番外1720 暗がりの中より
「この部屋で休ませています」
村長の案内で集会所の中に向かう。障子を開けると寝床が敷かれており、そこに一人の女性が横たえられていた。
歳の頃は10代後半ぐらいだろうか。村の女性陣が看病していたようで、綺麗な水の入った手桶が枕元に置かれている。熱があるのか濡れた布が額に置かれている。顔色は良くないが……意識はあるようで、障子を開けると額にあった布を取って、ゆっくりと上体を起こし、俺達に視線を向けてきた。
ヨウキ帝やユラの身形を見て、会いたかった人物だと直感したのだろう。居住まいを正して頭を突こうとするところを、ヨウキ帝が手で制する。
「まだ体調も優れないのであろう。そのままで良い」
「し、しかし、それでは……」
「構わぬ。楽に致せ。そなたに倒れられては話が進まぬからな」
ヨウキ帝が静かに笑うとそれで彼女は安心したのか、上体を女性陣に支えられながらもそれでもお辞儀をしてきた。
「ユキノと申します」
そんなわけで、俺達も村人から出してもらった座布団の上に腰を落ち着け、まずは簡単な自己紹介から始める事にした。
身分のある人物というのは分かっても自己紹介無しではヨウキ帝自身が来たとは分からないだろうし、俺はヒタカの住民から見ると異国の風貌だからな。何故ここにいるのか等は伝えておいた方が良い。
ヨウキ帝とユラが名乗ると、ユキノは表情と身体を硬直させていた。
「重ねて言うが、そのままで良いぞ」
「は、はい」
納得してもらえたようなので、俺の方も自己紹介をしていこう。
「僕は西方にあるヴェルドガル王国から国王陛下の案内兼護衛役としてヒタカノクニを訪問している、テオドールと言います。ヒタカノクニとは別系統の魔術師という事で、異なる技術体系や視点を持つ事から同席させてもらう事にしました」
「というわけだ。東西合わせて見ても有数の術師であり、以前にも力を貸してもらった事がある。この場にいる事については安心してもらってよい」
「よろしくお願いいたします」
イチエモンやコマチも自己紹介を行ったところでヨウキ帝が頷き、ユキノに視線を向けて話を促す。
「では、事情を聞かせてもらおうか。何でも神隠し、という話であったが」
「はい」
ユキノはヨウキ帝の質問に、しっかりと頷いて答える。その反応は……何かしらの確信を持って応じているように感じられるが。
「始まりは……半年、程前の事になります。村の子が、森に入って帰ってこなかったのです。当然、村人達は森を探し回りました。しかし何の手掛かりもなく……」
村の者達も山菜や薬草を採取するなど日常的に立ち入ることのある場所で、決して深い森ではないそうだ。生まれ育ったユキノにとっても特に危険を感じる事のない森だったらしい。
数日かけて山狩りが行われたが、妖怪や獣、山賊の類。そうした存在は確認できなかった。手がかりはないまま時間が過ぎて、それから数か月。またしても森に入った子供がいなくなった。
「やはり捜索が行われましたが……森の中は平和そのもので、ずっと変わらず……。けれど、お爺ちゃんや村の古老達が集まって話をしているのをお茶の用意をしている時に聞いてしまいました」
老人達が集まっているところにお茶を運んでいったユキノであったが……「やはりカギリ様がお連れに――」「滅多なことを言うな!」と、そんな話をしているのを聞いてしまったそうだ。
カギリ様……どういう意味のある名前なのか。しかし、それだけでは神隠しだとは限らない。村人達が痕跡を見つけられなかっただけかも知れない。
ユキノの話は続く。
「3人目の子供がいなくなりました。私の弟の友達、です。その子は最初にいなくなった子の親友で……いなくなったはずの1人目の子を村の中で見たと……そう言っていた矢先の出来事でした。2人目がいなくなった時点で子供達だけで森に入ることを禁止されていましたし、その子は聞き分けの良い大人しい子だったのです。ですから……」
「森には入っていないし、性格上言いつけを破ったとは考えにくい、か」
森に入っていなくても行方不明者が出る。しかも最初の子をその子が目撃した矢先に、というのは……確かに因果関係を感じてしまうな。
「とても、嫌な予感を感じていました。行方不明になった2人目の子は、私の弟と仲のいい子でしたから……」
だからユキノは祖父に尋ねたらしい。この前していた話は、一体何なのかと。行方不明事件と何か関係があるのではないかと。
「その話はするな、と言われました。名前を出せば縁が繋がるから、名前を出すなと。それでも弟の事が心配だから、知っている事があるなら教えて欲しいと……退かずに詰め寄りました」
ユキノは俯いて眉根を寄せる。
「記録が……残っていないそうなのです。火事で古文書が焼けてしまって、それに関する古い記録がないのだと。そこに地震が起きて、森の奥にある石碑が崩れてしまったと言います。修繕はしたけれど、記録が失われているので、その祭祀の方法が正しかったのか……」
誰にも分からなかった、と。
「その地震というのはいつ頃のことですか?」
イシュトルムが共鳴を起こしてルーンガルドを滅ぼそうとした時のあれ、だろうか? もしそうであるなら俺も後始末に動く理由があるのだが。
尋ねてみるも、ユキノの祖父が口にした時期はそれとは異なっているようだ。
だがまあ、あいつが共鳴で起こした地震も遠因になっているというのは……否定できないかな。そんなことを言っていたら因果関係が際限なく広がってしまうからきりがないというのはあるが。
「そうやって詮索したのが呼び込んでしまったのか……他に理由があったのかは分かりません。けれど……弟も……行方不明になった2人目の子を見たと言ってきて……。私はお爺ちゃん達に外に助けを求めるべきだと言ったのですが……反応が悪くて」
ユキノはかぶりを振る。
「私には、どうしようもなくて。できるだけあの子と一緒にいるようにしました。それでも、あの夜に……」
寝静まった頃に、ふらふらと弟が寝床から起き出したことに気付いたそうだ。ユキノは、厠かと思って後を追ったという。
「ずっと一緒だったのに……私は……。私は何も、できなくて……。天井の暗がりから細くて、白い手が伸びてきて、あの子の事を、掴んで……」
ユキノはその時のことを思い出しているのか、青い顔をしながら額のあたりを抑える。……そうか。目の前で。
何もできなかったという無力感と後悔は……良く分かる。力が及ばなかったとしても、もっと何かがうまくやれたのではないかという思いは、頭から離れない。
「私は叫んで、駆け寄って手を伸ばしました。でも……掴めなかった……届かなかった……」
手を握る。虚空を掴もうとするような仕草と共に、ユキノは俯いたまま沈黙してしまう。
「大人達に話をしても埒があかず……身内に不信感を抱いて、外を頼ることにした、か」
「……はい。ここに離宮があるという事は、以前に話を聞いて知っていましたから……。もっと偉い術者の方に、この話が伝わればと……。まだ……あの子を、助けられるかも知れない」
沈黙を破ったのはヨウキ帝だ。その言葉に、ユキノは頷く。
居ても立ってもいられず、村を抜け出してここまでやってきたわけだ。
ユキノが事実を言っているとするならば……神隠しという言葉には間違いはなさそうだ。少なくとも妖怪なり、何らかの怪異が関わっている。村に住まう人々、或いは土地に関係した何か。いや……そのあたりはまだ情報が足りないか。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
今月、8月25日に書籍版境界迷宮と異界の魔術師15巻が発売予定となっております!
詳細については活動報告でも掲載しておりますが、今回も書き下ろしを収録していますので楽しんでいただけたら幸いです!
今年もウェブ版、書籍版共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。