番外1710 三家と貴族家達
大公家の女官達に案内されて、謁見の間からダンスホールへと場所を移動する。
テーブルの上に料理も並べられていて、宴席の準備も万端進められていた。みんなと共に席に案内されると、すぐにフィリップ大公がやってくる。
「式典もありましたのでここでの挨拶はそこそこにしておきましょう。あまり長話でお待たせしても折角の料理が冷めてしまいますからね」
そう冗談めかして言って、宴の開始を宣言する。楽士達が軽快な音楽を奏でて宴が始まった。デボニス大公領は内陸部にあるから料理にしても海の幸はない。バハルザードと山岳地帯を挟んで隣接しているという事もあって、食文化にしても扱う食材にしても沿岸部とは少し違っている。
今日の料理は山岳地帯に出現する山羊の魔物、フォッグゴートをメインにしている、との事。フォッグゴートは霧を操る山羊だが――遭遇できるのが山岳地帯だからな。遭遇のしにくさや地形の悪さ、霧を用いるという独特の攪乱能力もあって、狩る難易度が高いために結構希少な食材ではあるとのことだ。フォッグゴートも含め、デボニス大公領の騎士団と、冒険者達の合同で準備がなされたという話である。
フォッグゴートの食材については所謂ラムチョップやシチューとして饗されている。
山羊肉はマトンに似ているというが、フォグゴートに関しては臭みが少なく、クセの少ないラムよりも旨味が強い……ような気がする。
ラムとマトンの中間にホゲットと呼ばれるものがあるらしいが、それが近いのかも知れないな。ともあれラムチョップも柔らかくジューシーだ。シチューも良く煮込まれていて、簡単に口の中で崩れるような仕上がりになっていた。
「これは美味しい」
「柔らかくて食べやすいですね」
と、シーラが目を閉じて味わいながら言うと、アシュレイも笑顔で同意する。
他にもチーズのかかったラザニア。岩塩をまぶして焼いた川魚やキノコと山菜のソテー。ヨーグルトソースのサラダと……乳製品や山の幸をふんだんに使った品々が並ぶ。どの料理も一手間二手間かけられていて、食べやすくて美味だな。
そうやって食事も一段落すると、今度はお茶を楽しみながらの挨拶周りといった時間になる。俺達もまずはフィリップ大公に祝福を伝えにいく。
「フィリップ大公、この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます、境界公。こうして無事に継承が済むと安心できるというものです」
フィリップ大公が笑って応じる。
「継承にあたっては必要な事項等も既に大体終わっておりますし、ここ最近の政務は息子達に任せておりましたから私としても安心して隠居できるというものです」
と、デボニス前大公が言う。
「ふむ。隠居後に何をしたいといった事も決まっているのだったか」
「そうですな……。何か美術にまつわる創作や執筆活動――例えば歴史書の編纂等をして過ごせればと考えておりますよ」
「ほほう」
メルヴィン公の言葉に答えるデボニス前大公である。
デボニス前大公が書く歴史書か。堅実な視点を持っていて他者に媚びるような事のないデボニス前大公だけに、歴史書を手掛けるとなれば相当有意義なものになりそうな気がする。
「それは――大仕事になりそうであるな」
「そうかも知れませんな。領主としてではない立場と仕事にて、何かを後世に残したいとも思ったのですよ」
「そうか。デボニス卿は昔から領主としての執務を果たすことを己の使命としていたように感じられたから……今の言葉を聞いて安心した」
メルヴィン公は目を細める。引退して燃え尽きてしまうような事を心配していたのだろう。そうしたメルヴィン公の想いをデボニス前大公もきちんと受け取っているのか、嬉しそうに笑って遠くを見るような目で口を開く。
「そうでしたな。私が迷いのなかった分、メルヴィン公には苦労をかけてしまいましたが」
「ふふ。今となっては良い思い出であるが。その分私の方はこれから楽隠居といったところだ」
「はっは」
と、笑い合う二人である。領主や政治的な立場といったしがらみから離れれば、確かに性格や考え方からしても相性の良さそうな印象があるからな。
「お二方の通じ合い方は、付き合いが長い分尊敬し合っているところがあると分かって羨ましいものがありますな」
「ドリスコル公爵の手腕も認めておりますよ。確かに公爵は直感と才覚で結果を出しておりますが、それにしても基礎となる部分が確かなものだからではありましょう」
「うむ。それは確かにな」
ドリスコル公爵の言葉に頷きあうデボニス前大公とメルヴィン公である。そんなやり取りにジョサイア王とフィリップ大公、アルバートも穏やかな表情を見せているな。
そうやって祝福の言葉を伝えに行った後は、大公家に連なる貴族家がフィリップ大公に祝福の言葉を伝えにいったり、ジョサイア王や俺達のところにも挨拶に来たりしていた。
先程のやり取りでもしっかり三家の仲が良好であるところは見せているからな。ドリスコル公爵への挨拶回りも穏やかに進んでいて平和なものだ。
まあ、それぞれの派閥同士レベルでの蟠りが現時点で完全になくなったとまでは思わないが、こんなお祝いの場でドリスコル公爵に直接無礼な振る舞いをするような者は流石にいないだろう。
ダリルは後嗣という事もあり、バハルザードとの友好を兼ねて参加という面もあるが、ガートナー伯爵家を代表してきている。
そんなわけで自分からあちこち挨拶回りに向かっていたが、こちらは落ち着いて動いているという印象だな。大公家派閥の貴族家の面々も好意的に対応してくれている。バハルザードとの友好を考えるとそうなるだろうし、ダリルも既に三家の面々と接しているからな。ジョサイア王、メルヴィン公や大公、公爵本人への挨拶に比べたらという事で、心理的には余裕があるのかも知れない。
ネシャートもダリルと一緒に動いていて、婚約者同士関係が良好というのをしっかり見せているな。
「バハルザード王国との親善や友好関係は安泰そうですな」
「はい。ダリル様の事は尊敬しておりますから。私としてもこのまま両国の友好に貢献できましたら光栄な事です」
と、ネシャートが微笑む。
そうやって挨拶回りは和やかに進んでいった。宴会や挨拶回りも一段落といったところだ。俺達も集まってきた大公家派閥の貴族家も、城に一泊していくという事になっている。
俺達はまあ、サロンに戻ってまた身内の面々でのんびりするといった具合だな。
「では、ジョサイア陛下とフラヴィア殿下はもう少ししたら新婚旅行というわけですか」
「そうですね。陛下と旅行のお話をするのも楽しいものですよ」
大公夫人とフラヴィア王妃が笑顔で言葉を交わす。新婚旅行については、ヒタカが良いのではないかと話しているそうだ。
遠方でかなり文化が違うという事もあり、ジョサイア王としても楽しみにしているそうだ。
「見識も広がりそうではあるかな。妖怪達との交流もタームウィルズの特殊性を考えても有意義なものになるだろう」
そう言って笑うジョサイア王である。そういった部分は確かにあるかも知れないな。
ジョサイア王とフラヴィア王妃の護衛役兼案内役としての同行という話にもなっているので、まあ、俺達も一緒にヒタカに顔を出す事になるだろう。
ヨウキ帝にも既に話は通っていて、ジョサイア王とフラヴィア王妃、テオドール公の来訪を歓迎する、との返答を貰っている。
大公領から帰ったらもう少し打ち合わせや出発前の準備を整えて旅行に赴く、という事になるだろうな。転移門による移動になるので気軽に動けるのは良い事だ。