、ユキノも空の上から地上を見やり、雲に乗って空を飛んでいる事に静かに感想を述べる。
「それにしても、こんな風に空から生まれ育った場所を見る日が来るなんて――。術者の方々というのは……すごいものですね」
「こうした術や乗り物、道具を扱える面々はそう多くはないでござるよ。ヨウキ陛下やテオドール公といった一部の面々でないと難しいところでござるな」
そうしたイチエモンの言葉に、ユキノは神妙な面持ちで頷く。
「何と言いますか……本当に心強い事です」
「そう思ってもらえるなら良いのだが」
きちんと期待にも応えたいところだな。
さてさて。目的地も近付いてきたか。では、調査活動からだな。気合を入れて進めていくとしよう。