番外1706 新しい暮らしは
温泉でのんびりと過ごし、それからその日は一旦解散となった。
王城に泊まる者もいればフォレスタニアに向かう者もいたが、メルヴィン公とミレーネ夫人、グラディス夫人とそのお付きの面々、護衛の騎士達といった顔触れはその日の内にフォレスタニアの別邸に移る、とのことだ。
元々メルヴィン公の側近であった宰相のハワード、宮廷魔術師のリカード老、それに昔からの友人であるエベルバート王も転居への祝いという事で今日はフォレスタニアに向かい宿泊するとのことだ。警備担当はヴェルドガル側だと騎士団長ミルドレッド、シルヴァトリア側は魔法騎士であるエギール、フォルカ、グスタフ達の合同という事だ。
新居の使い勝手等も聞きたいので、明日以降街の様子を確認した後でメルヴィン公のところにも顔を出すという事で話も纏まり、俺達もフォレスタニア城へと帰ったのであった。
幻影劇の余韻は温泉に入っている間や風呂から上がった後の夕食でも続いていて、感想等で盛り上がっていたという事もあり、サティレスもフォレスタニア城に戻ってからもにこにことしていた。
視覚的に見せるだけの普通の幻術のマジックサークルで展開し、子供達に花や小動物の幻影を見せてあやしているサティレスである。母さんやセラフィナも一緒になって歌を聴かせたりあやしたりして。
オリヴィア達が楽しそうに笑って声を上げるとサティレスも母さんやセラフィナと共に微笑んでいる。サティレスに関しては幻影劇の観客の反応が嬉しかった、というのが分かるな。
「ふふ。サティレスさんも機嫌が良さそうで何よりです」
「お城であれば幻術を使っても問題ないものね」
グレイスの言葉にクラウディアも首肯する。みんなもそんな光景を眺めて微笑ましそうにしていた。展開している幻術も段々と落ち着いたイメージになっていき、母さんやセラフィナの歌も静かな子守唄になっていく。子供達も最初ははしゃいでいたが段々と船を漕ぎ出して、穏やかに寝かしつけられていった。妖精という種族的にも子供達の相手が好きだし上手、という印象があるな。
そうやって城に帰ってからは、準備に追われていた日中とうって変わって、穏やかな時間を過ごさせてもらったのであった。
そうして――明けて一日。
街中の様子を水晶板で見てみれば、戴冠式と結婚式、お披露目が行われたという事もあって、まだまだ祝福ムードがあった。タームウィルズもフォレスタニアも朝から人出が多く、かなり賑わっているという印象だ。酔い覚ましのクリアブラッドの魔道具が配備されているという事もあり、朝からの酔っぱらいというのはいなかったりするようだが。
朝食の後に幻影劇場の様子をティアーズ達の中継で見せてもらうと、まだ開場前なのに人だかりができていた。新作の封切りという事でフォレスタニアの武官達がティアーズと協力して整理券を配りつつ、入場待ちをしている様子だ。集まっている面々も他の幻影劇の上映でも見たことのある顔触れがあちこちに見える。幻影劇ファン、というところだろうか。俺としては熱心なファンやリピーターがついてくれるのは有難い事ではある。
内訳としてはタームウィルズ、フォレスタニア問わず、非番の武官、文官達、それに冒険者達。お祝いに合わせて街を訪れている商人、旅人も見に来ている様子だ。昨日はジョサイア王を始めとした賓客が招かれたからな。盛況で結構な事だ。
『今度の新作はどんな内容なんだ?』
『なんでも、魔界の話らしい』
『魔界……迷宮の奥から行き来できると聞いたが……』
『らしいな。現状、行き来できる人間は限られているって話だが、俺達も幻影劇で見られるってわけだ』
といった会話がなされている。
新しい幻影劇――。しかも噂には聞いていても大抵の者は見たことがない魔界が舞台という事もあり、話題性も十分といったところか。王位継承にも絡んだ内容だし、観客が更に口コミで評判を広げてくれることを俺としては期待している。
サティレスも観客の反応は気になるようで、モニターの前で待機しているな。真剣な表情で前評判の声にも耳を傾けていた。
やがて劇場も開いて、集まっていた者達が劇場へと入っていく。一様に皆笑顔で、楽しみにしているという印象だ。きちんと劇場に警備もついているというのもあって、大きな混乱もない。警備兵に加えて改造ティアーズ達やゴーレムも配置されて姿を見せているというのも良いのかも知れないな。
そんなわけで上映も進み、無事に観劇を終えて劇場から出てきた面々の反応を見て、サティレスは感じ入りつつも大きく頷いていた。
観客の反応は上々といった様子だ。魔界の様子や魔王国の様々な種族、セリア女王とメギアストラ女王の話で盛り上がっていた。
『いや、凄いものだったな。セリア先王陛下の動きもだが、遠くで動いていた武官達に至るまで、一人一人しっかりとした動きを見せていたぞ……』
『そこは――境界公は魔法だけでなく武術面でも有数の実力者ですからね』
『幻影劇自体、更に改良を重ねている印象がありますな。情景や演出が見事なもので、見入ってしまいました』
そんな会話で盛り上がっている武官と冒険者、商人である。劇場でよく見る顔触れだが、常連同士で横の繋がりができているようで。まあ、幻影劇で交友関係が広がっているならそれは良い事だと思う。
観客達の反応や感想に感じ入るサティレスに、グレイス達やユイ達もにこにことしているな。
そうやって観客の反応を見届けてから、俺達は子供達を連れてメルヴィン公の邸宅へと向かったのであった。
「これは、境界公」
邸宅に移動すると、一礼してくるミルドレッドやエギール達である。挨拶をしつつ何か変わった事や警備していて気付いたことがないか尋ねてみる。
「警備を行う側としては、問題点は特には。中庭や邸宅内等――内部は見通しが良く、外からは塀等によって警備体制が分かりにくくなるよう工夫されているので、やりやすいと感じられます」
「確かに警備する側としては動きやすいですね」
「個人的な好みの話になりますが、見通しの良さは内側からの景観の良さにも繋がっているよう感じられます」
「明るい雰囲気で良いですよね」
と、ミルドレッドの言葉に頷くエギール、フォルカ、グスタフである。
というわけでミルドレッド達に案内されながら中庭に向かうと、東屋でお茶を楽しんでいるメルヴィン公と、ミレーネ夫人、グラディス夫人、エベルバート王達が俺達を迎えてくれた。
「おお。来たか」
「家を造った側としては、実際に住んでみての感想は気になるところですからね」
「ふっふ。皆で快適に過ごしておるよ。窓から見える湖が美しくて気に入っておる」
「確かに昨晩の湖や朝の景色も見事なものであったな」
メルヴィン公やエベルバート王が俺の言葉に笑って応じる。湖面からの眺めが良い場所をロケーションに選んだからな。フォレスタニアの天候はある程度ランダムであるが、朝日や夕焼け、城の明かりを反映した夜景や星空の映り込む湖面を楽しむ事ができる。
ミレーネ夫人やグラディス夫人も、みんなと一緒に子供達を腕に抱いて嬉しそうにしつつも、メルヴィン公の言葉に同意していた。そんな夫人達やグレイス達、孫達の様子にメルヴィン公も表情を綻ばせている。
他の面々にも感想を聞いてみようという事で使用人達にも声が掛けられたが、設備や間取りも使いやすいし、明るくて雰囲気が良いとのことで、そうした返答には安心できるな。
「とはいえ、まだ初日ですからね。使い続けて気付いた事や不便な点があれば遠慮なく言って下さい。ある程度ならば魔法建築で手を加えて対応できますので」
「うむ。助かる」
というわけで、まあ、みんなでこのままのんびりと過ごさせてもらおう。今日はこの後アルバートやヘルフリート王子達もやって来るとのことであるから、家族で団欒という感じになるかも知れないな。