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番外1701 竜としての在り方を

 戴冠式の様子を実際のところに即して描かせてもらったが、魔王即位の様子は――見事なものだった。

 魔王城の謁見の間にて戴冠式を行うのはヴェルドガル王国やルーンガルド西方各国のそれと大きくは変わらない。実際はジオグランタと裏で顔を合わせていたり、ローブを纏ったファンゴノイドが賢者アルボス=スピエンタスという肩書きと偽名で列席していたりして、幻影劇では詳細に触れられないところはあるけれど。勿論、竜も列席している。魔王国の一員としてではなく、賓客として、ではあるが。


「今日は。新たな魔王の誕生となるめでたき日だ。余が託せるに値すると判断したからこそこの名を引き継いでもらう事を決めた。セリアが魔王となる事に異議や疑念のある者は、今この場にて前に出るがいい」


 魔王が居並ぶ将兵を見回してそう告げるも、異論は出ない。側近達。文官武官共々、恭しく応じるのみだ。魔王は満足そうに頷くと言葉を続ける。


「この戴冠式は我らが父祖や精霊達も見守っていよう。セリアよ。新たなる魔王としての宣誓を」

「連綿と積み重ねた魔王としての名に恥じる事なく――数多の種族、部族を率い、この国とこの大地と海の平穏を守る為に、身命を賭していく事を我らが父祖と精霊に誓います。我が身は未熟ではありますが、忠節と信頼を託してくれる者達の想いに応えられるよう、全霊を以って臨みましょう」


 そうセリアが告げた瞬間に。身体が淡い光に包まれ、居並ぶ者達の中からも「おお……」という声が漏れた。精霊――ジオグランタへの誓いが含まれているから単なる宣誓ではない。心に偽りがない事を示し、精霊の加護を得るための言葉でもある。

 そうして魔王の手ずから、跪くセリアに宝冠が被せられる。


「今、魔王の継承はなった! 魔王陛下と魔王国に祝福と平穏があらんことを!」


 先代魔王からそうした宣言がなされると、列席者からの盛大な拍手と歓声が巻き起こった。少女の姿をとっている竜もまた、屈託のない笑顔でセリアに拍手や祝福の言葉を送る。この辺、かなり魔王国での暮らしや文化にも慣れている節があるな。ちなみに拍手についてはパルテニアラ達からファンゴノイド達、ファンゴノイド達から魔王国へと引き継がれた文化でもあるな。


「無事に魔王となって喜ばしい事だ。魔王国の今後を見せてもらうのも楽しそうだが……我の立場は変わらぬからな」

「ありがとう。私も変わらぬ友がいるというのは嬉しいな。友に胸を張れる魔王になりたいとも思う」

「うむ。応援している」


 セリア女王と竜はそんなやり取りを交わして微笑み合う。国民への演説に向かうセリア女王の背を、竜はほんの少しだけ寂しそうな笑みで見送る。

 メギアストラ女王は街での暮らしを楽しみつつも、竜本来の在り方との乖離を感じて悩んだ事もあったが、それを感じていたのもこの頃から、だったらしい。


 独立独歩で自身の力で狩りをして誇り高く暮らす。そんな在り方が竜本来の生き方だ。というよりも魔王となり、成長していく友に対して自身を誇れるような、立派な竜になれるだろうかという……そんな不安があった。


 竜としての形態変化も、自身の内にある知識とは違う独自のものであったし。受け継いだ知識の中に、友と街で暮らす竜などという生き方はなかった。それでもセリア自身の性格や成長していく様、一緒にいる事で見られるもの。魔王国そのものへの好印象が強く、今の時間が心地良い。


 心地良い時間が長く続いてほしいという望みもある。だが友が友としてある為に一線を引いているし、その理由も納得できてしまうからこそ、力になりたいのに踏み込めない。だからこそ誇り高い立派な竜として、という悩みに戻ってきてしまう。


 戴冠式の後に国民向けの演説が行われる、というのはルーンガルドでも魔界でも共通する部分ではあるようだ。

 セリア女王はその後魔王城から城に面した広場に集まった国民に向けて演説を行ったり、街角へ出て国民にその姿をお披露目したりしていた。


 幻影劇としては列席者や演説を聞く国民と同じ視点を見せたり、細かな表情を見せるクローズアップを行ったりといった具合だ。お祝いムードの街中に混ざって大通りを行くセリア女王達の姿を眺めたりな。ハドウルに関しては近衛の護衛騎士として街を行くセリア女王を護衛していて、この時点では騎士団長にはまだなっていない。とはいえ、既にセリア女王から信頼されているのは間違いないようではあるが。


 こうして、セリア女王は魔王となり――この後、物語は蛮族王への対応といった内容に向けて動いていく。ここからはセリア女王が新たな魔王となったという事もあって、結構大きな問題や大規模な戦いが増える形になるな。

 セリア女王と名もなき竜――二人の絆を主軸に魔界と魔王国の様々な面を描いていく、というコンセプトは変わらないが。


 そうしてセリア女王になってからの治世を描きつつ、竜に名を送る契機となった事件が起こる。蛮族王――ゴブリンロードが兵を率いて辺境で大蜂起し、魔王国にも被害を与え始めたのだ。

 雑多な敵対的種族を統率するばかりか、討伐に向かった者達すらも引き込んでしまう。返り討ちにあった小国の敗残兵の証言から、精神支配の魔眼のようなものを持っている事、竜を引き入れて自らの騎竜としている事が報告される。


 竜に乗っているという事から、魔眼と併せてその辺をどうにかしないと魔王国にも大きな犠牲が出る事が予想される。蛮族王個人や竜そのものの戦闘能力もさることながら、竜の機動力で主戦力に向けて魔眼を使われたら大きな被害が出てしまうからだ。仮にセリア女王の友人――名もなき竜に協力を求めたとしてもそれは変わらない。


 側近達にも妙案は出せず、セリア女王は賢者に知恵を借りる事を考えた。アルボス=スピエンタスとして知られる、森に住まう賢者だ。

 実際は――そのような人物は存在しない。ファンゴノイド達の記憶を集積した知恵の樹に対するカモフラージュとして、賢者アルボスの名があるだけだ。

 幻影劇中では戴冠式にも出席した通りに、アルボスという人物を作っているが。キノコのような傘型のヴェールで顔を隠し、ローブで身体も覆い隠す種族不明の人物だ。


 ただ、事態への対処は急ぐ必要がある。魔眼にも敵方の竜への対策が必要だ。だからこそ、竜はセリア女王を説得したのだろう。


「セリアを友だと思っている。だが我が竜であるが故にそなたも我も一線を引き、それを守ってきた。竜の想いを尊重してくれる事は嬉しい。そなたとの距離も心地が良い。だがな。そなたの平和な国を作りたいという想いに素直に力を貸してやれない事に、歯痒い気持ちを抱えていた事も事実なのだ。此度だけの例外として我の力を借りることを良しとは出来ぬか?」


 対応策で悩んでいるセリア女王に自分から協力を持ちかけ、自身の葛藤の一部を吐露しながらもそう説得した形だ。セリア女王は友の真摯な想いを聞き、頷いた。

 そうして王都から離れた森に住む賢者の下へ、セリア女王と竜は赴いたのだ。アルボス――ファンゴノイド達は快くセリア女王達を迎え、魔眼への対抗策を伝授する事となる。


「古の女王から伝えられた秘術と言われておりますな。これを以って異能に対抗するのがよろしいかと」


 アルボスが言う。精神支配のような能力や術に対して、防御呪法はかなり有効だ。そしてファンゴノイド達は古の女王――パルテニアラからそうした術を受け継いでいる。事情を知らない観客には意図的に古の女王を昔の魔王だと誤認させる話の運びにしているが、知っている面々には本当の意味が伝わるからな。エレナはにっこりと微笑んで、そんな反応にパルテニアラは微笑ましそうにしていた。


 ともあれ、呪法への対抗策には互いに名前を知って心と心を繋ぐ事で外部からの干渉を防ぐという術式が良いとアルボスは判断した。


「名前か……。セリアが我に付けてはくれぬか?」


 ここで初めて、竜は自身の名前を望んだのだ。他でもない、セリアから自身に名を呼んでもらいたいと。心の内を吐露した時に、形態変化が通常と違う事も受け入れた。

 今の自分の姿はセリアと過ごしてきたからこその変化であり、これからも共にいたいと願うから。自身は自身の生き方のままで強くあらねばならないと、葛藤ごと受け入れた。そういう事だ。


「良いの?」

「我の知識にある竜の姿からは随分離れてしまったからな。また蛮族王相手に竜らしからぬ行動を取ろうとしている。今更だ」

「我が友にして偉大なる竜に問うわ。貴女の名は――メギアストラというのはどうかしら?」

「メギアストラ……メギアストラか。承知した。魔王セリア=ジオヴェルラよ。その名の由来を聞いても?」

「魔法と……空に輝く光、という古代語の意味を組み合わせたものね」


 前にメギアストラ女王から聞いたやり取りを、観客にも伝えていく。観客達もまた、真剣な面持ちで二人のやり取りに見入っている様子であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名付けのシーン。 [気になる点] 胸を張るか、我が身を誇る、己を誇るなんかが一般的な気が…。 胸を誇るのでは、ボインちゃんみたい。 [一言] 思った以上に、戴冠式後に相応しい幻影劇ですね。…
[一言] 名前の由来を劇中劇で明らかにするあたり巧みな演出だなと思いました。
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