番外1721 ユキノの決意
「……ヨウキ陛下」
俺が呼び掛けると、ヨウキ帝はこちらに視線を向けてくる。
「ジョサイア陛下にも相談する必要がありますが……可能であれば改めて僕にも協力させて頂けないでしょうか?」
その目を真っ直ぐに見て言うと、ヨウキ帝はこちらをまじまじと見た後に納得したような表情を浮かべて口を開く。
「……そうか。テオドール公は……」
「はい。僕自身、目の前で起こっている事に何もできない後悔というのは、知っているつもりですから。それに……まだ理由や因果関係までは断定できませんが、子供を狙っているように見えるというのが、どうにも」
この辺の感情は、オリヴィア達が生まれたからなんだろうな……。もし、俺達の身の回りに起こった事だったらと考えてしまう。
結局のところは俺自身が気に入らないから動こうとしているという……そう言ってしまえば身も蓋もない話ではあるのだが。
俺がそう言うと、モニターの向こうでみんなも子供達を抱いて静かに目を閉じたり、こちらを見ながら頷いたりしていた。そうやって応援してくれるというのは、嬉しいな。
「いずれにせよ、話を聞いた以上は対処の必要がある。テオドール公の助力が頼めるのであればこちらとしても心強い」
「その場合のオリヴィア様達の守りはお任せください……!」
ユラも気合を入れているな。それは――有難い話だ。
離宮の守りは呪法的観点から言えば相当分厚いし、妖怪や怪異等の類にはかなり機能する。縁が結ばれた際にやってくるものを遮断する、というのは呪法的な観点の方が良いからな。そのあたりの守りは元々自前でやっているから、そこに加えて更にとなれば安心である。
ユキノは目を瞬かせていたが、俺が視線を向けると改めてお辞儀をしてきた。
「どうか……お願いします……! その……あの子の事だけでなく、これ以上の事態の悪化を防ぐ意味でも……」
少し意気消沈したように見えるのは……弟さんの事は心配しているのだろうけれど、最悪の事態も覚悟はしている、という事か。
「では、準備をしていかねばな」
「拙者は離宮より地図を取って参るでござる」
ヨウキ帝の言葉にイチエモンが立ち上がる。ユキノが移動できるぐらいの距離ではあるのだろうが、周辺の地形図というのも重要になってくるからな。
離宮には有事にも備える事ができるよう、地図の用意もあるそうだ。まあ、土地勘というのは重要だな。
「私も、そうと決まれば離宮へ戻ります」
ユラもイチエモンに続く。早速守りについてくれるという事なのだろう。
対策のための話し合いや計画については水晶板越しでもできるからな。俺としてはジョサイア王と話をする必要があるが……その前にやっておくべきことがある。
「移動の前に……ユキノさん。少し手を出していただいても良いでしょうか?」
「こう、ですか?」
「ええ。そのまま楽にしていて下さい。但し、何か奇妙な感覚があったとしても僕が良いと言うまで声を発してはいけません」
俺の言葉に、ユキノは神妙な面持ちで頷く。
どうするにしてもまずは呪法防御とユキノの体力回復をしておかないとな。実際目にしている彼女と「それ」の縁は強いものになっているし、何かしらの条件を満たした子供だけをターゲットにする性質だとしても、条件から外れているからと安全だとは限らない。
まずユキノの周囲に浄化した魔力を広げ、それから体外循環錬気によって魔力の状態を探る。ある……な。何か……奇妙な呪法的な繋がりが。
ここで呪法的な縁切りをしてしまうのは簡単な話だが……それでは何かしらが相手に伝わる可能性がある。警戒させたくはないので、少し手順を考える。
そうだな。こういうのはどうだ?
土魔法でユキノの姿を模した小さな人形を作り、オリハルコンでユキノに似せた魔力波長を作り出し、土人形に纏わせる。
「厭魅――形代の術か……。準備もせずに器用なものだ」
ヨウキ帝は俺がやろうとしている事を察して言葉を漏らす。厭魅の術というのは……人形を使った呪術とその応用としての厄払いの事を差す。前者は藁人形を使った丑の刻参り、後者は灯篭流しのような儀式の事だな。そう。人型に縁を押し付けてしまおうというわけだ。形代の術というのも読んで字の如く、人形に代わってもらう、肩代わりさせるという意味合いだしな。
ユキノ側から人形側へと縁を移して、本物から土人形側へと切り離していく。縁の糸とも言うべきものがユキノ本人から離れた瞬間に、更にマジックサークルを展開して呪法の防壁を展開しユキノに対して縁切りの術式を行う。
術式が成立した瞬間にユキノは何かを感じ取ったのか顔を上げたが、約束通り声は発さなかった。
指を鳴らすと土人形が砕け散る。同時にユキノに隠蔽の術を施しておく。
縁の糸は――問題ないな。俺も含めて、この場にいる誰にも影響を及ぼしていない。
「もう話をしても大丈夫ですよ。向こうが注視していたとしても監視対象が突然亡くなった、と感じられたはずです。後は無闇に「それ」の名前を出したり、直接見られたり触れたりしない限りはあちらからは認識されないはずですよ」
隠蔽術式も施しているしな。隠形の札等を持たせておけば、直接見られでもしない限りは安全なはずだ。
「そ、そうなのですか? 私としては何だか肩が軽くなったのですが」
気がする、ではなく実感としてあるぐらい、という事なら結構な変化だったのだろう。
「話を聞いている限りだと、村に纏わる何かと関係がありそうでしたからね。このまま体外循環錬気で体力を補強し、体調を整えていきますので楽にしていて下さい」
行方不明の子達の事もある。あまり体調回復を悠長に待っている時間はない。ユキノにも多少の負担をかける事になるが、そこは可能な範囲でフォローさせてもらおう。
『体力回復のポーションも持ってきているわ』
『イチエモンさんにお渡しするのが良さそうですね』
ローズマリーの言葉にアシュレイも頷く。
「そうだね。地図と一緒に持ってきてもらって、その時に飲んでもらおう」
というわけでユキノの体調を整えていく。
「身体が……軽くなっていくような気がします」
ユキノが言う。
「うむ。急速に顔色が良くなっているな」
「かなり消耗していたようですし、足に細かい傷もありますが……大きな怪我や病気等はしていないようですね。魔力の流れも……正常です」
「ああ……それは、良かったです」
ヨウキ帝に答えると、コマチも明るい笑顔で大きく頷いていた。このぐらいの傷なら簡易な治癒魔法でも大丈夫だとは思うが……そうだな。こちらもポーションで回復させるのが良いだろう。その事もみんなに伝えておく。
そうやって循環錬気をしながら待っていると、イチエモンも地図と各種ポーションを持って戻ってくる。一旦循環錬気を切り上げて体力回復のポーションを服用してもらい、治療用のポーションについてはコマチや村の女性陣がユキノの傷に塗る手伝いをするという事で、俺とヨウキ帝、イチエモンは隣の部屋に移動して待機する。
「お待たせしました」
程無くして、ユキノ達が隣の部屋から顔を見せた。
「もう起きていても大丈夫そうですか?」
「ありがとうございます。とても調子が良くて、身体が軽く感じられます」
尋ねるとユキノは深々とお辞儀をしてから真っ直ぐにこちらを見て、決意を感じさせる表情で言った。
旅装束に着替えているあたり、いつでも動けるように、というわけだ。衣服についてはユキノがもう動けそうなので着替えるといったところ、村の女性陣が手配してくれたらしい。
改めてユキノは村人達にもお礼を言っているようだった。村人達も離宮周辺に住んでいるだけあって有事の際の準備というか気配りが細やかな印象があるな。
循環錬気の際の反応から言って、ユキノは一先ず大丈夫そうだし地図を見ながらの話もカドケウスに聞いてもらいながら、俺も一旦離宮に戻ってジョサイア王と話をしてくるとしよう。