番外1715 山間の離宮へ
俺達を乗せた彩雲は田畑のある農地を越え、その向こうにある山を一つ越え、二つ越え、都から少し離れた土地へと進んでいった。
交通の便はそこまで整備されているわけではないから直線距離ではともかく、普通の感覚で言うと避暑地は結構遠方と言えるだろう。
静養地として選ばれるだけあって、そこまで険しく深い山というわけではないらしいが。
「避暑地、静養地としているのは、地脈が都にも通じている土地故、というのがあるな。不在でも都の鎮護を兼ねる事ができるというわけだ」
「それは確かに、静養地としては魅力的だな」
「勿論、周囲の環境も良いものですよ。小川や小さな泉があって綺麗な場所ですし……この時期ならきっと楽しいと思います」
ジョサイア王が同意するとユラも説明をしてくれる。避暑地の小川か。確かに過ごしやすくて良さそうだ。
詳しい事については到着してからのお楽しみという事で、彩雲に乗ったまま俺達は進んでいく。速度は結構なもので、現地到着まではそれほどの時間はかからないだろう、とのことだ。
「しかしまあ、着想を得たし既存技術の改良ではあったから下地はあったのだが……新しい術の精度や実用性を上げるのは中々に大変であったよ。テオドール公とアルバート殿が革新的な魔道具を次々作っている事を考えると、如何に離れ業をしているかがよくわかるというものだ」
「恐縮です。そのあたりは様々な技術体系を参考にできる環境が大きかったから、というのがありますね」
ヨウキ帝の言葉にそう答える。
細かく話せない部分は多いが……平行世界から継承した知識、既存の術の応用や組み合わせ、地球の知識、技術が基になっているもの、オリハルコンの補助もあったからだとか、それに――封印術、ヴァルロスの覚醒能力を引き継いだり、呪法、陰陽術に仙術等々を知れたから、というのはあるな。
そうやって様々な技術体系を知り、場数を踏んで覚醒に至った今となっては、魔力の動きから直接その働きを察する事もできるようになったけれど。
空からヒタカの山林を眺めつつも、ヨウキ帝やレイメイ、ユイを交えて少し西国の魔法や東国の陰陽術、仙術に絡んだ話をしつつも進んでいく。ジョサイア王も、自身も魔法に通じているし魔法技術の話は為政者として参考になる部分もあるので大歓迎という事で話の輪に加わっていた。
陰陽術は一部の技術が呪法にも通じる部分があるが、精霊術、治癒術、付加魔法や魔法生物生成等も含めた総合的な技術体系だな。
近隣で発展した技術なので仙術とも近い部分はあるが、目指すところが違うから技術体系の方向性や発展の仕方が異なっているという印象だ。
ヨウキ帝の場合は立場もあって防御的な術や広範囲対象の術を多く習得している。レイメイが習得しているのは仙術だが、身体強化や攻撃用の術の習得が多い。この辺は仙術の目的が仙人に至る事だからというのもある。もっとも、鬼であるレイメイは仙人を目指しているというわけではないが。
そんな話をしていると、アカネが声を上げる。
「目的地が見えてきましたよ」
という言葉に、進行方向に目を向ける。山間部の長閑な里山の向こう――山の中に拓かれた土地があった。都の御所を少しスケールダウンしたぐらいの建物がそこに建てられているが……帝の避暑地だけあって立派なものだ。人里から続く道もきちんと整備されているな。
彩雲は速度と高度を落として、人里に姿を見せるようにしてゆっくりと移動していく。
「コマチちゃんの親戚が住んでいるのは、あの人里?」
「そうですそうです……! 田舎の叔父夫婦や従妹達ですね」
イルムヒルトが尋ねるとコマチは嬉しそうに頷く。
「ふふ。コマチには伝えているが、その家族や親戚については先触れを出して別荘側に招待していてな。滞在中はのんびり一緒に過ごしてもらえるだろう」
ヨウキ帝が笑って伝える。
「お気遣いありがとうございます……!」
明るい笑顔で応じるコマチである。ヨウキ帝も頷いて、彩雲の高度を地上すれすれまで下ろしていく。シリウス号とは違って、乗っている場所を地表近くまで下げられるからな。迎えてくれる人里の住人達と顔を合わせながら進む事ができる。
「遠路はるばるよくお越し下さいました。村人一同、心より歓迎いたします」
「うむ。ゆるりと寛がせてもらおう。そなた達にも酒と料理を用意している故、楽しんでもらいたい」
「おお。これはかたじけなく存じます」
村長らしき人物を始めとした住人達が丁寧に挨拶をしてきて、ヨウキ帝も朗らかに笑って応じる。その応対は穏やかなもので、住人達にもヨウキ帝が尊敬されているのが伺えるな。
距離感が近いというのもその辺を裏付けている部分はあるな。ユラやアカネも住人達とは顔見知りといった様子で、にこにこと微笑みながらも手を振っていた。
先触れを出していたという事もあって俺達の事も聞いているようで、恭しく挨拶してくる。アカネが紹介してくれたので、俺からも挨拶をする。
「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアです。滞在中はよろしくお願いしますね」
「おお、これはご丁寧に。先だっては凶悪な術者の捕縛に関わられたと聞き及んでおりますぞ。どうぞよろしくお願いいたします」
笑って挨拶をすると、向こうも緊張が解れた様子だ。
「うむうむ。術者兄妹を追ってきたのであったな」
御前もうんうんと頷く。俺達が初めてヒタカに来た時だな。サキョウとイスズのアヤツジ兄妹と、北東の地での戦いになった時の話だ。御前、レイメイ、オリエと出会ったのもその時の事である。
そうやって住民達に挨拶をしてから、また彩雲はゆっくりと移動を開始する。里の子供達が追いかけてきて手を振り、ユラやアカネ、ユイ達に子蜘蛛達もそれに応じて手を振ったりしていた。
「子供達は元気がいいですね」
「ん。良い事」
にこにことしているエレナの言葉にシーラもこくんと頷く。
田畑のある風景は長閑なものだ。都に比べると、聴いていた通り大分涼しくて過ごしやすそうで結構な事である。
そうして雑木林と小川の流れる光景を少し眼下に眺めながらも進んでいくと、やがて離宮に到着した。離宮の門前に着陸するとみんなも彩雲から降りる。
門が開かれると、そこに顔を出したのは公儀隠密の中忍――イチエモンであった。
「おお、イチエモン。警備ご苦労」
「勿体ないお言葉にござる」
ヨウキ帝の言葉にイチエモンが恭しく応じる。
俺達が訪れるという事で、先触れと離宮の警備担当の任を負ったのだと、挨拶をした後でそう教えてくれた。
イチエモンが警備担当してくれているなら確かに安心だな。
山の中に作られた離宮は寝殿造りである。庭の中に小川も引き込まれており、庭園もきちんと整備されていて立派なものだ。池の上に橋もかけられており、庭園を見て回るだけでも楽しそうに見える。
俺達が到着したという事で、女官達と共にコマチの家族、親類といった面々も出迎えに庭園へと姿を見せる。
「コマチお姉ちゃん!」
「おおっと、ツムギちゃん。元気にしていましたか?」
「はい! お姉ちゃんはどうですか?」
「ふふ、この通り元気ですよぉ。ヴェルドガル王国では良くしてもらっていますからね……!」
初対面の挨拶をした後でコマチに駆け寄って抱きつく兎獣人の女の子。ツムギは妹ではなく、従妹との事であるがコマチは大分慕われているようだな。
そんなコマチ達の様子に、ヨウキ帝達も表情を綻ばせていた。
コマチは工房で仕事をしつつ西国の技術面を学んでいたりするし、ヒタカにとってはヴェルドガル王国との友好の懸け橋になってくれているところもあるから、ヨウキ帝としても重視しているという事なのだろう。
さてさて。そんな調子で再会や挨拶を終えたところで、建物の中に案内してくれた。まず手荷物等を置いて、ゆっくりと寛がせてもらうとしよう。