番外1722 地図を辿って
「――僕としては、子供達を救出する力になりたいと思っています」
「うむ。テオドール公が事件の解決に協力したいというのであれば問題は無いと考えている。テオドール公の心情を思えば協力したいという想いは分かるし、我が身に置き換えて考えても、自身が対応する必要性を感じられる事件であるならば、そちらを優先するだろう。それに……こういった際に協力を申し出てくれる者がいてくれるというのは、心強い。ましてや、テオドール公ともなれば」
「ありがとうございます」
『すまぬな。ジョサイア王。埋め合わせは必ず』
「栓方無き事。こうした事態には対応に動かざるを得ないという事は元より承知しているつもりだ。離宮への滞在予定もまだあるし問題はあるまい」
水晶板の向こうのヨウキ帝の言葉に笑顔で応じるジョサイア王。このままフラヴィア王妃とのんびり過ごさせてもらう、とのことだ。ユラも離宮の守りについてくれるとのことで、早速結界の強化を行ってくれている。
というわけで誰が現地に向かい、誰が残るのかという話になる。実質的に作戦会議でもあるので、ジョサイア王も何か気付いた点があるのならと、そこに参加する。
「まあ、それの性質ははっきりとせぬが、小さな子は連れて行かぬ方が良いというのは同意だな」
話を聞いてそう言ったのは御前だ。
「確かに。我らも状況を把握できぬ内は同行せぬ方が良かろう。土地に根付く主のようなものであるなら、我らのような同種やも知れぬ者が支配域に踏み込めば、警戒させて姿を現さない可能性がある」
「まずは隠密行動ができる人員が必要ってわけだな」
オリエとレイメイが言う。そういう事になるな。
俺やヨウキ帝は隠形の術が使えるから問題はない。レイメイも隠形の術は可能だが、やはり種族的なところで、行動した後に残る気配で感知される可能性があるから避けた方が無難だろうとのことだ。
「俺は後方で隠形符でも作っておくか」
「それは助かります」
レイメイの言葉に笑って答える。転送魔法陣もあるから、離宮に残しておけば中継できるしな。フォレスタニアにも転送魔法陣の片割れがあるから物資の調達に不自由はないし。
「俺達はどうだろうか」
「封印術を使っている限りなら問題は無いと思う。それとは別の意味でヒタカノクニでは目立つから潜入には向かないとは思うけれど」
テスディロスの言葉に答える。どうしても顔立ちや髪、瞳の色で異国から来たというのが分かってしまうからな。現地での情報収集を行う場合に限れば、テスディロス達は適任ではないとは思う。
「テオドールは変身呪法も使えるものね」
「うん。現地での情報収集もまあ……やり方次第で不可能ではないのかな」
クラウディアの言葉を首肯する。
黒髪、黒目でヒタカに合わせた顔立ちにすれば余所者とは認識されないし、ユキノや村人に直接変身するという手もあるだろう。イチエモンもまた、変装や潜入、隠密行動を得意としているので頼りにできる。
どうしても現地からの情報収集が期待できないならヨウキ帝が前に出ていってというのも可能だが……それで村人が正直に答えてくれるとは限らないからな。そもそも当人達も事情が分からない部分が大きいようだし。
ともあれ、グレイス達は子供達を守るので残る。オルディアとエスナトゥーラ、ユイも離宮で待機し、テスディロス達はヨウキ帝の護衛も兼ねての同行といった形になるな。
必要ならば離宮やフォレスタニアから転送魔法陣での援軍、支援を行う、と。体勢としてはこんなところだ。
「もし嗅覚で異常を察知したらすぐに知らせる、と言っているわね」
コルリスの意思を笑顔で伝えてくれるステファニアである。当のコルリスは自分の胸のあたりに任せて欲しいというように前脚をやっていて、マルレーンに頭を撫でられたりしていた。うむ。
というわけで話し合いだ。
ユキノが広げられた地図を見て、イチエモンに現在地を教えてもらうと自分のやってきたであろう道を辿っていく。
『この村までは3日……道を辿って歩いてきましたが、故郷を出て二つの山を越えて……一旦町へ出て、そこから大きな河に船に乗せてもらって移動してきた、という経緯になります』
『それはまた……もう少し近場から来たのかと思っていたら、結構な行動力だな』
『子供の頃に、両親と共に河川を使っての旅をした事があったのです。離宮の事も、その時に知りました。路銀として家の蓄えを持ち出してきてしまったのは……申し訳ないとは思っているのですが……』
『弟君を始めとした人命もかかっている故、致し方なき事でござろう』
肩を小さくしているユキノであるが、気を取り直したのか更に地図を辿っていく。記憶力は確かなようだ。地図は馴染みがなく不得手なようだったが、ヨウキ帝やイチエモンからそのあたりの事をサポートしてもらうと、歩いてきた道を辿り、河を遡り、どこから船に乗ったかを明確にする。
『しかし……3日でこの行程を踏破したか。昼夜問わずほとんど歩き尽くめだったのではないか?』
『ユキノ殿は健脚でござるな。しかし、行き倒れていてもおかしくはなかったでござる』
『その、必死だったので……。薬の原料となる素材を集めるのに、山間の移動で鍛えられていますから』
ヨウキ帝やイチエモンの感想に、ユキノは少し気恥ずかしそうに答える。
まあ……消耗や足の単純な擦り傷切り傷もそうだが、足の裏も結構な状態になっていたからな。そのあたりはポーションで回復はできているが。
健脚というのは確かにその通りなのだろう。山歩きに慣れているという点もそうだが……循環錬気で見た印象でも身体能力は中々に高そうだ。
それに、薬師のような技能や知識もあるわけだ。落ち着いた物腰や行動力等はそのあたりで培われたものだろうか。
そこから更に方角と山の稜線を見て、自分の故郷が地図上のどこにあるのかを割り出していく。
山間の谷合いに作られた村、か。
『ふむ。地図には載っていない里だな』
『こちらから外に赴く事はありましたが、外から誰かがやってくるという事は、ほとんどない場所です。私は……父が薬師だったので、その手伝いで外に出る事が多かったのですが』
「隠れ里的な印象ね」
「ん。尚更外部からの情報収集が難しそう」
「里以外の者に聞き込みすればすぐに事情が伺い知れる、というわけでもなさそうですね」
イルムヒルトの言葉にシーラとグレイスが言う。
「周辺の聞き込みに加えて資料まで漁れば糸口は見つかるかも知れないが……。時間がかかっては本末転倒だな」
ジョサイア王が顎に手をやって思案する。
確かに。現地での情報収集は大事だが、一番の目的は子供達の安否の確認と救出であり、その次に原因の解決という事になるからな。その為にも原因となっている存在については情報を事前に知っておきたいというのはあるけれど。
『転送魔法陣はあるのだから、位置が分かった以上は早めに動くべきであろうな。瑞雲で向かえば、それほど時間もかからぬ』
「食料品や水も用意してきて正解ね。鞄ごと持って行くと良いわ」
「うん。ありがとう、マリー。それじゃあ、また少し行ってくる」
「お気をつけて、テオドール様」
「子供達と一緒に帰りを待っているわ」
みんなから見送りの抱擁を受けて、子供達を抱いたりして。そっと髪を撫でられたり頬に触れられたりする。
子供も、そっと抱擁すると嬉しそうにキャッキャと声を上げて首元に抱きついてきたりする。うん。気合が入るな。
というわけで転送魔法陣を離宮に残して、俺は再びヨウキ帝達のところへと向かうのであった。