番外1696 王と王妃の思い出に
ジョサイア王とフラヴィア王妃を讃える声が沿道の人々から唱和される。子供達は大きくぶんぶんと手を振ってきたりして、ジョサイア王とフラヴィア王妃が手を振り返すと飛びあがって喜んだりしていた。それを見て王達や甲板のみんなが表情を綻ばせたりして、街中の盛り上がりも最高潮といったところだ。
ゆっくりとした速度で中央区から出発して、東西南北に温泉街と、タームウィルズの大きな通りを選んで一周、もう少し小さな通りを選んで更に一周と周回を行ってしっかりとお披露目の時間を取る。最終的に中央区にある王城前の広場に戻ってきて、そこで国民向けに演説を行っていく形だ。
王城の一角には街の広場に向かって演説するためのバルコニーがあるのだが――まあ今回はそこを活用するわけではなくシリウス号の甲板からという事になる。幻影でジョサイア王とフラヴィア王妃の姿を拡大して遠くから見られるようにしたり、声を拡声器の魔道具で街の全域で聞けるようにしたり、その辺の支援も行っているわけだな。
ゆっくりとゴンドラと共に街中を周回してきてからシリウス号を広場に停泊させる。二人を乗せていたゴンドラがシリウス号の甲板へと移動して、二人も甲板へと降りてきた。
パレードに同行していた騎士達、魔術師隊、兵士達が警備として広場の周囲を固めて、配置が完了したことを伝えてくる。
これで準備はできた。後は船首から演説を行っていく形だ。
ジョサイア王とフラヴィア王妃が並んで船首に立つと、船体後方――艦橋のあたりから大きな幻影が映し出される。ジョサイア王とフラヴィア王妃の表情が遠くから見られるようにというわけだ。
こうした演説では、拡大映像等が無かった今までは遠くからは細かい表情等は伝わらない。身振り手振りや声の抑揚等で聴衆に訴えていく部分もあるのだが、幻影で拡大映像を見せるという手法を取る事で、表情から来る細かなニュアンスも伝わる。
ジョサイア王としては「言いたいことがきちんと伝わりやすくなってありがたい」と笑い、拡大映像に合わせた方法をしっかりと考えてリハーサルに臨んでいた。
楽士達が高らかに音楽を奏で、歓声も高まる。ジョサイア王が両腕を軽く広げると楽士達の奏でる音も収まり、それに伴ってジョサイア王の演説を待つ聴衆も静かになっていった。
ジョサイア王は少し目を細めて頷く。それから一呼吸程間を置いて、口を開いた。
「これほど多くの者達からの祝福の想いを受けている事を余は嬉しく思う。これは先王の善政が行き届いていた証であり、戦いの後にやってきた和解と平和へ続く道への喜びであり、余に対する期待の表れでもあるのだろう。先人の重ねてきた努力と共に、連綿と続いてきた歴史の中で我が身に王位を託されたこと、こうして祝福を向けられている事に身が引き締まる想いだ。だが、この責務を引き継ぐことができたことを誇りに思う」
そう伝えるジョサイア王の表情は真剣なものであったが――そう伝えてからふっと穏やかな笑みを浮かべた。
「そして……余は周囲の者達にも恵まれた。これからの生涯を共に歩む伴侶。国に仕え、忠節を向けてくれる者達。尊敬すべき隣人。そして、この国で生きる者達……。この日、この時、感じた想いを忘れず、周囲の者達と共に王としての歩みを進めていきたいと思う」
そう言いながら、隣に寄り添うフラヴィア王妃、警備の武官達、氏族や国外の面々、聴衆達へとゆっくりと視線を向けていくジョサイア王。誰が誰の事を言っているのか、分かりやすく伝えているな。
氏族との和解やそれに対するスタンスも改めて明確にしてくれていて、俺としては有難い事だ。
「ささやかではあるが、料理と酒を用意している。今日という日を皆にも楽しんで貰えたら、余としても嬉しく思う」
ジョサイア王がそう言うと聴衆も沸き立っていた。広場だけでなく街中の全域に声は届いているからな。タームウィルズのあちこちで歓声が上がっている。酒に関しては冒険者達とドワーフ達のリアクションは大きかったりするな。うむ。
小さな精霊や花妖精達も楽しそうに拍手をしたりしているので何とも微笑ましいというか。
ジョサイア王とフラヴィア王妃は暫くの間寄り添って広場の人々に笑みを向け、手を振ったりもしていたが、やがて拡大された幻影も薄れていき、それを確認したところで頷いて艦橋側へと移動する。ジョサイア王達が退出してから、シリウス号もゆっくりと王城へと戻る。
戴冠式、結婚式にお披露目と、すべきことも完了といったところだ。この後は少し城で休息と食事、挨拶周りなどを挟んでから幻影劇場に新作鑑賞に向かう、という事になっている。
ジョサイア王とフラヴィア王妃の即位記念という事での封切りでもある。最初の上映はジョサイア王達を始めとした賓客を招いての貸し切りという形になるな。
まあ、休息時間があるとはいえ挨拶を受ける必要のあるジョサイア王達と違い、俺達に関しては夕方ぐらいまでは王城でのんびりできるか。セイレーンやハーピー達も歌を披露したいと張り切っているし、中々賑やかな時間になりそうだ。
「いや、自身が王だとなると、中々に違って見えるものだな。慣れていかねばならないが」
と、俺達と一緒にジョサイア王は笑っていた。慣れていくということは、口には出さないまでも緊張していた、という事のようだ。
「とても良い演説に見受けられました」
「まあそのあたりは王太子の頃の経験でね。テオドール公にも礼を言う。お披露目も素晴らしいものになった」
「ふふっ。ジョサイア様との思い出ですね。私としても今日という日は忘れられないものになりました」
ジョサイア王とフラヴィア王妃が俺の言葉にそう伝えてくる。
「喜んで頂けたのなら何よりです」
「ふっふ。この後の幻影劇鑑賞も楽しみであるな」
艦橋の中継映像でジョサイア王の演説や街中のあちこちを眺めていたメルヴィン公が笑う。
シリウス号はそのまま王城内の練兵場に停泊させる。シリウス号については後で造船所に戻せば良いが、今日の間はこのままこの場所に置いておき、甲板上で楽士達やハーピー、セイレーンといった面々が演奏するという舞台代わりとして使わせてもらうのだ。
ジョサイア王の演説の際に使った拡大幻影の魔道具も調整して流用できるので丁度いい。街中の各所に仕込んだ演出用の魔道具については、ティアーズ達が回収してきてくれるだろう。
そして、ティアーズ達はそのままアルファと共にシリウス号自体の警備についてくれる手筈になっている。
そんなわけで一旦シリウス号から降りる。すぐにティアーズ達も戻ってくる。空を飛べるティアーズ達ではあるが、きちんと王城の正門から入ってきている。門を守る兵士達に身体を傾けるようにお辞儀をして練兵場に停泊しているシリウス号のところまでやってきた。
兵士達もきちんと登城したティアーズ達の数を確認して間違いがないようにしてくれている。それはそれとして、挨拶していくティアーズの様子に表情を綻ばせたりしていたが。フラヴィア王妃もその様子にくすくすと笑っていたりする。
「ティアーズ達もありがとう」
そう伝えるとティアーズ達は俺にもお辞儀をするようにして応じていた。シリウス号の警備の前にまず魔道具を運び込んでもらう。
「それじゃあ、俺達は迎賓館の方にいる。全員戻ってきたら交代してこっちに来てね。魔力補給もするから」
そう伝えると、ティアーズ達は了解したというようにマニピュレーターをサムズアップの形にしていた。うむ。
では、少しの間迎賓館でのんびりと食事や音楽、知り合いとの談笑を楽しませてもらおう。新作の封切りと、観客やサティレスの反応も、俺としては楽しみなところである。