番外1712 境界公城の書庫にて
そうしてフィリップ大公の即位を祝って、俺達はタームウィルズへと帰ってきた。
デボニス前大公の歴史書執筆へのサポートという事で、王城、学舎、フォレスタニア城書庫での歴史関係資料のリスト化を進めてもらうよう話をしておいた。
フォレスタニア城の書庫に関してローズマリーが囚われたような危険性の高い書物は置いていないが、迷宮核が形成したという事もあって、一応の目録と大まかな分類わけならされているが、少々闇鍋状態だからな。貴重な書物なら置いてあるようなので、歴史書執筆や編纂の事を抜きにしても改めてきちんと分類しておくのは大事だろう。
「もし書物の分類や整頓、目録作りに関して人手が必要でしたら、お手伝いもできるかと思います」
工房に顔を出した際にそう申し出てくれたのはパペティア族のカーラだ。
「工房の方は僕も戻ってきたことだし、大丈夫だよ」
カーラがこっちを手伝ってくれる事については、アルバートも了承済みという事だそうな。
「それなら……手伝いをお願いしようかな。何かお礼も考えておく」
「ふふ。ありがとうございます。個人的にはサティレスさんのお姿が気になっておりましたので、改めてお話できる時間を頂ければと思っているのですが」
なるほど。カーラとしては高位の妖精であるサティレスが気になっていたらしい。
まあ、そうだな。造型に詳しいカーラと話をする事は、サティレスにとってもいい刺激になるだろう。マルレーンのランタンがあればサティレス自身の能力を見せずに幻術に絡めた話もできると思うので、二人が話をできる時間をセッティングしてみるのは良い事なのではないかと思う。
「それはサティレスも喜びそうだし、話を通しておくよ」
そう言うとカーラは嬉しそうに頷いていた。
そんなわけでフォレスタニア城の書庫にて、蔵書を調べていく、という事になった。
「では私も書庫のお手伝いをしますね」
「それなら、私も手伝って良いかな?」
サティレスに話をすると、ユイと共にそんな風に答えてくれる。
「勿論。こっちとしては人手が増えるのは有難いね」
そう言うと二人は笑顔で頷いていた。グレイス達や迷宮村の面々も手伝ってくれるとの事であるから、それなりの人数で進めていけそうだ。
さて。書庫に関してであるが迷宮核が形成してくれた際の書物の目録こそあるものの、この辺、細かな分類分けはされていない、という状態だ。
王城や学舎の書庫、魔王国の図書館にしても、ある程度規則性を持って分類分けこそされているものの、共通ルールが明文化されて確立されているわけではない。まあその辺は国や地域、図書館ごとにまちまちという状態だな。日本でも一般的な分類法より国会図書館等は蔵書が多い分細分化されて管理されているという話だし。
国際的なルールを決めようという話でもないし書庫の規模次第でもあるから、フォレスタニアの書庫もある程度体系化されたルールに則って分類分けしていけば良いのではないかと思う。
ちなみにフォレスタニア城の書庫は文字列順に収められているという状態だ。
目録はあるがジャンル分けがされておらず、お目当ての本があるか目録を見て確認という事で、読みたい本があれば良いが、同一の分野に色々当たって深く調べるというのには不向きな状態ではあった。
問題は把握していたが蔵書の数が多いという事もあり、一度この辺に手を付けると中々骨が折れそうだったので後回しになっていた、という部分はある。流石に執務や仕事、起こった問題やらに比べれば優先度が低いからな。デボニス前大公の話は俺達にとっても良い機会になったというか。
なので、手が空いているタイミングでぼちぼちこの辺も進めていきたいと思う次第だ。
王城と学舎は分類分けもある程度共通しているので、この辺整頓にあたって目録と分類分けをコピーさせてもらってきている。共通するタイトルは王城や学舎と同じ区分で分けていけば良いだろう。
……といった方針を今回手伝ってくれるみんなを集めて話をすると、ふんふんと頷いていた。
「といっても古文書の類や古語、古代語で書かれた書物もフォレスタニアには多いし、翻訳の魔道具で対処できるものがあるにしても、題名から内容が推測できない書物もあると思う。内容を細かく吟味していくと時間もかかってしまうし、分類不能なもの、分類が不明瞭なものは後回しにして、斜め読みしても定義しやすいものから分けていくのがいいんじゃないかな」
「軽く篩にかけていく、というわけね」
ローズマリーが頷く。そう言う事になるな。
というわけで分類と具体的内容について番号を割り振り、紙に記したものを配って参考例を伝えていく。
この辺は日本の分類法を参考に、というところだな。
但し、日本……というか地球には無かった分野……魔法に関しては新たに大きな区分で分けて細分化も可能なようにする、と。
「分類分けが明確で細やかだから、確かに調べ物をする時には良さそうね」
クラウディアが紙の内容を読んで微笑む。
「そうだね。誰かが何かの分野で調べものをしたいっていう時に役立てばと思う」
「ふふ。子供達が大きくなった時にも、ですね」
「ん。楽しみ」
エレナが言うと、みんなもフロートポッドに寝かされた子供達を見ながら微笑んでいた。そうだな。その辺活用してくれるようになるのを想像するのは楽しいところであるが。
そんなわけで分類作業開始だ。文字列の先頭と最後尾からという事でティアーズやハイダー、シーカー達が書棚から本を運んできてくれる。フォロスも手伝ってくれている。不定形の身体を伸ばして器用に運搬してくれていた。
それら運ばれてきた本をみんなで手分けして内容を調べ、相談したりしながら分類を決めていく。
判断が難しそうなら未分類という事で文字列順に纏めて分類を後回しにする、といった具合だ。
ここで活躍したのは、やはり司書をしていたカーラである。ユイやサティレスから相談を受けてそれにアドバイスを返し、次々と分類が進んでいく。
「この本はこの区分で妥当だと思うのですがどうでしょうか?」
「そうね……。――ええ。合っていると思うわ」
内容に目を通したローズマリーから本を受け取り、それを分類ごとにテーブルに分けて置いていく。
こういう方面で強いのはローズマリーもだな。ローズマリーにしてもカーラにしても自他ともに認めるところだから、みんなへのアドバイザー的な立ち位置になってもらおう。
後は……書棚に取り付ける分類用のプレートを構築したり、分類番号を書いたシールを構築していこう。
薄い樹脂シートと分類番号を書く紙を木魔法で構築し、シートと番号を書きつける紙には、木魔法で粘着膜を生成。薄く塗布してシールにする。
すぐ剥がせるよう台紙まで構築してセットにしていくというわけだ。
「ああ……。これは便利ですね。凄いものです」
使い方を説明するとカーラが声を上げた。
「図書分類用だけど、他の場面でも応用が効くかも知れないね」
まあ、評判が良ければアルバートにも魔道具化の相談をしてみよう。こうやってシールを構築する技術については利用できる幅が広いとは思うし。
そんなわけで、みんなと共に作業を進めていった。
和気藹々としながらの作業ではあったが、中々に良いペースだ。ジョサイア王とフラヴィア王妃の新婚旅行までにはかなり進むだろうと予想される。
王城からも護衛が出るので、俺達の役割としては気心の知れた案内役として求められている部分が大きい。
シリウス号で向かうわけではないから、同行する準備等もそれほど大がかりでなくて済むしな。