番外1704 魔王の戦い
竜達の放つ吐息と吐息が客席の上方でぶつかり合い、大きな爆発を引き起こす。稲妻のようなジグザグの軌道でメギアストラが空中に魔力の輝きを軌跡として残しながら飛行し、すれ違いざまに魔力を込めた尾の一撃を浴びせれば竜は輝く闘気の爪で迎え撃つ。
咆哮を響かせながらの激突。お互い後方に弾かれ、竜が客席の通路に落ちてくる。地響きと共に地面を割り砕き、竜は再び空に飛び立とうとするも、そこに四方八方から光弾が降り注いだ。
慣性を嘲笑うかのような高速飛行をするメギアストラからの偏差射撃だ。位置取りと共に光弾の速度と性質を巧みに変えて竜の動きの機先を制し、地面に押し込め、縫い付けるかのように着弾させている。高速弾と誘導弾を交えて幾度も光弾が突き刺さる。
着弾の度に光の球体が衝撃波として炸裂し続ける。
但し、一発一発の威力は然程でもない。メギアストラの目的は竜を殺さず時間稼ぎする事だからだ。といっても威力を抑えているというのは竜同士の基準での話だ。普通の魔物が巻き込まれればただでは済まない破壊力を秘めている。女王や竜達の戦いを、魔王軍が隔離しているのはその為だ。
そこに、蛮族王の軍勢も攻めてくる光景が遠くで展開されている。蛮族王の精神支配は、主を守れ、役に立てというところに尽きる。分断された状況を打破しようと動いているのだ。
こちらはクローズアップこそしていないものの、蛮族王の軍勢の狙いや、それを阻止し、理解した上で包囲しようという魔王軍の動きがある事を、見る者が見れば理解できるようになっている。この辺の軍隊の動きの監修はゲオルグやテスディロス達だな。
ともあれ、絶え間なく降り注いで炸裂する光弾の衝撃波で地面に押さえつけられた竜は苛立たしげに咆哮を響かせると魔力を展開した。
魔力の防壁を展開して光弾を防いだかと思うと地面を蹴り砕いて爆風を突き抜け、再び空へと舞い上がる。空中を鋭角軌道で飛行するメギアストラ目掛け、弾丸のような速度で竜が飛翔した。速度と小回りで勝るメギアストラであるが、竜を振り切る事はせず、つかず離れずの距離を維持したまま高速機動と射撃を以って翻弄し続ける。
一方で――セリア女王と蛮族王の戦いは事情が違う。時間稼ぎや様子見などしない。互いが互いを一刻一秒でも早く仕留めようと激突を繰り返す。セリア女王からしてみれば蛮族王を倒せばそれで最大の問題を解決できるし、蛮族王はこの状況から抜け出すためにセリア女王を倒すしかない。
異能に対しての防御呪法であるが故に、セリア女王が己の異能を跳ねのけているというのが感覚的に伝わってしまっているのだ。
だから。互いを終わらせるべく、一撃一撃に殺意を込めて力と技を叩きつけ合う。
ディアボロス族は総じて頑強で魔力も高い。優秀な魔法戦士を輩出する一族だ。セリア女王は同族の中にあっても魔法行使の方面に優れた才を示しているが、ディアボロス族の多分に漏れず、身体能力も高い。だからこそ、魔術師タイプと自認しているセリア女王も蛮族王と正面を切って切り結ぶ事ができる。
魔法を交えての近接戦闘もこなすが、俺よりも総じて戦う距離は少し遠い間合いを維持する、という話だ。普通ならば。この時は他の者達を攻撃させないように自身に目を向けさせていたし、自軍や人質の被害を減らそうとしていたから蛮族王を短期決戦で仕留めに行っていた。結果的に火の出るような至近戦を行っていたそうだ。
闘気を込めた大剣が振るわれて巨大な斬撃波が空間を薙ぐ。セリア女王は身を低くして掻い潜ったかと思えば、コンパクトなモーションの掌底を繰り出していた。
蛮族王は目を見開き身体を捻じる。最小限の身体の動きとは正反対に、凝縮された巨大な魔力槍が前方から客席後方に向かって突き抜けるように放たれていた。
一切合切の呵責ない一撃。メギアストラ女王によれば、今の一撃はセリア女王の得意技であり、至近戦の切り札の一つという話だ。だからこそ、回避されたセリア女王は蛮族王の目に疑いを持ったという話だ。蛮族王は、技を繰り出す前に驚愕の表情を浮かべたから。
魔眼の能力は精神支配だけではない。恐らくは魔力を感知するような能力も備えている、と。
一撃を避けられた事による動揺は、セリア女王にはない。魔王になる前もなった後も場数を踏んで、研鑽を積んできた。友である竜や魔王の名に恥じぬようにと。
捻じった勢いのままに横薙ぎで切り返してくる蛮族王の一撃を錫杖で受け止め、首に向かって手刀を放てば光の斬撃が奔る。
魔眼による感知能力がある為に、蛮族王はそれも回避してみせた。
だが、それが何だとセリア女王はお構いなしに間合いを詰める。再び掌底に魔力を凝縮させて――しかしそこから放たれた技は魔力の大槍ではなかった。
後方に飛んでいった光の斬撃が中空で渦を巻くように変化して戻ってきたのだ。視界に入らない位置取り。大槍の予備動作で注意を引いての術。
今度は勘か聴覚か。寸前で気付いた蛮族王が闘気を漲らせて首を傾けるようにして避け、一瞬遅れて頬を浅く薙いでいく。魔力の流れを目で見てからの回避よりは、明らかに遅い。
頬を斬られて蛮族王は怒りに満ちた表情を見せるが、不発に終わったセリア女王の表情は変わらない。淡々と、なすべきことを行うというように間合いを詰めて切り結ぶ。
闘気と魔力がぶつかりあって火花を散らし、斬撃と打撃、刺突と魔弾が交錯する。武術と体術、魔法を以って互いの攻撃を受け、回避し、跳躍して劇場内部で縦横無尽に大立ち回りを演じる。客席を挟んで対峙したかと思えばほぼ同時に跳んで、空中で交差した。後方に弾かれて転がり、並走しながら客席と客席の間を縫うように魔弾と闘気とが飛び交う。
とはいえ中距離戦はセリア女王本来の距離だ。回避したはずの魔弾が展開するマジックサークルによって制御を受け、空中で一度留まると軌道変化をしながら蛮族王の視界外から降り注ぐ。
闘気を広げて感知できる範囲を広げ、側転しながら蛮族王はそれにも対応して見せる。セリア女王の放った魔弾が地面を貫いていった。降り注ぐ魔弾が蛮族王を追尾するように、穿つ。穿つ。
距離をとっての地上戦では自身への被弾を考える必要がない。あわや蛮族王側が防戦一方となるかと思いきや、咆哮と共に爆発的な闘気を纏って、魔弾を蹴散らしながら突っ込んでくる。再びの至近戦。杖と剣とをぶつけ合い、皮一枚で避けて魔力の大槍と闘気の斬撃がぎりぎりの位置を行き交う。
大槍を放った瞬間を見て取り、蛮族王がまたも闘気を爆発させるように漲らせる。力任せに押し込むように剣を振るえば――セリア女王が後ろに弾き飛ばされ、正面の舞台上に転がった。
止めとばかりに凝縮された闘気の剣を手に突っ込む蛮族王。セリア女王に体勢を立て直している暇はない。一瞬、戦いの趨勢を見ていた魔王軍の面々が浮き足立つ。
二人の勝敗を分けたものがあるとするのならば――それは恐らく王としての意識の差なのだろう。ただ能力に任せて上に立っただけの者と。友に恥じぬように研鑽を積み、魔王として国を預かる者とでは、戦いの結果にも差が出る。
「――かかったわね」
セリア女王はそう言うと、迫る蛮族王から逃げるでもなく、膝をついた姿勢のままで地面を叩く。光の輪が地面を奔るように広がっていき――。
「ガッ!?」
地面から飛び出した魔力の槍衾で、蛮族王は足を四方八方から穿たれていた。
セリア女王の放った魔弾の軌道変化は、本来術式制御によるものではない。一度放った術に後から干渉波を放って状況に応じた変化をさせる事ができる。だから、本来は回避されたとしてもマジックサークルを使わず、即座に最適化された状態の弾幕を形成し直す事が可能であり、それこそがセリア女王が中距離戦を得意とする理由でもある。
だが、その手札はここに至るまで見せなかった。全ては確実に蛮族王を仕留めるために。
地面に撃ち込まれた魔弾は全て生きている。蛮族王の視界にも入らず、闘気による感知にも引っかからない場所。セリア女王が体勢を崩して見せたところで、蛮族王は闘気を剣に集中させて防御面が弱くなった。そこに足元からの攻撃。何もかもが布石であり罠だ。
それを察した蛮族王は苦し紛れに巨大な斬撃波を放つが――当たらない。全ては遅きに失していた。セリア女王は悠々と横に跳んで避けながら魔力を放って、蛮族王の頭部にあった宝冠を傷つけないように遠くに弾き飛ばす。そうして地面に降り立つと、錫杖を地面に突き立てた。蛮族王の周囲に地面から沸き立つように光の魔法陣が生じて、その動きを拘束する。
「お前は……断じて王などではない。王を気取る紛い物に過ぎないわ」
そんなセリア女王の言葉の意味を、蛮族王は理解しているのか、していないのか。セリア女王に抗うように咆哮するも、そこまでだった。
「消えなさい」
次の刹那。膨れ上がる爆炎が蛮族王を飲み込んだ。回避は勿論、闘気による防御すら許さないとばかりに拘束術式を展開したまま爆炎が炎の渦と化して蛮族王のいる空間内部の一切合切を焼き尽くしていく。
暫くの間、業火は猛烈な勢いで渦巻いていたが――火勢が弱まらぬ内に戦場に変化が生じる。メギアストラと空中で切り結ぶ竜が。あちこちで戦うゴブリン以外の蛮族王軍の動きが。一瞬固まるように止まって。
解放されたことを理解する歓喜の声と、自分達を良いように使った事に対する怒りの咆哮とが戦場に響き渡った。
精神支配を受けていた間の事は覚えているのか、すぐさま向き直り、ゴブリン達を中心とした本来の蛮族王軍へ、竜や雑多な種族、小国の生き残りの戦士達が打ちかかっていく。蛮族王の軍勢が崩壊するまで――それほどの時間は必要としなかった。