番外1679 会食と医師達の見解と
「これは……すごいな。私は医術や治癒術は専門外ではあるが……それでも素晴らしいものだと感じる」
ジョサイア王子が顎に手をやって言うとアウリアも頷く。
「通常の診察でも緊急時でも役立ちそうじゃな。研究等にも結び付くとなればいずれは色々な場面で恩恵を得られそうじゃが」
「そう言っていただけると作った甲斐があるというものです」
「まずは日常の仕事の補助に使い、応用的な使い方は追々といったところでしょうか」
「確かに。使いこなすにも慣れや知識が必要そうな魔道具ですからね。実地で私達自身も経験し、今までの知識と照らし合わせる必要がありそうです」
ジョサイア王子やアウリアの言葉に、俺やロゼッタ、ルシールもそんな風に受け答えをする。処置に必要な簡単な治癒術は組み込まれているが……あくまで魔道具の目的は患者の状態を可視化するためのものだ。治療法や処方を始め、得られた情報をどう役立てるかは使い手次第というところがある。
具体的な使い方の実演や使用者の契約魔法での登録等は食後に行うという事で会食が始まる。ゴーレム楽団が音楽を奏で、セラフィナとリヴェイラが楽しそうに空中を舞いながら歌声を響かせていた。
食事に関しては先日貰った蜂蜜を使っての照り焼きチキンにサラダ、パエリアに野菜スープといった品々だ。パエリアには貝やイカに加えて、星海群島のトビウオの身も何気に入っていたりして。魚介類の旨味とスパイシーさが相まって結構な仕上がりである。照り焼きの鳥皮もパリッとした仕上がりで良い出来だ。
「ん。魚介類が多いのは良い事」
シーラもパエリアを口にして満足げに耳と尻尾を反応させていた。野菜スープに関しては自家製のソーセージやキノコが入った具沢山スープだ。野菜の甘味にソーセージやキノコの味が相まって後を引く味わいである。
ロゼッタとルシールも気に入ってくれたようで、食事を口に運んで上機嫌そうな笑顔を見せてくれている。この辺は魔道具を受け取った事でテンションが上がっているというのもあるだろう。利用法についても色々考えているようで、二人で意見交換もしている様子であった。
そうして食後のお茶やデザート、というタイミングで、今日のもう一つの目玉が運ばれてくる。
「これは――? 何か嗅いだことのない香りの飲み物だけれど」
「ガステルム王国以西からもたらされた、カカオ豆から作られた飲み物ですね。ココアと言います」
「ほうほう」
ロゼッタの言葉に答えるとアウリアも興味深そうに頷く。カカオポッドの収穫も無事にできたので、そこから発酵や乾燥させてから焙煎を行い、外皮を剥く。そうしたら細かく砕いて粉状にしたり、不純物を取り除いたりしていくわけだ。
それらの工程においては……まあ術式を併用して進めて作ったココアだ。
口に含むとココア特有の香りと味わいが口の中に広がる。飲みやすいように俺の記憶にある一般的なココアに近い味に仕上がっている。
この辺、工程のシミュレーションは迷宮核内で行えるのでかなり楽をさせてもらっている。
焙煎――加熱処理の温度や糖分、乳分の味付けによっても風味が色々変わって来るからな。とりあえず俺に馴染みのある味わいになるよう仕上げさせてもらったというか。
「今の季節より、寒い時に温めてから飲んだ方が合いそうな飲み物ではあるかな」
「確かにそれはあるかも知れないわね。身体が暖まりそうだわ。この季節でも美味しいけれど」
俺の言葉に同意するローズマリーである。
それから――カカオ豆関連と言えばやはりチョコレートだろう。
「同じ豆から作った固形のお菓子もありますよ」
「む。これは良い風味だ。美味だね」
ジョサイア王子がチョコレートを口にして声を上げる。
「これは美味しいですね……。見た目も可愛らしいものです」
「見た目も面白いし、味も後を引きそうだわ」
と、ルシールとロゼッタ。主賓である二人にもチョコレートを気に入ってもらえたようで何よりだ。
初めてのチョコレートという事で、そこからの加工品……例えばチョコレートケーキなどはまだ手出しをしていない。食べやすいサイズと味付けにしつつ、見た目にも楽しめるよう動物や花の形に形成しただけではあるが、中々好評なようだ。
こちらはココアパウダーよりも更に工程が多く、カカオマスにココアバターや砂糖や乳成分を加えて混ぜる必要がある。光球の術式で原材料を混ぜ、不純物や雑味になる原因を分離して作れるので……言うなれば術式による力技で工程を進めた部分が大きい。後々の事を考えればもっと一般的な手順を確保しておいた方が良いだろう。
粉砕や撹拌の工程が不十分だと、ザラつきが口の中に残って食感が悪くなる。まあ、光球の術式で混ぜたので口溶けも非常に滑らかなチョコに仕上がっている。
ともあれ、そうして無事にココアパウダーやチョコレートも確保できたので今日の会食のデザートとして出してみた、というわけだ。
ココアバター自体、食品以外にも美容用のクリーム等々、色々利用できるからな。収穫量をもう少し増やせればそうした用途にも使えるようになるだろう。
「おお。確かに……これは良いのう」
チョコを食べたアウリアが笑顔になって、マルレーンがこくこくと同意する。みんなにも好評なようで何よりだ。
「ふふ。他のお菓子に練り込んだり、四角く形を整えたものを埋め込んだりしても合いそうという話にもなっていましたからね。これからが楽しみです」
グレイスがにこにことしながら言うと、母さんやスピカ、ツェベルタもうんうんと頷いていたりする。料理やお菓子作りが好きな面々はテンションを上げているように見えるな。チョコレートケーキやチョコチップクッキーも作れるようになったので幅が広がるな。
会食の料理や食後の茶や菓子も好評だったようで何よりだ。
食後は魔道具の実演と、契約魔法による利用者登録を行っていく。実演に関しては食後なので時間経過と共に血中の数値が変化していくところも見る事ができた。
「注意点としては……やはりクリアブラッドを用いる頃合いでしょうか」
そう言うとロゼッタもルシールも、俺の言いたいことを察してくれたようだ。治癒術師や医師にとっては薬の効果がクリアブラッドで薄れてしまうというのも知られている話ではあるしな。
この辺の話がしたいから食後に実演を回した部分もある。
「頃合い――なるほど。血液の状態を診るから、クリアブラッドをすぐに使ってしまうと状態の確認ができなくなるのね」
「かといってクリアブラッドをすぐに使わないと場合によっては救命が間に合わなくなってしまうこともある……と。確かに、使いこなすには知識や経験が必要ですね」
そうだな。クリアブラッドを使ってしまう事で原因が分からなくなる。逆にすぐに使わない事で対処が遅れる。どちらもあり得る話ではあるが……一秒を争う事態であるなら救命が優先されるべきであろう。
実際にクリアブラッドを用いて数値の変化を二人にも見てもらう。ロゼッタとルシールだけでなく、みんなも興味深そうにそれらを見ていた。
「変動した数値は食事の後の栄養分、という事で良いのかしら?」
「そうなりますね。それから、魔道具に表示される数値は本人との魔法的な繋がりを利用しているので、受け取った血液側に変化が生じているわけではありません。実験や検証も行えるように血液の状態はなるべく保たれるように作っていますが……原理的に採取した血液に薬や毒を混ぜたとしても、表示される数値に変化は起きません」
「あくまで本人の状態が表示され続けるということね」
そうなるな。だから採血を行ってそのサンプルを用いての実験をしようと考えるならば、終了処理手順を一部省略して採血皿から回収して改めて行う必要がある。魔道具に表示される数値類は、あくまで患者のリアルタイムでの状態観察を目的とした魔道具なのである。
そうした注意事項や盗難や悪用しようとした者に矢印の呪法が発動する事等々も説明していく。便利な点、問題点や改善点、追加した方が良い機能等があればその辺を教えてもらえると嬉しいと、そう伝えると二人は笑顔で頷いていた。ロゼッタとルシールであれば専門家なので色々と参考になる意見が聞けるだろう。