番外1716 ヨウキ帝の歓待
離宮はかなり広々としている。賓客を招いて滞在してもらう事も想定していて、色んな使い方ができるそうだ。
ジョサイア王とフラヴィア王妃は主賓なので庭の眺めが良い離宮の一角に。周囲にメルセディアを始めとした護衛班がつく形だな。
ヨウキ帝達の滞在する場所、俺達の通された場所もまあ、ジョサイア王達の通された場所と似たような場所と配置だ。それぞれの護衛班が連係して動きやすいように考えられている。
「こちらからは涼をとる為の魔道具、虫避け、敷地内への無断侵入に対する鳴子といった、幾つかの術具を準備している。ある程度快適に過ごせるように考えて準備を進めてあるので、入り用のものがあれば遠慮なく言って欲しい」
「ありがとうございます、ヨウキ陛下」
準備されている魔道具の目録も配ってくれた。中々細やかな部分にまで気を遣ってくれているな。
後は警備班同士の連係が迅速でやりやすいように、水晶板やティアーズ達を配置してやれば諸々の問題はあるまい。
滞在する場所の他にもみんなで集まって寛ぐ、サロンの役割を持たせた場所も用意してくれているな。
手荷物を置いた後でそちらに向かうと、ユラとアカネが笑顔で迎えてくれる。
「折角の旅行ですので、こういった物を用意したのですが如何でしょうか」
と、ユラ達が見せてくれたのは沢山の浴衣であった。
「ヒタカノクニの衣服ですか」
「そうですね。浴衣と言いまして……昔は湯上がりに羽織ったりしたのが始まりで……涼しく過ごせるという事もあって段々普段着やちょっとした外出用にも使われるようになっていったのです」
「夏用に涼しげな色合いや模様で染め上げたり、絵柄を入れたものが巷で流行っているのですよ」
ユラとアカネが浴衣を見せてくれる。
「色鮮やかで良いわね」
ステファニアが笑みを見せる。様々な色、柄を用意したので気に入ったものを着て欲しい、とのことだ。みんなやフラヴィア王妃、ユラやアカネ、コマチ、御前達も含めて、女性陣は楽しそうに浴衣を見比べて、和気藹々と盛り上がる。
選んだら着替えてくるそうだ。着付けは女官達が教えてくれるとのことで、帰ってからも着て楽しむ事ができるだろう。
「男性陣のものや子供用のものも用意している」
と、笑顔で言うのはヨウキ帝である。お土産代わりというのもあるが、夏のヒタカで過ごすなら浴衣を着ていた方が過ごしやすいというのもあるだろう。
「ありがとうございます。こういう時間は楽しいですね」
「そう思ってもらえるなら準備した甲斐があるというものだ」
「ジョサイア様が浴衣にお着替えになった姿も楽しみにしております」
フラヴィア王妃がジョサイア王にそう言って、二人は穏やかに笑い合っていた。
「ん。テオドールや子供達の着替えた姿も楽しみ」
シーラが言うとマルレーンもにこにことしながら頷く。俺に関しては期待に応えられるかどうかというところだが、まあみんなも楽しみにしてくれているようだ。俺としても、みんなの浴衣姿は楽しみだな。
男性陣用の浴衣は全体的に色合いや柄等も落ち着いている印象があるな。
藍色に黒、鮮やかな緑や清潔感のある白。浴衣の定番と言えば黒だろうか。だがまあ、キマイラコートは暗い色を基本としているので、敢えて明るい色を選ぶのはこういう場では少しイメージが変わっていいのかも知れない。
白を基調とした、裾のあたりに模様が入った浴衣にしてみるのが良いかな。模様は様々だが、単なる模様というわけではなく、こういう意味合いがある、というヨウキ帝やユラの解説も聞けた。
「この三角形の組み合わせは蛇の鱗を意味しているのだな。脱皮から結び付けて、再生や厄除けの意味合いを持つ」
「こっちの模様は、成長の早い植物の葉を模しています。転じて、子供達の健やかな成長を願う意味合いがありますね」
「子供達用のものに、その模様が多いのもそういった理由というわけね」
ローズマリーが納得したというように言う。
中々参考になるというか。付与系の術と併せれば実際に効果の補強もできるというから侮れない。紋様術式というわけではないのだが、そこに広く周知させた上で意味を持たせているわけだからな。
「良いですね。これにしてみます」
白地に薄っすらと灰色がかった細かな縦縞が入っているデザインの浴衣を選ぶ。袖や裾の部分に三角の紋様が入っているな。
ポジティブな意味合いもあるのなら縁起物という事でジョサイア王やフラヴィア王妃の旅行の案内役としても丁度良いのではないかと思う。蛇の鱗という事で、ウロボロスも満足げに喉を鳴らしているしな。
帯も選ぶ必要があるが……そうだな。茶色の帯が色合い的にも合うかな? 全体的に落ち着いた印象になりそうだが、結構明るい色合いなのでこのぐらいで良いと思う。
というわけで一旦着替えてこよう。隣の間にて離宮で働く人員に着付けを手伝ってもらい、浴衣に着替える。
「御髪の色合いとも合っていて、とてもよくお似合いですよ」
「ありがとうございます」
ウィズやキマイラコートについては浴衣には合わないから、必要なら浴衣の上から纏う羽織にしたり、変形させればいいのではないかと思う。ウィズは色合いを変えて帯に変形させるという手があるか。では、そうしておこう。
「ちなみに、浴衣の上から着る事のできる衣服というのはあるのですか? キマイラコートを変形させておけばネメアやカペラも一緒にいられると思うので」
と、イチエモンに尋ねる。キマイラコートから顔を出したネメアとカペラが一礼するように挨拶をするとイチエモンも笑って応じる。
「でしたら、羽織の出番でござる。夜は気温が下がる事もあるかも知れませぬ。人数分用意しておいた方がよさそうでござるな」
頷いて女官達に羽織を持ってくるように頼んでくれるイチエモンである。では、キマイラコートもそれに合わせて変形させていこう。
ジョサイア王やテスディロス達、ヨウキ帝にイチエモンも各々藍色や黒、深い緑等の着物に着替えているな。総じて落ち着いた佇まいという印象だ。
「確かにこっちの方が過ごしやすそうだな。軽くて良いと思う」
「解呪前はあまり気にならなかったが、それぞれの国の季節や気候にあったものを着るというのは重要だな」
「各国の文化の理解も深まるというわけですな」
浴衣を纏って満足げに頷くジョサイア王に、ゼルベルやオズグリーヴも同意する。
そんなわけで男性陣もみんなで着替え、それまで来ていた服を各々の部屋に片付けてから元の場所に戻る。少しすると女性陣も浴衣に着替えてやってきた。
白地にパステルカラーの花柄をあしらったものや、目に鮮やかなブルー、淡い色の紫の下地に白い花。縁起物の模様柄、部分部分に鯉や蝶、花柄をあしらった物だったり様々だ。髪も結ってアップにしていて普段とは印象も変わる。みんなが入ってくると場が一気に華やいだ。浴衣なので涼しげなのも良い。
「いいね。華やかで、みんな良く似合ってる」
「ふふ。テオドール君も格好いいわ」
「そうね。上に羽織るとまた印象が変わるわ」
イルムヒルトがにっこりと笑い、クラウディアも同意する。
「浴衣か。フラヴィアにも良く似合っているな。余としては着心地も含めて、気に入った」
「ジョサイア様も良くお似合いです」
ジョサイア王とフラヴィア王妃が微笑み合う。
「好評なようで何よりだ。浴衣の柄にある魚は、離宮の池で飼っているから後で見に行くのも良いだろう」
鯉か。確かに和風の庭園には付き物といった感じではあるかな。
「庭の散歩は、もう少し涼しい時間帯になってからが良さそうですね」
「うむ。その方が予定も立てやすかろう。それまでは離宮でゆるりと過ごすとしよう」
ヨウキ帝とユラがにこやかにそんな会話を交わす。見せたいものや立てている予定があるのだろう。ここは楽しみに待たせてもらうというのが良さそうだ。