番外1700 そして魔王の継承へ
ジオヴェルムで暮らしながらもセリアは竜と共にあちこち飛び回っている光景が良く見受けられた。
竜とあちこちに出かける事の多かったセリアであったが……フットワークが軽いという事は色々と各地での情報も集まるという事だ。そして集まった情報を分析して情報を割り出すのはセリアにとっての得意分野でもあった。
必然、魔王国と部族融和のためにセリアは色々と尽力していたそうだ。部族に関わる事で問題が起これば助言や調停を行い、魔物絡みの問題でも積極的に魔王国に力添えしたりといった具合に。
それでも問題解決のためにはあまり友である竜を頼らない。知ってしまったことは仕方ないが、友人を公的な事に利用することはしたくない、するつもりで動くような事はしたくない、というのがセリアの友人としての線引きではあったようだ。実際、問題解決に当たっては自身や魔王国や氏族の者達の力が主で、竜が前に出て力を使うという事は滅多になかった。
「セリアの気持ちは分かったが、どうしても間に合わぬなら我が手伝うぞ?」
「本当にどうしようもない時は頼りにするかも知れないけれどね。貴女とどこかに遊びに行くのは良い。けれど、最初から当てにしてしまうのは……そう、何ていうか違うの。友人として胸を張っていたいわ」
「なるほどな。律儀な事であるが、我はセリアだけでなく、魔王国の者達が喜んでいるところを見るのも気分が良いからな。色々な物を見せてもらうという出会った頃の約束にも変わりはない。遠慮すべきでない時はしないようにな」
「ふふ。そうね。覚えておく」
セリアはにっこりと笑って竜の言葉に頷く。
メギアストラ女王としては魔界のあちこちをセリアと共に飛び回るのはただただ楽しかったそうだ。色んなものを見たり聞いたり触れたり食べたり。それらをセリアから解説してもらい――深く知る事ができたから。その過程でセリアだけでなく、魔王国やそこに住む者達の事も気に入るようになっていたというわけだ。
独立独歩の竜でありながらも後に魔王となったのはそうした背景もあったからだろう。
そして、二人の地道な活動は人望を集める事に繋がったようだ。先々代の魔王がセリアを後継者に指名したのは、そんな背景があったからだろう。
二人の日常と交流。魔王国の街並みの少しずつの移り変わりや竜の身体の成長といった変化、魔界のあちこちの光景や文化であるとか、事件や問題を解決するセリアの姿を描きながらも幻影劇は進んでいく。
幻影劇ではその中の事件の一つをクローズアップしている。セリアの代の騎士団長、インセクタス族のハドウルと出会ったのもこの頃だったが、日常を描く中で、彼との出会いを少し細かく描いた。
まだ新兵でしかなかったハドウルが街角で巡察の警備隊長と口論――というよりは議論になって叱責を受け、頭を冷やしてくるよう言われたところに街に出かけたセリアと竜が居合わせたのだ。
「ともかく新兵の思い付きで人員を動かせるわけがない。しばらく街で頭を冷やしてくるのだな!」
警備隊長のギガス族は立腹といった様子で立ち去っていく。ハドウルは何を言うわけでもなく、その背を見送った後で身を翻し……そこでセリア達と視線が合った。セリアは少し苦笑して気まずそうに言った。
「ええと――立ち聞きしてしまってすみません」
「いや。居合わせただけの事を気にする必要はない」
「その、さっきの話が気になったのですが」
セリアがそう言うと、竜は楽しそうな事が始まったと少女の姿でにやりと笑い、ハドウルは首を傾げる。
「む。何か問題があっただろうか?」
「最近出没する盗賊団についての話だったと思いますが――個人的に少し気になって調べていたのです。彼らは恐らく……警備体制を分かっている。分かりやすい理由としては……内通者がいるのだと思われます」
セリアがそう切り出したのは、わざわざハドウルが波風を立てるような事をしていたからだ。「内通者とは無関係だと判断しました」とセリアが明かすと、ハドウルも「道理だな」と頷く。
ハドウルは冷静沈着で合理的だが、コミュニティ全体の事を考えて動くのが好き、という性格らしい。インセクタス族の武官らしい性格ではあるそうだ。
セリアと竜もハドウルと場所を食堂に移して話をして「この人物なら協力してもらって大丈夫ではないか?」と竜が言うとセリアも頷いていた。首を傾げるハドウルにセリアが自分の計画を説明する。
「ですから――知り合いの商人と協力すれば……逆に盗賊団を計略にかけて誘き出せるのではないかなと」
「なるほどな」
セリアがにやりと笑って言うと、ハドウルは得心行ったというように頷く。
そうしてセリアはハドウルや知り合いの商人と協力し、街道沿いに出没する盗賊団の正体を見抜いて計略にかけ、誘き出したのだ。警備隊に内通者がいると分かっているからこそできる事だった。
セリア自身とその人脈で集まった面々にハドウルを加えて、誘き出した盗賊団相手の大立ち回りが幻影劇の中で行われる。
ハドウルの戦いぶりは新兵の頃から際立っていたようだ。小柄ながらも小回りの利く重戦車といった印象は変わらず。当たるを幸いなぎ倒し、人が吹き飛ばされて宙を舞う。客席側にも盗賊達が吹っ飛んできたり、逆にハドウルが客席側に突っ込んできて投げ飛ばしたり。セリアの魔法が座席の間を縫うように奔り、座席の陰に隠れようとした盗賊達を正確無比な狙撃で叩き潰していく。
その様子に客席側からも痛快そうに喝采が広がっていた。やはりというか、事件後は警備隊長のギガス族が盗賊団と内通していた事も発覚する。
「おのれ小娘が!」
「我が友に――触れるな」
セリアの誘導尋問に引っかかって逆上して掴みかかってきたところを人化の術を使ったままの竜の回し蹴り、ならぬ回し尻尾で吹き飛ばされて白目を剥いていた。
セリアに次期魔王という話が持ち上がったのは、そんな日々を送っていた折の事だ。
「――わ、私が、次代の魔王?」
「最有力候補だな。側近達も賛成している」
魔王がセリアに言う。その声にはセリアの反応を楽しんでいる様子があった。
「し、しかし部族が編入されたと言え、魔王国の一員としては新参者で――」
「それは問題ない。寧ろだからこそ魔王となるに相応しいと言えるのだ。友人と共に私心なく歩んできた事を余は知っている」
魔王の言葉に、セリアは驚きの表情を見せていた。
竜もその場に居合わせたが、セリアと魔王のやりとりは公的なものであったから何も言わず、納得したように頷きながらも人の姿で耳を傾けていた。
メギアストラ女王としてはこの時、セリアが魔王国を治める様子を見てみたい、とは思っていたそうだ。ただ、セリアが友として行動に節制を心掛けている事は知っているから、竜もまた友としての立場からそれを口にする事はしなかった。セリアに何かを見せてもらうというのは、竜にとっても最初に交わした約束だったから。
セリアはしばらく考えていたようだが、やがて頷く。
「――力不足である事は承知していますが、魔王となれるように努力したいと思います」
「良い答えだ。やはり、そなた達は美しいな」
魔王はセリアの返答やセリアを見守る竜に満足したというように頷き、青白い輝きを揺らがせる。
セリアは一層修行に励み……そして魔王となるための準備も行った。人望もあったし、竜と懇意にしているセリアが注目されていたのも事実だ。
元々の部族でセリアを尊敬する者、慕う者は少なくなかったし、ジオヴェルムに来てから新しく作られた人脈もあった。魔王となれる下地はあったのだ。
側近達の根回しは魔王が終えているが、次期魔王の選出において最も大きな理由となるのは――魔王とジオグランタの選定なのだ。ジオグランタが関わる事だけに、このあたりが魔王国内で一般に明かされる事はないし、幻影劇で描かれることも無論ないけれど。
ともあれセリアが次期魔王として選ばれたと公表された時もそこまで驚きの声は出ず、魔王を継ぐものとして周知され――そうして王位の継承が行われたのである。