番外1703 傲慢と誘いと
正面のスクリーンと客席全体。一気に遠方までの景色が広がって、観客達も諸共に戦場に身を置くような形となった。
魔王軍もまた蛮族王の軍勢を迎え撃つべく動いた。距離をとったまま矢を射かけるような光景も遠くに見られる。敵の主力部隊がゴブリンやオーク等の敵対種族で構成されているところにはそれで良いと判断されているのだろう。精神支配を受けた者達は用兵にしろ武芸にしろ、蛮族王が直接操作しない限りは動きにも精彩を欠くからだ。
だが取り込まれた隣国の兵達相手に、可能ならばそれらの者達に犠牲を出したくない魔王軍としては距離をとって弓を射かければいい、という形にはならない。
だから――戦闘開始直後から両軍が激突する場所がちらほらと生まれる。正面スクリーンから見える光景や客席は、その中心部となった。
大盾を持ったギガス族やドラゴニアン達が気合の雄叫びを上げて敵兵の突撃を迎え撃つ。その後ろにインセクタス族、ディアボロス族、パペティア族といった面々が続いて、大盾で足を止めさせる役となるギガス族の支援に回る形だ。
「ぬうおおおお!」
ギガス族が大盾で弾き返した、小国の兵士達を、ディアボロス族やパペティア族の魔法が拘束する。木魔法や土魔法による、蔦や石による拘束が行われたと思うと、空を飛べるディアボロス族やインセクタス族が引っ掴み、更に後方へと放り投げて戦場の中心部から強制的に排除していく。
それを見て取り、邪悪な笑みを浮かべる魔界ゴブリン達。同種であるからこそ望んで蛮族王に付き従い、精神支配を受けていない。魔王軍相手でも人質が有効だと理解すれば最大限利用する腹だ。混乱を引き起こすべくそこに向かって突っ込んでいって――到達する前に閃光で薙ぎ払われた。
メギアストラの放った吐息だ。レーザーのような吐息が戦場を一閃したかと思うと、一呼吸程の間を置き、直上へと壁状の爆炎が噴き上がった。ゴブリン達の身体が木切れのように宙を舞う。客席側にもゴブリン達が落下してきた。
敵対種族の多い箇所に向けて、思うさまに吐息を吐きかけようとするメギアストラを見て、にやりとした笑みを見せる蛮族王。荒々しい声で輿から立ち上がると、すぐ傍に控えている竜に視線を向ける。
それは――セリア女王とメギアストラが望むところでもある。竜に騎乗して戦場に舞い上がる蛮族王から距離をとるようにメギアストラが動けば、蛮族王はそれを追ってきた。
ここで真っ直ぐにメギアストラが蛮族王へと向かえば、逆に警戒を高めてしまうかも知れない。そうした駆け引きもセリア女王の発案だ。とはいえ追って来ないなら来ないで、敵対種族――特にゴブリン達を狙って吐息を浴びせればいずれにせよ無視はできない。
蛮族王に油断や慢心がなければ、或いはメギアストラに先手を打たれることなく、自分達も魔王国軍の被害を増やすように竜を動かすことが出来たのかも知れない。
しかし、蛮族王は慣れ切っていた。自身の能力を使った戦い方に。精神支配で敵方の兵士を同士討ちさせれば混乱が生じる。事実、魔王国と激突するまで蛮族王は無敗だった。
だから被害を増やすよりも、何を自軍に取り込むべきかを勝敗が決する前から見定めてしまう。発現した異能力がなまじ強力で、ここまでの戦いで勝ちを重ね過ぎたからこそ、自分達の必勝パターンを疑わなかった。慣れ切っていた。
加えて言うなら、戦力分析等の諜報機関が蛮族王の軍勢には存在しない。魔王国も今まで蹂躙してきた小国と同じだと侮ったのだ。
そうして、蛮族王はセリア女王の誘いに乗った。魔力型の竜であるメギアストラと、蛮族王が支配する竜とでは、単純な飛行能力では後者に軍配が上がる、ように見えた。
彼我の距離を詰めて蛮族王の駆る竜はメギアストラに追いすがり、その爪牙を以ってメギアストラに打ちかかる。それを避けるメギアストラ。視線は――合わせない。魔力を広く展開して背後からの攻撃を感知して回避すると上空へ舞い上がる。
それを見て、蛮族王はにやりと笑った。異能の事を知っている。だが、それが何だというのか。射程距離に入ってしまえば視線を合わせるのは一瞬で良い。簡単な精神操作を皮切りに、視線を外せなくしてやればいくらでも支配を万全な形にできる。
いつまでも後方を見ずに回避できるものではない。
その辺で確保できる兵とは違う、美しい竜だ。できるならば無傷で手に入れたいと、蛮族王が考えていたのはそんなところだろう。
幾度か空中での竜達の交錯。その中でメギアストラの動きが揺らいで、蛮族王がにやりと笑う。メギアストラが振り返り、ふらふらと近寄ってくるのを見ると、蛮族王は真正面からメギアストラに魔眼を向けて、精神支配を強化しようと試みる。
が――。メギアストラは次の瞬間、蛮族王が予想していない行動に出た。その口から強烈な閃光の吐息を蛮族王に向けて放ったのだ。
メギアストラの放った吐息をぎりぎりで避ける事ができたのは、魔眼という能力故に彼女に注視している必要があったからだろう。それでも上体を逸らして大きくバランスを崩したところに、幻術で翼の陰に隠れていたセリア女王が突っ込んでいた。魔力の込められた錫杖を身体ごと飛び込んで蛮族王に叩きつけていく。メギアストラの放った吐息共々、この一撃で仕留められれば仕留めるという、必殺の気迫を込めた攻撃だった。
体勢を崩しながらも咄嗟に小手に纏わせた闘気によってセリア女王の攻撃を受け止めると、諸共に竜の背から落ちていく。眼下は――魔王軍の兵士達が綺麗に陣形で囲う只中だ。パペティア族が逃げられないように魔法の防壁を展開する。
完全に罠に嵌められたという事を悟った蛮族王が、咆哮を上げた。
それを受けて、竜もまた咆哮を響かせると、メギアストラに向かって動く。目の前のセリア女王が他の者達に連係される前に竜に援護させなければ危険だと判断しての事だ。特に、竜から落とされた状態でメギアストラに狙われるのは致命的だろう。だから、竜もまたメギアストラに向かう。地上での戦いを行う者同士ならば対応できるという目算があっての事だ。
だが、セリア女王やメギアストラとしては他の者達に蛮族王や竜と戦わせるつもりはなかった。防御呪法を実際に身に着けているセリア女王や、強固な縁を以って守っているメギアストラならいざ知らず、真正面から直接相対した場合、護符だけでは焼き切られて精神支配を通される恐れがあるからだ。
実際、蛮族王は連続してセリア女王に魔眼で干渉しようとしたが、それを防御呪法で防ぐ形になった。
一方、メギアストラもまた精神支配を受けているだけの竜に、魔王国の者達を傷つけさせるつもりがない。
だから――包囲網の中で地上ではセリア女王対蛮族王、空中ではメギアストラ対竜という形での戦いとなる。最初から二人が望み、蛮族王を誘い込んでお互い1対1になるように持ち込んだのだ。
ふわりと地面に降りたセリア女王と、脚部に闘気を纏ったまま地響きを響かせて地面に着地した蛮族王が向き合っていたのは一瞬の事。魔眼が効かないと悟ると、蛮族王は剣にも闘気を纏わせ、セリア女王に向かって突っ込んでいく。
劇場全体がセリア女王とメギアストラの戦場だ。魔王軍と蛮族王軍の戦いを遠景に移しながら、正面モニター、客席とその上空でセリア女王と蛮族王、メギアストラと竜が目まぐるしく入れ替わり、立ち替わりながら激突して火花を散らす。二組の内、どちらかは必ず正面に映すようになっている。
空での竜同士の戦いは先程追われていた時とはうって変わって、小回りと速度差でメギアストラが圧倒していた。誘い込むために速度を落としていたというのもあるし、何よりメギアストラの飛行は術式を併用するのが常だ。
幻術で姿を隠したセリア女王を術式で随伴させていたという事もあって、あまり無茶な機動で飛ばなかったというのもあるが――メギアストラが本気で飛行した場合はこうなる。
物理法則を無視した鋭角軌道で飛んで、対峙する竜の視界から消える。死角から突撃と魔力弾を繰り出し、一瞬後には離脱していく。
ただ、支配されているだけの竜を殺す気がメギアストラにはないというのも実際のところだ。身体の頑強さや単純な膂力ではやはり蛮族王軍の竜が上であり、竜もまた速度で勝る相手を仕留めるために、本能的にカウンター主体の動きを見せていた。
地上は――セリア女王と蛮族王の戦いが続く。蛮族王が裂帛の気合と共に地を這う斬撃波を放てば、セリア女王が魔力の防壁を張って受け止める。爆風の中を突っ切ってくる蛮族王に、翼をはためかせてセリア女王が上を取り、弧を描くような軌道から氷の弾幕を展開し――噴き上がる闘気の防御で受け止める。
かくして、魔王と蛮族王、竜と竜。軍勢対軍勢。それぞれの戦いが幕を開けたのであった。