番外1687 妖精との親和性
「もしご不快に思うような質問やおかしな質問をしてしまったら申し訳ありません。これまであまり人と接してこなかった妖精なので、常識に疎い部分があるのです」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。魔界とルーンガルドの方ですから、その辺は魔王陛下が教えて下さって、承知した上で皆さんも集まっていますから」
サティレスの質問前の前置きに、ギガース族の少女が快活に笑って応じる。
サティレスは生まれたばかりではあるが、元々ルーンガルド生まれの妖精だ。魔界の常識に疎くても特に不思議がられるということもなく取材を進めている。
「魔界の事を全く知らないという点で言うなら、ルーンガルド側の一般人も同じだわ。視点を考えるなら、サティレスは魔界への取材役として適しているのかも知れないわね」
サティレス達のやり取りを見たローズマリーが分析する。
「質問で足りないところがあると思ったら、私達で補えばいいものね」
イルムヒルトもそう言って、みんなも一緒にサティレスの質問を補うような役回りを担ってくれているな。
魔界の住民達も異種族間のやりとりや説明に慣れている印象がある。この辺は魔王国王都の住民だから、というのもあるだろう。
「そうだね。幻影劇を作る時でもサティレスやユイの意見や視点は参考になると思う」
サティレス達が疑問に思う部分なら観客も疑問に思う可能性は高いしな。勿論、劇という媒体にする以上は一から十まで説明する必要はないし、できない。
割愛しなければならない部分もあるが、知っていてそうするのと知らずにいるのとでは自ずと仕上がり具合も変わって来るだろう。疑問に答えられるようにしておくことで劇全体のクオリティは上がるはずだ。
ブルムウッドもその後の体調はいいし、地下水路も外海との問題は起こっていない。竜達と魔王国の関係も良好という事で。魔界は彼らの基準で言うと平和なもの、という事であるらしい。
そうして、取材と平行して魔界のみんなの近況報告を聞いて、しばらく魔王城の上層で知り合い達と過ごした後に、その場での取材も一旦終了だ。集まった面々はそのまま魔王城に宿泊。
俺達は俺達で、更なる取材のために魔王城に接続しているファンゴノイド族の新たな里に向かうというわけだ。
「前に来た時より、キノコが沢山生えていますね」
「昔の里に近くなってきましたな」
ファンゴノイドの里はあちこちから様々なキノコが生えて、見た目にも賑やかになっていた。俺が言うと、ボルケオールが笑って応じて、マッシュルーム似のファンゴノイドがうんうんと頷く。
温度や湿度等はファンゴノイド族に最適なのでそれ以外の種族にとって快適であるとは限らないが……サティレスはファンゴノイド族の里に目を輝かせていた。
「これは――素敵です。可愛らしくてとても気に入りました」
そう言ってテンションを上げているサティレスである。
「妖精族だからかな? 森にキノコは付き物だし、こういう環境は確かに相性が良いのかもね」
俺の言葉にサティレスはにこにこしながら頷いていた。
キノコの里というと何となくメルヘンチックなイメージもあるしな。サティレスがファンゴノイド族の里を気に入るというのは意外ではあったが、種族的な部分から考えると不思議ではないのかも知れない。
フェアリーライトと言い、何となくサティレスの好みというか、その辺も把握できた気がする。母さんのツリーハウスは多分、サティレスが気に入るだろうなという気がする。
そんなサティレスの様子に、みんなも微笑ましそうにしていたし、ファンゴノイド族も好感を抱いたようだ。
「ふふ。気に入っていただけて何よりです。迷宮の守護者という事ですし、知恵の樹を見せても問題のない相手ですからな。歓迎いたしますぞ」
ヤマブシタケ似のファンゴノイドがそんな風に言って。俺達は里の中を移動し、知恵の樹のところまで移動したのであった。
そこでサティレスはまずファンゴノイド達の事情を聞く事となった。この部分は取材というよりは説明だ。ファンゴノイド族は集合知の巨大キノコ――知恵の樹があるために明かせない事が多い。幻影劇に出すにしてもやはり謎の賢者的な扱いをせざるを得ない。
ファンゴノイド達が森に住まう賢人というのは魔界でも共通認識だ。存在自体は秘匿する必要はない。魔道具によって気軽に里の外でも快適に暮らせるようになっているしな。
「――というわけで、我らは先人達の記憶と共に知恵の樹を守っている、というわけですな。このことは明かせる事ではないので他言無用にお願いいたしますぞ」
「分かりました。守護者の名と誇りにかけて、秘密を守ることを誓います」
サティレスは真剣な表情で胸に手を当てて応じる。
「ん。サティレスは深層守護者だし、その辺は安心」
「そうね。魔界迷宮側とも防衛で連携する立場だもの」
シーラとイルムヒルトが言うと、ユイもにこにこしながら同意していた。
「サティちゃん、これから先もよろしくね……!」
「はい、ユイさん。皆様も……どうかよろしくお願い致します」
「ああ。俺からも、よろしく頼む」
サティレスもユイの言葉に嬉しそうに応じると、俺達にも丁寧にお辞儀をしてきて。それに応えると上機嫌な様子であった。
そんなサティレスの様子にファンゴノイド達も安心したようだ。サティレス自身もファンゴノイドの里やファンゴノイド族そのものを気に入ったようだしな。この辺は大丈夫だろう。
「では――知恵の樹でいくつかの記憶をお見せしましょう。セリア女王の記憶や、その時代の出来事の他にも……幻影劇には関係がありませんが、モルギオン殿とネフェリィ殿に関する事もお伝えしたいと思っております」
「そうですな……。あのお二方については記憶に留めておいてもらえたら……嬉しく思います」
モルギオンとネフェリィの名が出て、パルテニアラが感じ入るように目を閉じる。
古代呪法王国エルベルーレの王家に仕えていた女官がネフェリィ。その時代に生きて、ネフェリィを助けたファンゴノイドがモルギオンだ。
ネフェリィは実際には妹のゼノビアと共に送り込まれた月の民の密偵であったが、後に月を裏切る。
ただエルベルーレが魔力嵐の大災害を引き起こし、魔界を作り出してしまったことも後悔していた。
だからネフェリィはただ一人、魔界に残ることを選択したのだ。ルーンガルドへの帰還すらも諦め、生涯を破壊されたエルベルーレの宮殿跡を監視する事に務め、そんなネフェリィを心配してモルギオンは彼女に寄り添った。
そうしてモルギオンの遺してくれた記憶が……俺達にベルムレクスの正体に辿り着くヒントを与えてくれたというわけだ。
それを伝えるのは……そうだな。エルベルーレの引き起こした魔力嵐と、迷宮の成り立ちに関係があるからサティレスには知っておいて欲しいという事なのだろうし、ファンゴノイド達にとっても大切な――語り継いでほしい記憶だからだろう。
古代呪法王国の事については、やはり情報を大っぴらにできないしな。サティレスのように、知って良い相手には情報を伝える、という事だろう。
そうしてファンゴノイド達は知恵の樹の周囲に身体を埋めて、菌糸を接続して記憶を引き出す。その記憶を幻術で映し出す事で、他種族にも記憶を見せることができるというわけだ。
サティレスはファンゴノイド達の見せてくれる記憶を一切見逃すまいと、集中してその記憶に注視する。同じ幻術使いとして、こういう活用の仕方もきっと、いい刺激になるだろう。




