番外1707 新国王夫妻の予定は
「――手入れが楽な花はあるけれど、フォレスタニアは気候や降雨量が安定しているし、温室も温度と湿度の管理がしやすいから、その辺は条件さえ合えば好きなものを選んでいいのではないかしら」
「そうねえ。私としてはこの辺に淡い色の花を植えて、という風に考えていて――」
メルヴィン公の邸宅で温室や庭園を眺めつつ、どんな植物を植えると良いかと話をしている女性陣である。園芸や植物に詳しいのはやはりローズマリーだ。フロートポッドに乗ったエーデルワイスをあやしながらにこにことしているグラディス夫人である。
ローズマリーは相談に対して思案しつつ答えていて、母と娘の平穏な語らいといった印象だ。
そんなやりとりに、メルヴィン公やみんなと共に俺達も表情を緩め、ローズマリーは羽扇で口元を隠したりしているが、機嫌は悪くなさそうだ。
温室や庭園は園芸や植物好きなグラディス夫人が関わっている。ミレーネ夫人に関しては刺繍等も楽しんでいるそうで、こちらはグレイス達とも笑顔で糸と染料の発色具合といった話題で盛り上がっているな。
「刺繍等でも時折みんなで集まるという事にもなっていますのでミレーネ様やグラディス様も是非」
「ふふ。フォレスタニアでの集まりですか。では、次の開催の日を楽しみにしています」
と、ミレーネ夫人がグレイスの言葉に頷いていた。
ミレーネ夫人とグラディス夫人側の主催でお茶会も行うようで。こちらはフォレスタニア側での身内の集まりとはまた性格の違う、社交界絡みの繋がりになりそうだ。
まあ、いずれにしても移住前の交友関係も継続しているからフォレスタニアでの隠居生活は静かに過ごす事も賑やかに過ごす事も気分次第で悠々自適といった感じになりそうだな。元々のメルヴィン公やミレーネ夫人、グラディス夫人の人望あってこそのものだとは思うが。
「ふふ。やはり移住して良かったと思うぞ。王城ではどうしても先王や先王妃という立場が付いて回ってしまうからな。ここまで肩の力を抜いて過ごせるという事も無かったであろうから」
「ふむ。そういった部分は余も将来的に参考にしたいところだな」
そんなやり取りを見てメルヴィン公が言うとエベルバート王も目を閉じて同意する。
と、そうしているとアルバートとオフィーリアにコルネリウス。ヘルフリート王子とカティアも訪問してきた。
「おお。遊びに来てくれたか」
「父上の新居を拝見に来ました」
そう言って笑うヘルフリート王子である。オフィーリアとカティアも丁寧に挨拶をしていた。そんなわけで子供や孫達に囲まれてメルヴィン公は穏やかな表情で微笑んでいた。執務からも解放されてゆっくりと羽を伸ばせるのは素晴らしいと、そんな風に言えばエベルバート王も「確かにな」と笑いつつ、しみじみと同意していた。
「ふむ……。エベルは最近中々忙しそうにしていると聞いたが」
「というよりは充実しているといったところかな。仕事量は程々にというのを弁えているから、負担は然程でもない。また余が身体を壊しても皆が大変になるだけだからな」
エベルバート王はと言えば、病床から回復して執務には寧ろ積極的に関わっているそうだ。この辺はザディアスが混乱させたという事情もあるから、エベルバート王としては後始末も色々あるのだろうが、そのあたりこそ気合が入る理由でもあるのだろう。
王位の継承についてはアドリアーナ姫で決まっているとのことではあるからな。
シルヴァトリア王国内でザディアスに対抗しようと動いた上で尻尾を掴ませず、俺達にも協力してくれたのはアドリアーナ姫だ。その辺、調整能力に長けて土壇場に強い、という評価で側近達とは一致しているらしい。
そのアドリアーナ姫が王位を継承してからの負担を減らすという意味でも、今は自分の世代の後始末に奔走している、というところか。
「あの子も王位継承には意欲的だものね」
と、ステファニアが微笑む。
当人は同盟各国の王を見て色々学んでいる。ヴェルドガル王国は転移港があるのでそうした機会に恵まれているというのも滞在している理由だ。
対魔人として俺やステファニアと一緒に名代として動いていた頃に色々知己もできたからな。各国のやり方等も聞ける範囲で聞いて学びつつ、水晶板を通してシルヴァトリアの現状も聞いて把握しているという話である。まあ、アドリアーナ姫の代には外交面が充実しそうな感はあるな。
「シルヴァトリアとしてもな。これまでの国是であり、悲願がなされた事で、状況に合わせた変化が求められておるからな。他国と同様、魔法技術を日常に役立てる方向に発展させていく事になるであろうな」
シルヴァトリアの賢者の学連と魔術師の塔ではまた目標が違っていたからな。学連は設立の経緯からして対魔人を掲げていたから戦闘や魔人討伐を目的とした技術が多く、それ故に危険性が高い術もあるから外に対しては技術を秘匿する傾向がある。
魔術師の塔は学連よりも魔術師達が世間に馴染むようにというのを目標に掲げ、日常生活に役立つ魔法を広めていこうという理念を持って活動している。だから、魔法技師や魔道具の普及も魔術師の塔の領分ではあるかな。
もっとも、魔物対策も日常の範囲なので魔術師の塔もしっかりと戦闘技術を保有しているけれど。
「同時に、氏族との友好や交流も、これからのシルヴァトリアにとっての課題であり国是という事になるな。ここが後戻りしてしまう事は避けなければならぬ」
「うむ。その点についてはヴェルドガル王国も同様よな。ジョサイア王もテオドールや同盟各国と力を合わせてしっかりと前に進めていくと言っていたが」
「それは――有難い事です」
二人の言葉に笑って応じる。アドリアーナ姫は勿論、同盟各国もそのあたりの方針は一致しているな。
そんなわけでメルヴィン公の邸宅にて、しばしの間お茶を飲んで歓談し、みんなでのんびりと過ごさせてもらったのであった。
そうして、メルヴィン公の新居については当面の間細かく調整できるように予定を空けつつ、祝福ムードの街を見せてもらいながらも数日が過ぎていった。
戴冠式後の雰囲気は全体的に明るいものの、数日もすると街は次第に落ち着きを取り戻してきたという印象がある。
幻影劇場についてはタイムリーな内容だったという事もあり、連日満員御礼というところだ。過去作へのリピーターや今回初めて幻影劇を鑑賞するという顔ぶれも多いようで、新作以外も好評を博している。
ジョサイア王はと言えば、引継ぎの方も段々落ち着いてきたという事で連絡をくれた。
『まだしなければならない事はあるが、もう少し落ち着いてきたらフラヴィアとゆっくり過ごしたいところだ。道筋を整えてから新婚旅行というのも悪くない』
『転移港もありますからね』
「必要でしたら護衛役としてもお手伝いできることはあるかと」
『確かに……どこに行くにしても現地にテオドール公の知己がいるし知名度もあるからね。頼りにさせてもらうかも知れない』
ジョサイア王は笑って答え、フラヴィア王妃と共にどこに行くのが良いかと楽しそうに話をしている。魔界や東国、月など、あまり馴染みがないところが新鮮で良いのではという話をしていたが。
確かに、遠方をじっくり見てみたいというのも分からなくもないな。
合わせてデボニス大公の引退とフィリップの継承も控えているから、新婚旅行についてはその後で、という事になるのだろう。大公家については元々デボニス大公が堅実だったしフィリップも継承のための下準備を進めていたから、移行に際しては万全という事ではあるが。