番外1713 ヒタカへの旅行計画
書庫での作業は順調に進んだ。
サティレスとカーラも休憩時間を使って仲良くなっている。
「ありがとうございます、マルレーン様」
「大切にお借りしますね」
サティレスとカーラがお礼を言うと、マルレーンも快くその言葉に微笑みを返す。
ランタンをサティレスに貸し出してくれて、カーラと共に色々なイメージを空中に映し出していた。
サティレスが好んで作り出すイメージはやはり妖精という事を反映してか、植物や動物をモチーフとしたものが多い。木漏れ日が差し込む森の中で輝く大輪の花が空中に映し出されて、蝶が舞う。光の粒になって花弁が散っていく様は何とも美しいもので、みんなもそれに見惚れていた。
森の中に動物もやってくる。神秘的な大鹿であるとか、鮮やかな緑色の鳥であるとか栗鼠のような小動物であるとか。
俺達のところまで栗鼠がやってきてお辞儀をしていったりして、みんなを楽しませてくれる。この辺、サティレスは幻影劇の手伝いで慣れたという印象があるな。
イルムヒルトも幻影に合わせてリュートを奏で、机の端に腰かけたセラフィナが足を揺らしながら楽しそうに歌声を響かせたりして、何とも落ち着く時間だ。
そうしていると、カーラもランタンを使って幻影を見せてくれる。
こちらはまたガラッとタイプが変わって、ゴシックな雰囲気の人形やアンティークな小物が並べられた部屋がまず映し出された。サティレスが思い描くものが自然の美しさならば、カーラの近美は造型した品々の美しさだ。
敢えて光量を落としているが、所謂耽美な雰囲気で、光と陰影の使い方が上手い印象だ。サティレスにしてもカーラにしても、こういう幻影のイメージをきちんと作り出せるのは適正や性質、興味の有無の他にも、観察眼がしっかりしているからだろう。サティレスは幻術を使うからで、カーラは造型美の追求が種族的な嗜好だからという違いはあるけれど。
イルムヒルトの演奏も、カーラの映し出した幻影のイメージに合わせて変わる。ゆったりして美しい旋律だが、少し怪しげなメロディーラインだ。
曲調に合わせるようにオルゴールが開いて、椅子に座っていた人形もカーテシーの挨拶をしてから踊り出す。薄暗い室内でスポットライトを浴びてくるくると踊る様は中々に見ていて楽しいな。
そんな幻影の中でお茶を飲んだり焼き菓子を食べたりして、みんなと一緒にリラックスさせてもらった。
「サティレスさんの幻影は素敵ですね。自然の美しさを堪能させてもらいました」
「それを言うなら私の方こそ。詳しくない分野でしたが、だからこそと言いますか……とても綺麗で新鮮に感じました」
二人とも上機嫌そうな様子だ。サティレスの水晶のような質感の羽を見せてもらったり、逆にカーラのパーツを見せてもらって頷いたりと親睦を深めている様子である。
そんなやり取りにマルレーンと共にユイやヴィンクル、アルファ、べリウスといった面々や、ティエーラ、コルティエーラも微笑んで見守っている。サティレスの事は迷宮管理者の後輩や新顔として気になっていたのだろう。
仲良くなれそうな面々が外にもいるというのは良い事だな。特にユイからしてみると、ルーンガルドと魔界間での友情という事になるし、その関係は気になるところだろう。
そういった調子で休憩を挟みつつ、蔵書の分類も進んでいく。
古文書の中にはかなり昔の暮らしや文化を記した書物を始め、稀覯本が多数発掘できたりして、これは中々歴史的な資料価値が高そうだ。デボニス前大公の歴史書編纂がどのぐらいの範囲になるかは分からないが、それを抜きにしても貴重な書物が多い。
エンターテイメント性の高そうな本を主体に危険性の少ない本をという条件に色々と満遍なく迷宮核の持つデータから生成しているが、その事もあって今となっては貴重な本が多いというのは副産物としては有用なものだろう。
「薬草から作る薬の製法で、失伝しているものを記した本もあったわね。錬金術や薬学の資料としてもかなりの価値があるものが見つけられたわね」
ローズマリーはそんな風に言ってほくほくとしていた。母さんも目を閉じてうんうんと頷いていたりする。
「この調子だと他にも色んな本が発掘できそうだね」
「そうね。楽しみにしているわ」
うむ。上機嫌なローズマリーにみんなも微笑ましそうにしているが。
管理シールに記入したものを貼りつけたりしてみんなで和気藹々と作業を続けていったのであった。
さて。そうやって数日の間、執務や工房の仕事をしたり、書庫の整理をしつつデボニス前大公に資料提供できるように歴史関係本を纏めたり、稀覯本の発掘を進めたりしていたが、ジョサイア王とフラヴィア王妃の新婚旅行も計画が固まってきたようだ。
ヒタカ側に話も通り警備計画も出来上がったとのことで、ジョサイア王やヨウキ帝にユラ、アカネ、それに御前やレイメイ、オリエといった面々を交えて、俺達のところにも水晶板で連絡が入った。
『――というわけだ。当日は会えるのを楽しみにしている』
『都にはレイメイさん達もいらっしゃるそうですよ』
当日の予定を説明した後で、そう言って笑みを見せるヨウキ帝とユラである。
「ああ。それは僕達も楽しみです」
『うむうむ』
と、俺の返答に頷いている御前である。
『ヒタカの夏は西国諸国よりも少し湿度が高くて、些か過ごしにくいというのもある。都の近郊に避暑地があるのでそこに赴くとしよう』
ヒタカで避暑地となると軽井沢みたいな場所を連想してしまうが。実際のところ、少し山の中ではあるそうだが、ヨウキ帝の御用達という事もあって結構整備されているらしい。
シリウス号に乗っていくわけではないが、速度の速い移動手段もしっかり確保しているとのことで。その辺は期待させてもらおう。
『転移門やシリウス号に触発されたというわけではないが、式神と陰陽術を使って多人数をそれなりの速度で移動させられる術を新しく開発してな。安全性も十分確かめられたというのもある』
「それは興味深い」
期待していて欲しいと、ヨウキ帝が笑う。
「避暑地で過ごした後はマヨイガのところにも顔を出して滞在していきたいところですね」
マヨイガがあるのはヒタカの北東……御前達の暮らしている地方だ。俺達にとってはヒタカの別荘でもあるし、河童一家やスネコスリ、ケウケゲンを始めとした妖怪達に会えるのも楽しみだな。
『ヒタカノクニと鬼や妖怪達の交流も、余にとっては参考にすべきものではある。そういう意味でも今回東国を訪れるのは価値のあるものと思っている』
『ふふ。以前妖怪さん達がヴェルドガルに来た時も気になっていたのです。見たことのない種族達ばかりでわくわくしたと言いますか』
ジョサイア王とフラヴィア王妃が言う。フラヴィア王妃的には妖怪達が結構気になっていたようだ。王太子の婚約者という事もある。ジョサイア王も王太子時代は忙しくしていたし、普段は立場的に自分一人で関わるという事はできなかっただろうしな。この辺、新婚旅行としてヒタカを選んだ理由や俺達の案内役を望んでいる理由でもあるのだろうか。
まあ、俺としてもヴェルドガル王国が妖怪達と仲良くしてくれるのは歓迎だ。
『うむ。ヴェルドガル王国の新しき国王殿と王妃殿か。我らも楽しみにしている』
オリエが言うとジョサイア王とフラヴィア王妃も頷く。
『私も故郷のみんなに会えるので浮かれてしまいますね』
と、コマチが水晶板越しに言う。今回はヒタカ行きという事でコマチも同行する。コマチにとっては里帰りという事になるからな。避暑地の近くにコマチは知り合いが住んでいるとのことで、ヨウキ帝やユラが知らないスポット等も期待できるかも知れないな。