番外1683 仮想空間の予行練習
野営訓練設備の魔道具はそれほど難しいものではなかったので既に完成している。
工房は新たにフロートポッドを作りつつ、街の各所に補助的に仕込む演出用の魔道具作りに移っているな。結婚式用のフロートポッドについても防御術式をいくつか組み込んでいるが、これらは俺達の現在使っているポッドと大体同じだ。既存のものでも物理、魔法、呪法に対して守りが厚いので流用が効く。その為、工房側の負担は今回少なめ、と言えるだろう。
フォレスタニア城では現在、仮想訓練設備にて王城の騎士団と魔術師隊。野営訓練設備にて迷宮村、氏族や孤児院の子供達……と、二種類の訓練が現在平行して進んでいるような状態だな。
騎士団の面々もその辺は心得たもので、孤児院の子供達の送迎も請け負ってくれている。来る際に孤児院に立ち寄り、王城へ戻る際も送ってから帰るといった具合だな。
「こんにちは!」
と、今日も騎士団と一緒にやってきて明るく挨拶してくれる孤児院の子供達である。
「うん。いらっしゃい」
というわけで、子供達と騎士団、魔術師隊の来訪を歓迎する。
騎士団、魔術師隊、子供達は、それぞれいくつかの班に分かれて訪問してくる。顔触れをローテーションしながら訓練しているわけだな。
今回は騎士団の面々にメルセディアがいたり、子供達の中にブレッド少年や彼と仲のいい女の子がいたりと、割と親しくしている面々が多い。
「今日はよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いいたします、境界公!」
挨拶をするとそう言って一礼してくる騎士団と魔術師隊である。騎士団は接する機会が比較的多いということもあって慣れていて肩の力が割と抜けているが、魔術師隊は割と緊張していたり恐縮している面々が多いな。
この辺は俺自身が魔術師だからというのはあるだろう。政治的に近くなりすぎないように配慮しているというのはこの辺が理由でもある。同じ魔術師だけに影響力が大きいのだ。
「こちらこそよろしくお願いします。立場上あまり大した事はできないのですが、有意義な訓練になれば幸いです」
「はっ!」
俺の言葉に敬礼を以って答える魔術師隊の面々である。
「子供達の訓練している間、危険がないように監督はしておこう」
テスディロスが申し出てくれる。そうだな。ジョサイア王子の結婚式当日はテスディロス達もシリウス号と共に移動する予定だが、氏族の面々は城に常駐しているからな。仮想訓練設備はいつでも使える。
「ありがとう。それじゃあ、そっちは頼むよ。一応野営訓練場の様子を見たり、連絡も取り合えるようにはしておくから」
「分かった」
というわけでテスディロス達は子供達の担当をしてくれる。子供達もテスディロスが真面目な性格かつ面倒見が良いというのはもう分かっているから、安心して接しているようだ。
「よろしくな、テス兄ちゃん……!」
と、そんな風に慕っている子供もいるようで。愛称で呼ばれるあたり、仲の良さも窺える。
そんな子供達の言葉に頷きつつも、小さく穏やかな笑みを浮かべるテスディロスである。うん。テスディロス自身にとっても子供達との交流は良い影響が出ているようだ。
「では、僕達も移動しましょう」
「はい」
というわけで、仮想訓練設備に向かって移動していく。ちなみに飛竜や地竜も一緒だ。リンドブルムやコルリス、アンバー、ティールといった面々に迎えられてお辞儀をするように挨拶をしている飛竜、地竜達である。
当日は護衛として騎士団から竜騎士達も出るからな。飛竜や地竜は賢いから乗り手の言う事をよく聞くし意図を汲んでくれるが、事前にシミュレーションに参加できればそれに越したことはない。
仮想訓練設備は動物組も使えるように作ってあるから、実際に飛竜達も仮想空間に参加というわけである。
「特に危険はないので、身体の力を抜いて楽にしていれば問題はありません。舞台設定等もこちらで行いますので、仮想空間に入ったら自分のいる部屋から出て、後は手順通りにという感じですね」
移動したところで、初めて参加する面々にこれからの流れや注意事項を伝える。翻訳の魔道具を通して意図を伝えているので飛竜や地竜達もふんふんと頷いていたりするな。
そうして騎士団、魔術師隊、飛竜達と……全員が仮想空間内部に入っていった。それを見届けてから俺も仮想空間へと入る。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「はい。お身体の方は任せて下さいね」
「ん。子供達と一緒に見てる。外から何かあれば手伝う」
グレイスとシーラが言って、みんなも微笑んで見送ってくれる。外で見ていてくれるというのなら安心だな。
舞台設定を終えて移動すると……俺の姿は王城セオレムの中庭にあった。外の映像中継を確認しつつ、管理者権限を使ってアナウンスを伝えると、次々と参加者が仮想空間に姿を現す。
「これは――凄いですな……」
「本物の王城そのものだ……」
と、やってきた面々は周囲を見回して感嘆の声を漏らしている。飛竜達も声を上げたり尻尾を地面に打ち付けたりとテンションを上げている様子が見受けられるな。
「実はお城は外側の見える範囲や遠景だけで、中身は作っていなかったりするのです。城の構造等が外部にあって、後で万一悪用されても困りますからね」
「なるほど……。それは確かに」
一同感心したように頷いていた。まあ、結婚式での訓練が終われば当分使わなくなるとは思うが、舞台として何かの折に際し役立つのは間違いない。普段は悪用できないようにロックをかけてきちんと管理しておこう。
城の中庭にはシリウス号が停泊している。城での戴冠式や結婚式が終わったらこれに乗って街中にお披露目という事で移動していくわけだ。今日姿を見せている護衛役も外周りでの出番だから、各々当日の想定に沿った配置に移動してもらい、そこから仮想のシリウス号を動かしていこう。
舞台設定だけで足りないものや今日の訓練にいない人員もいるのだが、そこはそれだ。仮想空間なのだし、必要なものは俺が幻術で出していけば良いだけの話なので。
ちなみに戴冠式に関しては城の内部だけで進められるので仮想空間での訓練をする必要はない。果たす役割も……ジョサイア王子のすべきことが多いからな。
ヴェルドガル国王は迷宮側と契約を結ぶという特殊な事情がある為、戴冠と同時に先代の王からその役割を引き継ぎ、王城内部の聖域に入って儀式も行う。契約継承は国守りの儀のように時間がかかるものではないけれど、王位継承の手続きとして必要な事となっているとメルヴィン王達から聞かされている。
その辺の手順や国王としての義務は王族には知らされているという話だ。まあ、実際にリハーサルまで行うのは戴冠が控えているジョサイア王子だけだな。今は実際手順を確認してメルヴィン王と打ち合わせをしているという話だ。
契約を受ける管理者側――ティエーラは姿を見せなくてもいいので感知したら了承するだけだ。クラウディアがティエーラにその辺の事を伝えたところ「では、お待ちしています」と静かな笑みを見せていた。
そんなわけで配置についたところでシリウス号にて飛び立ち、実際のルートを飛んで演出を行いながら竜騎士や魔術師隊と手順や順路等を確認していく。
一通りの流れが終わったら街中をもう一周して、甲板上にて感想戦というか、別の班から出た意見等も伝えて、どこに注意すべきかなどを情報として共有していく。
「なるほど。中央区や東区は比較的大きな建物が多いだけに逆に死角になる場所も多いのですな」
「そうですね。西区も入り組んだ部分もありますが、表通りはそんなこともないので」
警備をする上では中央区や東区の方がやりにくい。治安の良い区画の方が難しい面があるというのはこうやってリハーサルをしないと気付きにくい部分ではないだろうか。