番外1684 訓練と精霊と
俺達の仮想空間での訓練と並行し、設備の外でも訓練が進んでいた。テスディロス達が監督してくれている野営訓練場だ。安全用の魔道具もついたことで、野営準備等も一通りできるようになり、テスディロスを始めとした氏族の面々も監督役になってくれているので諸々安心だ。
が、実際に年少の子供達に指示を出すのは年長の子供達という事で、テスディロス達の役割は本当に近くで危険がないように見守るだけ、といった感じである。
野営訓練も前回の事あって皆一応の経験者なので、年長組、年少組が協力して順調に進んでいるといった印象だ。火おこしをしたり天幕を張ったり、各々足りないと思った野営作業の訓練を行っているな。フォレスタニア城の敷地内の一角での訓練であるから、本物の野営とは違って外的な要因に警戒を払う必要がない。魔物も出てこなければ雨風に悩まされる事もないのだ。
それもあってか、和気藹々と言った様子で訓練を進めているのが見て取れた。子供達としても安心感があるのだろう。
『そうそう。そうやって火種に着火できたら軽く風を送って煽って、火を大きくしてやるんだ』
と、子供達の火おこしを見ながらアドバイスを送っているブレッドである。
野営訓練設備の方も……特に問題はなさそうだな。
『どうして風を送ると火が強くなるの?』
不思議そうに首を傾げる子供もいたりして。
「良い質問だね」
訓練の合間を見て、何故火を起こす時に風を送る必要があるのかといった理由も伝えたりしていく。
「まず魔法や精霊が関わっていない場合――。物が熱くなると、空気と結びつきやすくなって燃え出す温度っていうのがあるんだ。空気の中にある成分と素材の中にある成分を使って燃えているわけだね。だから、風が丁度良く送り込まれれば火が強くなる。逆に周囲を覆って燃えるための成分を使い果たさせてしまうか、温度を下げてやれば火を消す事ができるっていうわけだ」
蝋燭の幻影を手元に映し出して図解入りの説明をしながら、なるべく簡単な言葉を選んで年少組にも分かりやすいように話をする。原理を知る事は火おこしの時だけでなく消火の時も役立つからな。
強風の時は延焼等が起こりやすいのでそもそも火をおこすべきではない等、原理を知る事で因果関係を予想しやすくなるので事故防止にも繋がる。
水晶板越しの話ではあったが、子供達はふんふんと真剣な表情で頷いていた。
「次に魔法や精霊が関わっている場合――」
サラマンダーの幻影を出して子供達に向けてぺこりと挨拶をさせる。こちらは物が燃えるための要素を魔力や精霊が代替しているからではある。その為高熱や酸素、媒体等が無くても着火できるというわけだな。だからこちらは同じく魔力や精霊力で干渉してやる事で消火できる。空気の遮断や温度の低下だけでは消えない場合がある、というのは覚えておく必要があるだろう。
解説しながらサラマンダーが精霊力を送って火が灯っている様子や、周囲を覆っても火が燃え続けている様子を幻影で見せる。
だがまあ、酸素を遮断しても燃えるというが自然の原理に即していた方が火勢も強くなるというのは事実だな。
子供達と一緒に本物のサラマンダーも見学しているようで賑やかな事だ。火おこしをしていたから活性化していたサラマンダー達がそのまま見学に移っているようだな。
小さな精霊達は今現在顕現していないし、水晶板越しだから見えないがカドケウスやバロールの五感リンクを通してサラマンダーが喜んでいそうなのが環境魔力から感じられる。
『そういう時はどうしたらいいの?』
「消火用の魔法や魔道具が使えれば良いんだけど……自然豊かな場所ならサラマンダーやウンディーネ達に祈ったり……精霊達にお願いしてみるのも手かも知れないね」
少し心配そうに尋ねてくる子供達に言うと、環境魔力から反応があった。任せておけと言っているような印象があるな。
「本物のサラマンダー達もみんなと一緒に見学しているようだね。そういう時は任せて欲しいって言っているみたいだ」
そう伝えると子供達とサラマンダー達が揃って嬉しそうな反応を見せ、グレイス達やオルディア、エスナトゥーラ達も微笑ましそうな表情を浮かべていた。
やがて水晶板越しの話や仮想空間内部での確認や打ち合わせ等も終わり、内部から戻ってくる。
「ん……。ただいま」
「ええ、お帰りなさい」
周囲で俺の身体を見ていてくれたローズマリーがエーデルワイスを腕に抱きながら応じてくれた。子供達と一緒に俺の寝顔を見ていたようで、若干照れてしまうというか、面映ゆいというか。
目を覚ましたところで、起き出してきた他の騎士達、魔術師隊、飛竜達とも顔を合わせ、念のために体調や気分に問題はないかも尋ねる。
「安全性は確かめていますが――仮想空間に不慣れかと思いますし、気分が悪い等ありましたら遠慮なく言って下さい」
「いえ。特にこれといっては――」
「こちらも問題ありません」
「私も同じく」
騎士や魔術師達が答え、飛竜達も大丈夫というように声を上げて応じていた。うん。問題はなさそうだな。
「訓練もかなり参考になりました」
「そうですな。街の皆に演出を隠した上でああして実際に近い形で訓練できるというのは素晴らしい事です」
「皆が喜ぶ姿が目に浮かびますな」
そう言って、盛り上がっている騎士達と魔術師隊である。
こちらの訓練も終わったという事で野営訓練場の方にもそのままみんなで顔を出す。訓練の一環という事で食材を切ったりしていた子供達である。火おこしもするし、ついでなので調理した品を孤児院に持って帰ってみんなで食べるという話になっているのだ。俺達が顔を見せると嬉しそうに迎えて、設営した天幕を見せてくれた。
「良いね。しっかり設営できてる」
そう言うと子供達はにっこり笑う。騎士達や魔術師隊の面々にも尊敬の眼差しを向けている子がいるな。職業としては憧れであってもおかしくないな。それにメルセディアも気付いたのか、訓練の出来栄えを褒めたりしながら子供達とコミュニケーションをしていた。
将来的に後輩になる可能性もあるし、交流の場になるなら結構な事である。子供達の将来の目標としても色々参考になるような話を聞けるだろう。
やがて料理も出来上がる。シチューを作ったようで味見をして欲しいと頼まれたが、中々の出来だ。美味しいと答えると子供達は大分喜んでいた。
そうして野営訓練も終わり、騎士団と魔術師隊に見送られる形で孤児院への子供達は帰っていったのであった。
戴冠式と結婚式に向けて一日一日が過ぎていく。
フラヴィア嬢の実家であるラウンズベリー家については、どちらかと言えば公爵家に近しいが、大公家とも繋がりのある家だ。
王家は大公家、公爵家の令息、令嬢と結婚する事も多いが、あまり血が近くなりすぎないよう調整して婚約の相手を選ぶ、こともある。
まあ、いずれにせよ三家のパワーバランスを考えての婚約で、そこには政略的な部分はあれどジョサイア王子とフラヴィアはお互い尊敬しあっているという事で、昔から仲も良かったのだとステファニアは教えてくれた。
「ジョサイアも人当たりが良いから、穏やかな性格のフラヴィア様とはお互いに相性が良かったのでしょうね。だからこそ父上もその様子を見て婚約を決めた、という部分があるわ」
そんな風にジョサイア王子とフラヴィアの事情を教えてくれるステファニアである。
ステファニアもフラヴィアとは良好な関係という事で、その結婚を喜んでいる様子が見受けられるな。