番外1680 次期国王として
一先ず会食も終わりロゼッタとルシールに魔道具を引き渡す。
「判明している血液の成分の役割や身体内部の各機能については、これを参考にして下さい」
俺の書いた魔道具の取り扱い説明書も一緒に渡す。書いたと言うか、迷宮核に手伝ってもらって形成したという方が正しいが。
魔道具の使い方の他に、血液成分の正常値、異常値と、その役割。各臓器の役割といった知識も書かれているな。魔力の流れについては見たままだ。異常な流れが可視化できるし属性などの性質がある場合はまた細かく色が変わるので、ある程度問題の切り分けもできる。
例えばアシュレイや母さんならば水魔力との親和性が高すぎる事や環境魔力を取り込んでしまう事。魔界のディアボロス族固有の石化の病も、土属性との親和性が高すぎるために起こる事だったな。アシュレイやブルムウッドならばそれが色となって表れるだろうし、母さんと同じ体質ならば環境魔力が融け込む様子が観察できるはずだ。まあ……今の母さんは冥精なので話も変わって来るけれど。
「これはまた……この書物も魔道具の説明書というには貴重な情報が沢山書かれているわね」
「種族によっては不明な部分もありますが、同族に関して言うならある程度は分かりやすくなっているはずです」
魔道具を受け取ると俺の書いた取扱説明書を見ながら真剣な表情で血液を採取し、数値や仮想体を眺めつつ操作盤を弄るロゼッタとルシールである。
「正常な範囲内ね。健康で良かったわ」
「ふふ。医者が倒れていてはいけませんからね」
ロゼッタもルシールも、それぞれまずは自分達で起動テストをする事にしたようだ。採血の際に痛みがない事や、自身の血液の数値などもしっかりと確認しているな。
とりあえず二人からの質問にはいつでも答えられるようにしておこう。今日のところは宿泊していってくれればと伝えているから時間もあるし、俺も予定を空けている。
「ふふ。それは有難いわね」
「助かります」
その事を伝えると二人も笑顔になっていた。嬉しそうなその様子に、母さんが言う。
「しかしこうなると少し惜しいわね。生前なら私の体質に関しても情報を提供できたのだけれど」
「リサも……かなり珍しい体質だったものね。けれどまあ、原因や対処法も分かってきてはいるから同じ体質の人に出会えた時は対応できるようにしてみせるわ」
母さんの言葉にロゼッタが笑顔で応じる。
母さんだけでなくアシュレイやブルムウッドの場合も、対処法というのなら母さんがやっていたように封印術と言う手がある。
母さんの場合は封印の巫女であり、魔術師でもあった。お祖父さん達を助けるという目標もあったから研鑽や研究は必要で、症状を抑えるための封印術を解除しないというわけにもいかなかったのは事実ではあるが……魔法に関わらずに暮らす分には問題はないからな。
それを考えると、ネシュフェルの――タトゥー型刻印術式を使って中和するというのも選択肢に入ってくるのかも知れない。魔力資質が特化し過ぎない程度の加減が効くようになれば、特性封印よりも汎用性があるだろう。魔道具によるモニターができれば、その辺、丁度良いところが模索できるはずだ。その辺は今後の課題だな。
「私としても心強い事だ」
「そうですね。僕としても二人に喜んで頂けて安心しました」
ジョサイア王子の言葉に頷く。ジョサイア王子はフラヴィアとの婚礼を控えている。今後は子供の事も視野に入ってくるが、その頃にはルシールも魔道具にもある程度慣れているだろうし、色々と対応できる幅が増えている事だろう。
「ちなみに、この魔道具に名称は決まっているのですか?」
ルシールの言葉にみんなの視線が集まる。名称か。その辺は決めていなかったな。魔道具以外の呼び方だと分析器と言えば通じるとは思うが、それはどちらかというと種別というか区分のような気もするし。今後活用したり作成する機会も増えていくと思うので固有名称は確かに欲しいな。
「そう、ですね。血析鏡……というのはどうでしょうか。血で分析する鏡という意味ですね」
「確かに用途としても状態を映し出すものだものね」
「鏡というのは納得です」
みんなも二人の言葉に同意するように笑って頷く。気に入ってもらえたようで何よりだ。では、名前も決定という事で良いだろう。
ロゼッタとルシールの今後の予定についても少し時間を取って話をした。
現状は落ち着いている。母子共に健康で、経過も安定しているので往診の頻度は少し減る事になる。ただ定期的に母子の様子を見て、それに応じて今後の予定も変化があるようなら臨機応変に、という事で計画を立てる。
「循環錬気は今後も継続するつもりでいますし、往診と予定を合わせるというのはどうでしょうか?」
「それは、私としても安心できます」
「そうですわね。工房に集まるのは元々でしたし」
カミラとオフィーリアも、エリオットやアルバートとそれぞれ顔を見合わせて頷き合っている。異論はないようだ。
場所や時間などはその都度水晶板を通して打ち合わせればいいだろう。
ジョサイア王子とフラヴィアの子供の事もあるから、そのあたりでいずれまた往診の頻度は増えてしまうとは思うが、しばらくの間はロゼッタとルシールにも時間的余裕ができる。
「血析鏡に触れられる時間もしっかり確保できそうね」
「そうですね。往診の際にも必要なら活用できますし。寧ろ、根を詰め過ぎないようにしませんといけませんね」
血析鏡をいじるのは二人も楽しそうだしな。上機嫌な様子が傍目にも分かるので結構な事である。
「今後は――ジョサイア殿下とフラヴィア様の結婚式と戴冠式に向けて動いていく事になりますね」
「父上の邸宅も家財道具が運ばれて戴冠式後の事も準備できているからね。順調なのは喜ばしい事だ」
メルヴィン王のフォレスタニアの邸宅も準備万端とのことだ。ジョサイア王子の戴冠はメルヴィン王の引退と時を同じくして行われる。結婚式の演出についても工房が関わってくるので、その辺はしっかりと進めていきたいところだ。
「それじゃ、明日からは結婚式の演出について打ち合わせていこうか」
アルバートが笑みを見せて言うと、みんなも頷く。
「無理にとは言わないが準備なり演出なりで、俺達にも手伝える事はあれば言って欲しい」
そう言ってくれたのはテスディロスを始めとした氏族の面々だ。
「ああ。婚礼を祝福してもらえるというのは嬉しいね。勿論、歓迎だ」
ジョサイア王子が頷く。氏族の面々がこうしたことに手を貸してくれるというのは、地上の民と氏族の新しい関係を象徴するものでもあるかも知れない。
「ふむ。裏方だけとは言わずに、というのも良いのかも知れないな。とはいえ各々、種としての立場や考え方もあるか」
ジョサイア王子が思案しながら言う。例えば一緒に街中を移動するだとかそういう案か。
提案とまでいかないのは、自身や氏族の立場、考え方を慮っての事もあるだろう。次期国王であることも考えると提案までしてしまうと相手としては断りにくいから、言い回し一つでも考える事がある。周囲に与える印象も考えて立ち回らなければならないというのは中々に大変であるが。
氏族の面々は共に歩んでいく隣人だ。ヴァルロスとの約束があってここにいるという事もあって、そういう案を押し付ける事もしたくない、という事なのだろう。
ともあれ、その辺は明日以降も演出の計画を立てながら考えていくという事で、その日は話もまとまったのであった。
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