番外1686 取材と近況と
「魔界に初めて訪れた時は驚きました。空も生き物も、全然違うので」
「果物が噛みついてきたりする」
「そう、なのですか。迷宮が魔界と繋がった事までは知っているのですが、魔界の具体的な風景等は知識として受け取っていないので……少し楽しみです」
エレナやシーラの話に目を瞬かせてから笑顔で応じるサティレスである。
「ルーンガルドとはまた違うけれど、良いところだよ。暮らしている人達も優しい、良い人達だからね」
「ふっふ。歓迎いたしますぞ」
ユイやボルケオールがサティレスに言う。
「うむ。では、参ろうか」
パルテニアラに促されて、みんなで境界門を潜っていく。魔界側に抜けた瞬間に――周囲を取り巻く環境魔力が変化したのが分かった。
「おお、来たようだな」
「いらっしゃい」
境界門の向こう――魔界迷宮ではメギアストラ女王とジオグランタが揃って俺達を迎えてくれた。
「お初にお目にかかります。サティレスと申します」
「魔王メギアストラだ。テオドールから話は聞いている」
「ジオグランタよ。よろしくね」
ドレスの裾を摘まんで挨拶をするサティレスはやや緊張している様子であったが、メギアストラ女王とジオグランタも挨拶を返す。
今回の魔界訪問の目的については伝えている。
新しく生まれた守護者であるサティレスに実際に魔界の雰囲気を感じてもらいたいという点と……それから先代魔王、セリアの幻影劇の手伝いをしてもらおうと思っている、という点だな。そのあたりを伝えたところ、メギアストラ女王達も快く応じてくれた。
『迷宮深層の守護者であるというのなら、余らとの関わりも増えるであろうしな』
モニター越しにはそう言って、会えるのが楽しみだと言っていた。
魔界にも妖精はいるそうだが……割とピンキリという話だ。ルーンガルドと似た妖精達はいるが、魔界の種族――特にディアボロス族に近い姿をしている者が多いらしい。これは、妖精には精霊に近い部分があるから観測者の影響を受けるという事なのだろう。魔界における変質もそうした形になったというわけだ。
ともあれ、妖精の性格面での大きな変質もないので変に恐れられているということもなく、サティレスの魔王国訪問に関しては特に問題はなさそうだ。
「ジオグランタ様の魔力の印象もありますが、とても力強い環境魔力ですね。雄大で荒々しい力でありながら――見守られているような。これはこれで心地が良い感じもします」
「ティエーラは私にとって、母や姉のような存在だものね。ルーンガルドの妖精から見ても、魔界の魔力は親和性が高いのかも知れないわ」
魔力を感じ取るために目を閉じて感想を述べるサティレスに、ジオグランタは少し機嫌が良さそうに笑って応じる。
まずは魔王城から王都や外の様子を見てもらうという事で、ファンゴノイド族のところへは向かわず、城の上部へと向かった。
サティレスは魔王城の上階にあるバルコニーから出て、王都の独特の建築様式や、空に浮かぶ島。魔界の刻一刻と色の変わる空を見やって声を上げる。
魔王城は下より上の方が大きいという、普通に考えると不安定な構造だ。浮遊島で採掘できる特殊な鉱石を用いているので、こう見えて頑丈な造りという話であるが。王城と接続している6本の想念結晶の塔であるとか――塔と城を繋ぐリングであるとか、魔王城は他にはない建築様式なのだ。
バルコニーから羽ばたいて宙に踊り出て、魔王城を上から下まで眺めるサティレスである。
「すごい光景と建築物……ですね。ルーンガルドとの環境魔力の性質の違いがそのまま風景や魔界の方々の感性として結びついているような気がします。それに浮遊島も……何だか親近感が湧いてしまいますが」
城の構造や街、遠景まで興味深そうに眺めながら微笑むサティレスである。
「ほう。浮遊島に親近感とは」
「私の担当する区画を生まれ故郷とするならば――そこにも浮遊島があるのです」
メギアストラ女王の言葉に嬉しそうに答えるサティレスである。メギアストラ女王は「なるほどな」と、納得したというように笑って頷き言葉を続ける。
「ふむ。魔界の取材という話でもあるからな。様々な種族の者達に声をかけておいたから、実際に住民達から話を聞くことができるだろう」
俺達の知り合い――ファンゴノイドの面々やドラゴニアンのロギ。ブルムウッドやヴェリト達。それに情報院所属のエンリーカといったディアボロス族達。
パペティア族のカーラにベヒモスのアルディベラにエルナータと、魔界の種族は多種多様だが知り合いが沢山顔を出してくれている。
これに加えて鉱物種族、ミネラリアンのセワード、昆虫人類とも言うべきインセクタス族や、巨人のギガース族。それにドラゴン達や、地下水脈に住まう者達と更に種族が豊富なのだ。
そんな魔界の知り合い達が上階に通されてきて、再会の挨拶やサティレスとの顔合わせを行っていく。魔界の幻影劇の参考にしたいという話も伝わっているので、普段の暮らしや歴史的な部分もサティレスに話をしてくれるとのことだ。
「本当に多種多様な種族がいる王国なのですね。私の想像力が……いかにちっぽけなものであった事か」
「実際に見てみないと、確かに幻影劇も作れないよね、魔界は」
と、感動した面持ちのサティレスと、その様子ににこにことした笑みを浮かべているユイである。
魔界迷宮のラストガーディアンとして、魔界の事を気に入ってもらえるのは嬉しいのだろう。深層の守護を任務としているからあまり細かく言葉には出さないものの、サティレスもユイと視線を合わせて穏やかな表情で応じている。
ちなみに魔界迷宮を守護する者として、魔界の種族への理解度を上げるのは大事というわけで、取材に際してはサティレスの助手役を務める予定のユイとオウギである。魔界では特に目立てないので受け答えはサティレスに任せてユイは基本的にメモを取ったりするだけという形ではあるが、それはそれで張り切っている様子だ。
そんなわけで空を飛んでいたサティレスもバルコニーに降り立って、みんなでキノコ茶を飲みながら住民達から普段の暮らしについて話を聞く、という事になった。
「魔界の近況も聞けそうだし、私としても楽しみだわ」
ステファニアがそんな風に言うと、マルレーンやみんなもにっこり笑って頷いていた。
サティレスが住人達に取材をしている間、俺達も平行して近況を聞かせてもらう。
「魔界の状況については……辺境や生活圏から外れる地域は相変わらずといったところだな。竜達が行き来するようになって前よりは平和であるが」
蛮族――魔界型ゴブリンやオークを始めとした敵対種族が跳梁していて辺境は気が抜けないものの、国内情勢については比較的安定して落ち着いている、とメギアストラ女王が教えてくれた。
といっても、魔王国の生活圏外や竜の飛行経路以外では巨獣がうろついていたりすることもあるので、油断できないのが魔界であるが。
俺達が魔界に訪問してくる前後で一番暮らしぶりが変わったのはアルディベラとエルナータだろうか。
「狩りの間、エルナータの安全が約束されているというのは願ってもない事だ」
「魔王城の色んな人達と、仲良くなったの」
アルディベラの言葉に、嬉しそうに言うエルナータだ。
「エルナータは人化の術や言葉も板についてきた印象があるね」
「そうだったら、嬉しいな」
俺の言葉に満面の笑顔で答えるエルナータである。
今現在は王都で暮らしているそうだ。ある程度の大型の魔物の目撃情報があればエルナータに護衛を付けてもらって狩りの練習に出かけたりもしているのだとか。
巨獣――といっても魔王国の中央付近のそれは強さも然程ではないというのがアルディベラの弁だ。安全に娘に狩りの仕方を教育できるし、魔王国側としても大きな魔物の突発的な被害が減る上に素材も出回るようになって助かっているという話である。




