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239 北国シルヴァトリア

 甲板の縁に腰かけたイルムヒルトが、水夫達の舟歌に合わせてリュートで音色を奏でている。あの音楽は水夫達の歌に合わせたイルムヒルトの即興らしい。その傍ら、みんなで並んで船釣りをする。


 船旅は順調だ。季節は夏。北上する際に追い風を得られるし、確立された航路の1つなので大きな魔物に襲われるリスクも元々低い。

 飛竜達の気晴らしになるよう、船の周囲を飛んでもらったりもしているので尚更安全になっていたところもある。お陰で小さな魔物も寄ってこなかった。

 本当ならリンドブルム達で海を渡れてしまえば早かったんだろうが、竜籠を運びながらとなると、飛竜達でも途中途中で翼を休める必要が出てくる。よって船旅となったわけだ。


「――来た」


 シーラが釣竿を引くと赤い魚が釣り針に引っかかっていた。


「シーラは釣りが上手ね」


 クラウディアの感心したような言葉に、シーラが頷く。


「盗賊ギルドの修行時代は釣りで凌いでた」

「なるほどね」


 ……それは確かに上手くもなるか。好きこそものの上手なれなどという言葉もあるが、魚介類全般が好物であるのは間違いないようだし。以前、魔光水脈で狩った巨大蝦蛄(しゃこ)も、味を見たら評価がひっくり返ったところがあるようで。

 というわけで、鋭敏な五感も相まって連日かなりの釣果を上げているシーラである。


 みんなで魚を釣り火魔法で焼いたり鍋で煮たりと、簡単ではあるが調理して頂いている。

 船倉ではラヴィーネが冷凍保存もしてくれているからな。食料の日持ちが良くなっている部分もある。食生活が充実しているので水夫達も機嫌が良いようだ。


「今日ジルボルト侯爵領に着くそうだから……これは夕食にしたほうがいいかな?」

「ん。楽しみにしてる」


 桶に山盛り入れられた釣果を見ながらシーラが頷く。どうせなら調味料も贅沢に使って食べたいところではあるからな。




「陸が見えたぞーっ!」


 マストの上から船員の声が聞こえる。

 シルヴァトリア――ジルボルト侯爵領の陸地だ。船長が操舵輪を握り、水夫達の動きが慌ただしくなる。

 港町が段々近づいてくる。屋根もオレンジ色や茶色、壁もクリーム色などと暖色の建築物が多い。随分とカラフルな街並みだ。

 遠くに城――。そして大きな山体が見える。あれがジルボルト侯爵の居城。それからテフラ山だ。


「綺麗な街……色彩が豊かな家が多いのですね」

「冬の寒さが厳しいから、ああやって家の壁に色を付けて陽の暖かさを受けようとしているのよ」

「なるほど……。きちんと理由があるのですね」


 アシュレイの言葉に、シルヴァトリアに詳しいステファニア姫が説明を入れてくれた。アシュレイと一緒にマルレーンが感心したように頷いている。

 ふむ。確かに……。地中海みたいな温暖な気候だと、白い家に小さな窓の港町というイメージがあるしな。北方はその逆で、カラフルな街並みに大きな窓というわけだ。

 ジルボルト侯爵の居城も、全体的に赤っぽい、煉瓦のような色合いに青緑色をした屋根という、なかなかに色彩豊かな城である。


「まあ、私の領はシルヴァトリアでも南部に位置しているし、テフラ殿の恵みもありますから、比較的暖かくて過ごしやすいほうではあるのですがね。ですが、皆さんがいらっしゃったのが夏場で良かった。ヴェルドガル王国の気候に慣れている方には、涼しくて過ごしやすいと思いますぞ」


 ジルボルト侯爵は感心するアシュレイとマルレーンに補足の説明を入れてくれる。


「確かにそうね。涼しいのは船の上だからというだけではなさそうだわ」


 ローズマリーは風に手を差し伸べて呟く。


「明け方は冷えないようにしてください」

「そうね。夏風邪は引きたくないもの。けれど、温泉もあるのでしょう?」

「ええ。湯は城にも町にも引いてあります」

「ああ。あれがテフラ山ですね」


 グレイスが、遠くの山を見ながら言った。テフラはグレイスの言葉に頷いて答える。


「うむ。歓迎の言葉は……我ではなくジルボルトが言うべき言葉なのかも知れぬが」

「そうかも知れませんな。では、改めまして――」


 ジルボルト侯爵は腰に手を当て、恭しく一礼して笑みを浮かべた。


「よくぞいらしてくださいました。歓迎致しますぞ、皆様方」




 そのまま船が進んで、船着き場に入る。マストが畳まれ、錨が降ろされ、タラップが降ろされた。

 ……母さんの生国か。生まれ故郷、というわけではないのだろうけれど。それでも僅かな感慨を持って、船着き場に降りる。

 港に降り立つと、すぐ手続きのために兵士達がやってきた。が、フードを取ったジルボルト侯爵に気付くと驚いた表情で敬礼して迎える。


「こ、これは、侯爵……ッ!」


 タームウィルズに行った時と乗っている船が違うし、帰ってくる時期も早いからな。彼らにしてみれば寝耳に水だったかも知れない。


「うむ。お前達、任務ご苦労」

「はっ!」

「私が留守の間、何か変わったことは?」

「異常ありません!」


 兵士の報告に、ジルボルト侯爵が静かに頷く。


「私達はこれから、船に積んできた竜籠で城へ向かう。そのように詰め所に通達を出せ。但し、有事につき部外者には情報を漏らさぬよう。みだりに情報を漏らした者はこれを罰する。良いな?」

「は……はいっ!」


 兵士達はジルボルト侯爵の言葉に慌ただしく動き出す。

 ということで……騎士団と兵士達に通達が終わってから竜籠での移動となる。

 その後はアルヴェリンデの胸像や似顔絵を用い、形式上の指名手配などを進めていく予定だ。他にも配下の諜報部隊に王太子の手の者の来訪を報告させたりだとか……細々とやることが多いので、侯爵はやや忙しくなるだろう。


「侯爵。我等は兵士達の言葉の裏付けと、彼らが把握していない情報がないか、収集に動こうと思います」


 と、エルマー。


「うむ」


 侯爵が頷くと、エルマーやドノヴァン達、諜報部隊は足早に街中へと走っていった。

 兵士達が通達を終わらせて戻ってくるまでの間に、荷物を降ろしたり竜籠に飛竜達を繋いだりと移動のための準備を進める。


「通達、滞りなく完了しました」

「うむ。ご苦労」


 戻ってきて敬礼する兵士にジルボルト侯爵は短い言葉を返す。


「では、モンタギュー船長、世話になったわね。ありがとう」


 ステファニア姫が船長に言う。


「勿体ないお言葉です。殿下を無事にシルヴァトリアまで送り届けられたことを誇らしく思います。私共は数日ここに停泊し、ジルボルト侯爵の船の到着を待つ、ということで宜しかったですね?」

「ええ。その時はまた頼むわね」

「畏まりました、殿下」


 モンタギュー船長と水夫達とはここで一旦別行動だ。数日もすれば侯爵家の使用人達を乗せて、ジルボルト侯爵の船がこの港にやってくる予定である。

 その際王太子側の派遣した人間の動きなどがあるかも知れない。それを監視し、或いは捕縛するための拠点として船を使わせてもらおうというわけだ。


 それまでは水夫達も自由行動である。上陸しての休暇となると、やはり水夫達にとっては待ち望んだ時間であったようで、かなりテンションが高い。ましてや、温泉もあるとなれば尚更だろう。

 そうではない甲板にいる水夫達は、船に居残り留守番で交代待ちという奴なのかも知れない。くっきりと明暗が分かれるほどにテンションが低い。いわゆる、半舷上陸という奴だろうか。


「てめえら! 陸で浮かれるのは分かるが、運んできたお客人に対して恥ずかしくないよう、行儀良くしてやがれよ!」

「へい、船長!」


 船長が浮かれている上陸組に叱咤している。

 客――つまり侯爵の領地なんだからあまり羽目を外して迷惑をかけるようなことをするなというわけだ。

 船員というのは洋上では規律正しくしていないといけない面があるからな。陸についたらテンションが上がり過ぎて馬鹿騒ぎになりがちというのはよく聞く話ではある。


 さて。そうこうしている間に竜籠の準備もできた。まずはジルボルト侯爵の居城に向かい、安全が確認されたらテフラ山……だろうか。

 ただ、今は山頂に霧がかかっているのがな。竜籠で一気に向かうにはややコンディションが悪いか。


「ふむ。早くこれを脱げるところまで行きたいものだ」


 侯爵領の中をテフラが出歩いても大騒ぎになりそうだし、今は目立たないように丈の長いローブで頭から足まですっぽりと覆ってもらっているので、やや窮屈そうではある。

 テフラのその髪は炎を模した姿なのだが、どういうわけだかフードは燃えない。テフラの場合は暖かいだけで熱くなかったりするからな。


「竜籠に乗り込んだらもう脱いでいいんじゃないかな?」

「そうか? ならばその言葉に甘えさせてもらおう」


 そう言ってテフラはいそいそと竜籠に乗り込む。セラフィナがテフラに続くように竜籠の中へと入っていった。イグニスにアンブラムと、人目に付くと騒ぎになりそうな面々も既に竜籠の中だ。


「よし。それじゃあ、城に向かってくれ」


 みんなで竜籠に乗り込んだところでリンドブルムに指示を出す。リンドブルムも飛竜達のリーダー役として振る舞うのももう慣れたもので、一声上げるその号令一下、群れを見事に統率している。

 侯爵領の色彩豊かな街並みを眼下に見下ろし、俺達を乗せた竜籠はジルボルト侯爵の居城へ向かって飛ぶのであった。

いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。

誤字脱字のご指摘や感想、ブクマ、評価、PVなど

いつも執筆の原動力となっております。あらためて感謝申し上げます。


連載開始から250回目の節目となり、また登場人物が増えてきましたので

活動報告にて151から200までの登場人物の簡易紹介記事を掲載しました。

例によってネタバレ防止の意味合いで最低限の情報ではありますが、ご活用いただければと思います。


また、何度か感想欄にて登場人物の年齢を知りたいというものがありましたので、

そちらも簡易ではありますが、パーティーメンバー分を掲載しております。

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