番外1698 魔術師と竜の歌
ディアボロス族を始めとした、ルーンガルドにはいない多種多様な種族。固有の植生や魔物といった生態系に空の色。魔界は初めて見ると色々と刺激的だ。
名もなき竜と魔術師セリアの出会いでもそのあたりの自然環境は再現しているからな。みんな興味深そうに周囲の状況に目を向けつつも二人の会話に注視している、といった様子であった。
幻影劇として視点を誘導してストーリーラインを追いやすくはしているが、こういう場合は現実と近いな。周囲の環境に注意を払いつつ会話に耳を傾ける、という形になってしまいやすくなっているので、二人の会話も少しスローペースで進めるわけだ。
「危ないところを、助けてもらった……。ありがとうと礼を、言わせて欲しい。私の名はセリア……という」
「別にそなたを助けたわけではないが……まあ、よかろう。我が名は――まだ無いな。成竜になってから名乗るものゆえ。ところで、怪我をしているのか?」
名乗る魔術師セリアと、名はまだ無いと語る竜。できるだけメギアストラ女王に伝えてもらった通りに会話を進めているが、俺達が聞いた時の話はメギアストラ女王自身が語り手だった。補足の情報等は無いので、ある程度観客に分かりやすくしなければいけない部分もある。
矢傷を負っていたセリアはこの後、助かった事で気が抜けたのか事情を説明しようとしたところで意識を失ってしまう。
「あの女を必ず探し出せ!」
「何。肩に矢が当たっていた。あの傷ではそう遠くまでは逃げられまい」
この時セリアに矢傷を負わせたのは魔界のゴブリン達ではない。逃げようと森に逃げ込んでゴブリン達に遭遇してしまった形なのだ。
「ふむ――」
名もなき竜は聞こえてきた声とセリアの様子に少し思案するような様子を見せてから、セリアを掴むと魔界の空へと飛び立った。
眼下。森の中に作られた道には刺客の姿も映る。竜はそれに一瞥をくれるも殊更関わるような事はせず、セリアを連れ帰る事を優先した。
そうして、竜は巣穴へと帰る。崖の中腹に穿たれた洞窟が当時の竜の巣穴だ。
血を流して弱々しい呼吸をしているセリアに、竜は治療を施した。治療といっても、実際は矢を抜いて自らの指先に牙で傷を付け、血を振りかける、というものであった。これで血液が治療薬になるからと竜が付け狙われるような事態になっても困るからな。幻影劇の上での表現では血を触媒にしてマジックサークルを展開するという、竜特有の術式を使ったような表現にしている。
観客に分かりやすくした台詞であるとか少し変えた表現というのは、まあメギアストラ女王達には許可をもらっているな。
ともあれ竜の施した治療もあって、セリアの容態――呼吸音も落ち着いたものになっていく。それを見届けた竜は満足そうに頷くと、ゴブリンに盗まれた魔石を元あった場所に戻したりしていたが、一旦場面も暗転してからセリアも目を覚ます。
「ここは――痛みもない。傷が……治っている?」
「我の棲み処だな。傷は治した」
岩陰に横たえられていたセリアが肩の傷を確認していると、竜が顔を出す。その様子にセリアは驚いて少し戸惑っている様子を見せるが、竜が襲ってこないと分かるとすぐに落ち着きを見せた。
「どうやら――命を助けられたようだ。礼を言う。それから……刺客達や蛮族の手にかかるぐらいなら竜の血肉になれる方が良い、などと思っていたが……竜を少し誤解していたようだ。すまない」
「竜は個体差が激しいから誤解とは一概には言えぬな。我の場合は気まぐれというか――言葉の通じる者に会うのは初めてだったのでな。単純に興味があったからではあるが……。そうだな。治療の礼というのならば、我の知らない話を色々聞かせて欲しい」
セリアの言葉に竜はにやりと笑って応じる。セリアはその竜の反応に目を見開いたが、楽しそうに笑う。
「それが礼になるのであれば、喜んで」
そんなやり取りを交わし、竜とセリアは洞窟に座って話をする。セリアがマジックサークルで炎を灯し、暖を取りながらの会話だ。
この時のセリアはまだ魔王国に属する人間ではない。魔王国の近隣部族といった位置付けであり、魔王国とは和平か対立かで内部でも意見が分かれているという状況であった。セリア自身は穏健派に属する面々で、魔王国への使者として選ばれたが、その道中で対立派から命を狙われた、というわけだ。使者の殺害を魔王国の仕業に見せかければ、融和どころではなくなる。
だが、この時、セリアはすぐにはその事を竜には伝えられなかった。自分を助けてくれた竜が望んでいるものは知識であるから、恩人に対して信頼関係も得ない内からそういった内容を伝えるのは違う、と判断しての事であったらしい。
だから、使者としての任務は気がかりではあるし、可能ならすぐに動きたかったのだろうとは思うが、まずは助けてくれた事への礼として、竜に対して真摯に応じたのだ。
メギアストラ女王によれば、この時セリアは色々な話をしてくれたそうだ。
ディアボロス族の生き方や暮らし。セリアの知る様々な種族の事。蛮族や魔界の海の話。自分達の暮らし。魔王国や魔王に関する事。自分達……竜達という種族に対する認識を聞いたりもしたそうだが、それら諸々に真摯に答えていた。
セリアには当時の魔界の情勢や他種族、文化や風習に対して深い造詣と理解があった。
そしてその竜との会話はそのまま、魔界の事を知らない観客に理解を深めるものとなる。竜とセリアの交流を描きつつも観客の魔界に対する理解を深める事にも繋がるわけだ。
セリアは洞窟の地面に土魔法も使って絵を描いて説明したらしい。そうした描写も交えつつ、セリアのナレーションと共に場面を切り替えて説明したりと、幻影劇ならではの演出もできる。
魔界に住む様々な種族。蛮族――ゴブリン達のルーンガルドとの質の違いであるとか、魔界の海という危険なエリアに関する話と共に、色々なものを観客に見せることが可能だ。魔界や魔王国との友好を指針としている俺や同盟の立場から見てもセリアの話は有難いな。
そうした観客への説明と同時に……セリアと竜の交流も描く。絵を描いて喜ぶ竜に、セリアも少し楽しそうに微笑んで丁寧に説明していた。
「興味深いな。もっと文化や風習について説明して欲しい」
「それでは歌や音楽、というのは?」
「歌……歌か。良いな。知識として知っているが、実際に歌ったことも聴いたこともない」
「ええと……。そんなに得意ではないのだが」
そう前置きをしつつも竜の言葉に歌って答えるセリア。この時セリアは気恥ずかしそうに謙遜していたが、メギアストラ女王としては素朴ながらも美しい声だと思ったという。俺も……メギアストラ女王の印象や記憶に基づいて、出来る限りその印象を再現したつもりだ。
現実のメギアストラ女王はと言えば――その光景を目にすると、懐かしそうに穏やかに笑って目を細める。今の反応を見る限りでは、結構再現できている、という事で良いのだろうか。メギアストラ女王に気に入ってもらえればいいのだが。
劇中では、セリアの歌声を気に入った竜は「我にも教えて欲しい」と言って、共に合唱していた。
カメラは洞窟の外を映して。セリアと竜の歌声が、美しい色の変遷を見せる魔界の空に響いていく。ここまでが魔界の説明であり、オープニングといったところだろうか。
こうやって出会いを果たし、交流を経て仲良くなった竜とセリアを主人公として幻影劇は進んでいくのだ。
竜がセリアに対して「セリアの話は実に面白かった。今度はセリア自身の事も聞きたい」と伝えるとセリアもまた頷いて「私の事情、か。純然たる命の礼からは少し外れてしまうが」と前置きをして、使者としての仕事があることや自分自身の事情を伝える。
その上で、自分の務めを果たさせて欲しいという事や、命の礼には足りないからまた戻ってくるという約束をしようともしていた。
名もなき竜もまた、そんな真摯なセリアを気に入って。だからこそセリアへの協力を申し出たのだ。それが竜と魔王国の接点となり、やがてセリアや名もなき竜、それぞれが魔王を引き継ぐことに繋がっていくのだ。
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