番外1708 大公領に向けて
それから数日もすると、デボニス大公から引退の日程についての連絡があった。元々メルヴィン公の引退に合わせるという予定であったが、正確にはタームウィルズやフォレスタニアのお祝いムードが落ち着くのを待ってから動く形ではあるな。
現大公の引退とフィリップへの家督継承に合わせ、ジョサイア王やメルヴィン公、俺やドリスコル公爵も列席するという事で話が纏まっている。
デボニス大公からしてみると自身の引退についてはともかく、三家が対立していた時代は変わった、という事は周知したいという想いがあるようだと、フィリップは言っていた。勿論、俺も含めて王家、公爵家共に列席を表明している。
自身の引退については特段大々的に扱う必要はない、と考えているようなのはデボニス大公らしい。そのあたりはメルヴィン公も同じではあったな。タームウィルズでの祝いはあくまで王位継承がなされた部分と国王の結婚に関してだから。
当然ながら大公に近しい貴族家も集まる形になるので、当人が望む、望まないに関わらず継承に関してはお祝いになるのは間違いない。タームウィルズ、フォレスタニアでのお祝いムードに続けば経済的な効果が持続するというのもあるし。
フィリップの大公位継承についてのお祝いを行いつつも、来訪する賓客の歓迎を行うという事で……まあ、俺達はこの場合歓待を受ける側という事になるため、今回は演出等々の仕事はない。
そもそも俺の場合、立ち位置が異界大使時代からしてメルヴィン公の直臣だったということもあるしな。王家の派閥であり、王都から最も近い場所を預かっている、という立ち位置だ。
そのあたりは領主となり、王位が継承された現在も変わらない。迷宮を預かっている特異性とはまた別の話だな。
『ふふ。境界公のご家族とも顔を合わせられる事を楽しみにしておりますぞ。子供達も大分大きくなってきたという印象がありますな』
「親としては健やかに育っていて安心できます」
大公やフィリップを交えて水晶板越しに打ち合わせを行い、そんな風に答えると、大公はみんなの腕に抱かれた子供達を見ながらも穏やかな表情で目を細めつつうんうんと頷いていた。当然ながら子供達も一緒に訪問する事になるからな。
孫の顔を見るようなものかも知れませんねと、フィリップはそんな風に笑って言っていたが。
「――では、当日を楽しみにしていますね」
『はい。お待ちしています』
というわけで当日の予定も纏まる。転移港を使って訪問し、継承のお祝いという事になるな。打ち合わせも一段落して通信を切ったが、子供達の話にもなっていたので、女性陣は通信が終わってからも少し子供達の事で盛り上がっていた。
オリヴィア、ルフィナ、アイオルトとエーデルワイスに関して言うなら生後半年も過ぎたからな。
身長も体重も順調に伸びて、少しの間なら座っていられるぐらいに安定感が出てきた。半年ともなると歯も生えてきたしな。
「まずは下の前歯からよね。犬歯が生えるのは、結構後からなのだけれど、オリヴィアちゃんの場合はどうなるのかしらね」
「私の場合は――犬歯が生えるのは早かったと、そう言われた記憶がありますが……何となく私の時よりは遅くなりそうな気がしますね」
と、首を傾げる母さんにグレイスが微笑んで答える。オリヴィアの場合はクォーターだからな。グレイスより犬歯が生えてくるのが遅くなるという見立ては当たっているのかも知れない。
ダンピーラにとって犬歯は割合重要というか。その頃合いから吸血鬼としての性質も少しずつ出てくることになるので、その辺の成長の過程と封印術の調整をしていくのは連動している部分だな。
一方でロメリアはラミアだからか、少し成長が早めな印象がある。エーデルワイスより後に生まれたが、今現在はルフィナ、アイオルトと並ぶぐらいの成長速度、だろうか。
蛇の半身部分については脱皮も起こるわけだ。最初の脱皮も無事に済んだので、俺達としても安心したところはあるが。
上半身は人なので脱皮と言っても当人達にとっては別に大変なものというわけではないらしい。まだ小さい場合でも軽く手伝いをする程度で済むし、ある程度成長すれば自分一人で対応できるようになるという事なので手もかからない。
人で言うなら日焼けした皮が剥ける程度のもので別に痛み等もない、というのが迷宮村のラミア達の弁ではあるが……まあそれでも最初の一回目は、こちらとしてもどうしても身構えてしまうところはあった。
循環錬気による補助もあって、蓋を開けてみれば話に聞いているよりも更にあっさりではあったのかな。ラミア達が気楽に構えても大丈夫と言っている理由も分かったというか。
ヴィオレーネは誕生日的に現状一番末の妹ではあるが、すくすくと成長中だ。循環錬気にしてもライフディテクションにしても生命力の力強さを感じるので安心して見ていられる。獣人としての成長速度、発達の度合いも順調、というのはロゼッタ、ルシールの見解である。
みんなの体調は総じて良好という事で、大公家にもきちんと同行できそうだな。
それから更に数日も過ぎて……デボニス大公家に向かう予定日がやってきた。大公家にはメルヴィン公やジョサイア王、ドリスコル公爵家。それから国境を接しているという事もあり、バハルザード王国からエルハーム姫やネシャート嬢が列席する。
エルハーム姫と共に工房の面々。それからネシャートの婚約者であるダリルも参加が決定している。
というわけで転移港に移動して待ち合わせだ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。ダリル」
転移の光と共にガートナー伯爵領からダリルが姿を見せる。
丁寧に挨拶をしてくるダリルであるが、こちらからは気楽な挨拶をすると、まだ人が揃っていないという事もあり、ダリルも少し気を抜いた笑みを見せる。
服装もしっかりとした正装であるし、立場的に上の人達が多いという事もあり、ダリルとしては少し気苦労があるとは思うが。俺やネシャート嬢がいる事で多少は肩の力が抜けるというのであれば何よりだ。
「それはそれとして、ネシャートと会えるから嬉しくはあるんだけどね」
と、ダリルは苦笑していた。
そうやっているとアルバートとオフィーリア、コルネリウス。エルハーム姫を始めとした工房の面々もやってきた。
ネシャートも転移の光と共に姿を見せて、挨拶をしてからダリルとも笑顔で言葉を交わす。
「ああ。ダリル」
「おはよう、ネシャート」
二人は顔を合わせられる事が嬉しいといった様子だ。ネシャート嬢との仲は相変わらず良好といった様子で何よりである。
「ダリル卿とネシャート嬢の仲は良いみたいだね」
「ダリル卿の事は人の弱さや痛みを理解しているから、尊敬できると……きっと良い領主になると思うと言っていましたよ」
アルバートの言葉にエルハーム姫が答える。ガートナー伯爵領も色々あったからな。領民の子供達から相談を受けたのもダリルだし、俺や母さんの事や父さんから受けた実地教育でも色々思うところがあったのだろう。
一方のネシャートも、一時国が乱れたバハルザード王国の出身だからな。領主のそうした性格や手腕というのは気になるし、人を見るにあたり、そのあたりが上位に来るというのは分かる。
ダリルもきっと立派な領主になるだろうというのは俺も同意だ。
「おお。皆様お揃いで」
「これはドリスコル公爵。おはようございます」
そうしていると、転移の光と共にドリスコル公爵家の面々も姿を見せた。公爵家はレスリーも含め、一家揃っての列席だな。護衛役としてライブラも一緒だ。
ジョサイア王とフラヴィア王妃、メルヴィン公も転移港にやってきて挨拶を交わす。では……顔触れも揃ったことだし大公領に移動していくとしよう。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
今月、7月25日に境界迷宮と異界の魔術師コミックス版6巻が発売予定となっております!
詳細や特典情報については活動報告でも掲載しておりますが、今回も書き下ろしを収録していますので楽しんでいただけたら幸いです!
今年もウェブ版、書籍版共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。