番外1719 人里への訪問者
蛍を見せてもらったりヒタカ産の料理を色々と食べさせてもらったりしながら、離宮に滞在する。
氷室と温度管理の魔道具を用意して、海の幸も離宮まで運び込んだという事で、離宮で饗される料理は色々とバリエーションが豊富だ。
ジョサイア王とフラヴィア王妃の新婚旅行という事もあって、少しの間滞在する事を考え、色々と準備をしてくれていたそうだ。
少し森の中に進めば渓流で釣りをしたりもできるし、薬草の群生地やキノコの培地もある。
近場に古城跡もあるという事で、森の中で釣りや採取をしたり、瑞雲に乗って遺跡見学に向かったりといった時間を過ごさせてもらった。
釣りを喜んだのはやはりシーラだ。清流なので鮎が釣れて……淡水魚としては癖がないので非常に食べやすい。
「ん。満足」
塩焼きや燻製に尻尾を反応させて、嬉しそうな反応をしていたシーラである。
薬草やキノコの採取はローズマリーが嬉しそうにしていた。
「東国は独自の植物やキノコがあって良いわね」
というのはローズマリーの弁だ。
古城跡の見学についてはヒタカの古い時代の城の構造を窺い知ることができて、ジョサイア王やメルセディアを始めとした騎士達にも色々と参考になったようだ。
まあ、古今東西問わず合理化された防衛施設だからな。戦法や技術の発展によって新しく発展したり廃れる事はあるが、それでも当時の人々の知恵というのは伺い知れるわけで。
「迂回させて高所から矢や魔法を放つ事ができるように、という構造だな。この辺りはセオレムも共通している」
ジョサイア王も分析して頷いている。急勾配をつけて歩きにくくしたり、要所に隘路を配置して大挙して攻められないようにしたり、待ち伏せ用のポイントを作ったり石垣を直接登りにくくしたりと……朽ちてはいるが色々と工夫の後が見受けられるな。
「うん。迷宮防衛の参考にもなるね」
そう言って真面目な表情で構造を見て分析しているユイである。迷宮に絡んでというのなら、俺としても参考にできる部分はあるからな。色々と学べるところは学んでいきたい。
そんな調子で離宮にてのんびりさせてもらったが、ジョサイア王やフラヴィア王妃にとっては新鮮でかなり寛いで羽を伸ばせる時間になったようで。俺が思っていた以上にヒタカでの休暇を楽しんでいる様子だった。
「ここのところは中々に忙しかったからね。本当に来て良かったと思っている」
ジョサイア王はフラヴィア王妃と共に縁側で寄り添って座り、お茶を飲みながらそんな風に言って微笑んでいた。
二人とも都会育ちだからな。自然豊かな避暑地で過ごすというのは新鮮に感じる部分も多いのだろう。
まあ、俺の方は案内兼護衛というところなので、ジョサイア王やフラヴィア王妃の目に留まらないところでタームウィルズやフォレスタニア側と水晶板でやり取りをしている。
特に問題が起こらない限りは二人にゆっくりと羽を伸ばせる時間を作れればと思っている。騎士団長のミルドレッドや、フォレスタニア城のゲオルグやセシリアからは特に問題は起こっていないとの報告を受けているので諸々安心だ。フォレスタニアの執務に関しても相談が必要なものは今までも外出先で水晶板越しの報告や指示をしているしな。
そうやって数日離宮回りで観光したり釣りや採集をしたり、食事や音楽を楽しんだりとのんびりと過ごしていたが――。
「少々お耳に入れたきことが……」
イチエモンがヨウキ帝のところにやってきて言った。コマチも一緒だが、少し申し訳なさそうにしているな。
「ふむ」
ヨウキ帝は立ち上がろうとするが。
「仮にですが、僕が聞いても問題のなさそうな話なら相談にも乗りますよ。今回はジョサイア陛下とフラヴィア殿下の案内兼護衛役でもありますから、必要なら知っておいた方が良いのかなとも思いますし」
当人であるジョサイア王とフラヴィア王妃はと言えば、縁側で二人水入らずの時間といったところだし、俺に関して言うならその辺気を遣う必要はあるまい。
「確かにそうかも知れぬな。そのあたりはどうなのだ?」
「テオドール公が同席して下さるのであれば、違う視点のご助言も頂けるかと」
問われたイチエモンは少し思案してから言った。
「では、聞こう」
「はっ。先程コマチ殿の親戚が麓の人里に用があるとのことで、コマチ殿達と護衛を兼ねて同道したのでござるが――」
「里の方で騒動があったようなのです」
イチエモンから視線を向けられたコマチが言う。なるほどな。申し訳なさそうな表情をしていたのはそう言った理由か。ヨウキ帝は歓待中だし、ジョサイア王とフラヴィア王妃は新婚旅行中。それでもイチエモンやコマチがこうして揃って報告にくるあたり、耳に入れなければならないような内容なのだろうとは思う。
「その騒動とは?」
「――神隠しで弟がいなくなった、という事でござる。人里の外から来た者が助けを求めに来たと」
「神隠し――」
イチエモンの言葉に、ユラが少し驚いたように目を見開く。神隠し、とは。
「私達が滞在する予定を聞きつけてか、離宮がある土地だからか、外から里に助けを求めにきたようなのです。とはいえ、里の人達もジョサイア陛下の新婚旅行での滞在だから、耳に入れるべきかどうか迷って……私の親戚を経由して、という話になったようで……」
コマチの親戚達は地元民だからな。まあ、かなり気を遣ってくれていることは分かる。
「そういう事であれば頼ってきたことは問題ない。そうした事態に対処する事は責務と言えるし、妖怪や怪異、妖魔は我らの都合など元々意に介さぬものであるからな」
ヨウキ帝は納得したように頷く。俺としては――そうだな。もう少し事態を把握してからジョサイア王に伝えるように動こう。対処するにあたっての話となればジョサイア王の役割ではないし、負担がない方がヨウキ帝としても望ましいだろうし。
「では――」
「こちらから少し里に赴くとしよう」
「ご一緒します」
というわけで、少し人里の方へ移動して話を聞いてくるという事になった。里の人達も気にしているから、離宮に呼ぶよりはこちらから顔を見せて問題ない事を伝えた方が安心してもらえるだろうというわけだ。
コマチが案内して、イチエモンは離宮の警備を強化してくれるとのことだ。
「テオ、お気をつけて」
「うん。少し行ってくる」
「離宮で子供達と待っているわ」
グレイス達に見送られて離宮を出発する事となった。子供達をそっと撫でると嬉しそうに笑って、俺も表情を緩める。
それからメルセディアやテスディロス達にも事情を説明し、一応里に出かけている間の警戒を高めてもらう。水晶板で離宮の様子も分かるし、転送陣を描いた布も残しておけば諸々安心だろう。
人里までの移動は瑞雲に乗ってなので割とすぐだ。
「神隠し……ですか。こういった事例はよくある事なのですか?」
「過去には神隠しとされた類例はあるが……本当にそうであったことは把握している限りでは希少だ。本当に何かしら不可思議な存在による神隠しなのか、それとも単なる遭難や事故なのか。何かしらが介在しているにしても、賊によるもの、害意を持つ妖怪、妖魔、魑魅魍魎や悪霊の類によるもの……様々な原因が考えられるが、これらは神隠しとは言うまい」
「行方不明者が出たことに対し、敢えて神隠しという言葉を選んだ根拠があるのなら、それを確認しなければなりませんね」
雲に乗り込んで移動していく中で俺が尋ねると、ヨウキ帝とユラがそう答える。そうだな……。そうだとする認識があったから、助けを求めてここまで来たのだし、そういう根拠なり理由なりがあるのだろう。そこを聞かないと現時点では、確かに何とも言えないか。
程無くして瑞雲は人里に到着する。村人達は恐縮していたがヨウキ帝は気にする必要はないと、穏やかに笑って応じていた。
外部から助けを求めてきたというその人物は……ここに来るまで結構無理をしてきたらしく消耗が激しかったようで、人里の集会所となる民家で休ませているとのことである。
さて……。どんな話が聞けることやら。