番外1678 二人の医師にとって
ロゼッタとルシールへのお礼に合わせて、準備を進めていく。植物園に向かい、作物の様子を見て収穫と下準備をしたり、それらを元に料理や菓子を用意したりといった具合だ。
新しい作物に関しては……前世の知識もあるし、少ないながら文献もあるので利用法はある程度分かっている。迷宮核での解析と検証も行ったが、こちらも問題なさそうだ。
収獲や発酵の作業はみんなと共に行った。植物園の住民達が生育を促進してくれているということもあり、株分けと今回使うものと必要な分を確保できたので、新たなスペースで更なる栽培もして、一度の収穫量を増やせるようにしていく。
「ロゼッタには色々お世話になったし気苦労もかけてしまったから、こうやってお礼のために色々動けるというのは良いわね」
母さんも上機嫌に準備を手伝ってくれた。母さん自身にとってもそうだし……俺やグレイス、アシュレイもタームウィルズに出てきてからこっち、お世話になっているからな。
「子供達の事も含めると親子三代で、という事になりますね」
「ふふ。そうなるわね」
グレイスの言葉に母さんは楽しそうに笑う。うん。しっかりとお礼の気持ちを伝えられたら良いな。
そんな話をしながら作業を進めていき、諸々の準備を行い……そうして一日一日が過ぎて、無事に予定の日を迎える事となった。
アルバートとオフィーリア、コルネリウス。エリオットとカミラ、ヴェルナーがフォレスタニア城に顔を出す。関係者という事でフォブレスター侯爵夫妻やケンネル、ドナートといった身内も呼んでの会食だ。
ロゼッタへのお礼という事で、昔からの知り合いであるアウリアや、肩を並べて戦った事のあるタルコットを始め、工房の面々も顔を出す。
ルシールに関してはジョサイア王子とフラヴィアも、今までやこれからの事を考えて挨拶に行きたいとのことで、二人もフォレスタニア城にやってきていた。
ジョサイア王子はフラヴィアとの婚礼を控えている。子供の事を考えたら、その時は典医であるルシールが担当医となるし、こういう機会に挨拶を、というのは分かるな。
「今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。ルシール先生に喜んでいただけると嬉しいですね」
一礼するフラヴィアに応じる。
「先生には私達兄弟姉妹も普段から世話になっているからね。こうした時に私からも感謝の気持ちは伝えておきたいな」
ジョサイア王子は顎に手をやって頷いたりしている。
そんなわけで顔触れも揃ったところで準備の進捗状況を確かめつつ、頃合いを見てフォレスタニア入口の塔までみんなで迎えに行った。
ロゼッタとルシールは時刻通りにフォレスタニアに現れる。道案内はフォレストバードの面々だ。馬車で迎えに行ってもらった。
「ここまで盛大に出迎えまでしてもらえると、恐縮してしまうわね」
「医の道を志した者として、嬉しい事ではありますね」
顔を合わせて挨拶をすると、ロゼッタが少しはにかんだように笑い、ルシールも穏やかな表情で頷く。
「お二方には感謝していますので。これからも、是非よろしくお願いしますね」
「ええ。こちらこそ」
「ふふ。そうですね」
オリヴィア達の事もあるし、アシュレイやクラウディア、マルレーンやエレナの子供達も数年後には、という話になっている。うん……。きっとその子達も可愛いのだろうが……ああ、いや。近い将来の事に少し気が逸れてしまいそうになるが、今は目の前のことに集中しよう。
「みんなもありがとう」
「いえいえ。こういう場で大事なお仕事を任されたように思えて嬉しいですよぉ」
フォレストバードの面々に送迎に行ってもらったことに礼を言うと、ルシアンがにこにこしながら応じてくれた。フォレストバードの面々は実力もあって人当たりが良いからな。こちらとしても安心して任せられるというか。
というわけで入り口の塔を降り、馬車に乗ってフォレスタニア城へと移動した。城の入り口ではゲオルグやセシリア達も待っていて。城のみんなで二人を歓迎する。
「お待ちしておりました。我ら一同も歓迎いたしますぞ」
セシリアとゲオルグが挨拶すると二人も笑顔で応じる。ちなみにゲオルグと二人は、俺とは関係のないところで元々面識がある。
ルシールは王城の典医であるから武官として名の知られていたゲオルグと知り合いというのも当然ではあるかな。ステファニアが現オルトランド伯爵領を任される前は、ゲオルグも王城にいたわけだし。
ロゼッタに関しては、冒険者時代に騎士団に絡んだ依頼を引き受けた事で面識を持ったという話だ。
そんなゲオルグから賓客として歓迎されつつも、フォレスタニア城内部へと案内されていく二人である。
手荷物を預かってから会食場へ。諸々の準備はもうできているな。クレア達が料理を運んできてくれた。宴会というよりは感謝の意味での食事会というところではあるが。
席に案内して少し落ち着いたところで、早速歓迎の席の口上を述べる。
「今日はお二方にご足労頂き、嬉しく思っています。子供達がこうして育ち、みんなも復調してきたのはお二方のお陰です。僕達も細やかに動いて頂き、日々安心して過ごす事ができました。またお二方だけでなく、城で働いているみんなにも支えてもらい、相談に乗ってもらって感謝しています。その想いを伝えられたらと、ささやかながらもこうした席を設けました」
フォブレスター侯爵家やシルン伯爵領、オルトランド伯爵領からも列席して二人に感謝している、ということに触れつつ、言葉を続けていく。
「最初は……感謝の意を伝えるために贈り物を用意したいとみんなと話をするところから始まりました。何が良いのかと話し合ったのですが、お二方には仕事に関わるものならばきっと喜んでもらえるだろうと、新しい魔道具を用意しました」
そう伝えると、ロゼッタとルシールが驚きの表情を浮かべる。視線を向けるとテスディロスが頷き、檀上の脇に用意されていた布を取り去る。そこには先日完成したばかりの魔道具を収めた……二つの収納箱が鎮座していた。
「治癒術や医術に関わる新しい魔道具……。何だかすごそうね」
「境界公やアルバート様のお作りになった魔道具ですからね……」
ロゼッタとルシールは驚くと共に期待もしてくれている様子である。先程までは気を抜いていた様子であるが、自分達の仕事に関わるという事で居住まいを正して興味深そうな視線を収納箱に向けている。
まず魔道具のことを伝えて、その上で会食となれば喜んだ気持ちのままで過ごしてもらえるかと思っての流れであるが。さて。
収納箱を開き中身を見てもらいながらもマルレーンのランタンを借りて、ドッペルゲンガーと仮想の五感リンク、成分分析や立体図、魔力の流れといった原理や機能の説明をしていくと、二人の目が大きく見開かれていくのが分かった。
「……といった機能を備えた魔道具なのです。血液を必要とする魔道具なので、実演は食事の後にしましょうか。一応試験は済ませています」
俺の説明を聞き漏らすまいと聞き入っていた二人であったが、それが終わるとロゼッタは目を閉じて胸に手をやる。
「――驚き、というよりは想像以上だわ……。私にとっては長年の課題を解決する事にも繋がる。これがあれば……魔力資質に起因した病もきっと克服できる」
長年の課題か。ロゼッタにとっては……母さんに関する事でもある。循環錬気について色々調べていたのも……恐らくは治癒術師でありながら母さんの体質については対症療法しかできなかったからで。アシュレイに対して親身になってくれたのも、そうした想いがあったから、かも知れない。
「素晴らしい魔道具、です。日々の治療が迅速かつ適切になり、より多くの人命が救われるというのは勿論のことですが……医術や治癒術の発展に大きく寄与するものではないかと。こんな素晴らしい物を、本当に私達が受け取ってしまっても良いのですか?」
ルシールも真剣な面持ちでそう尋ねてくる。
「はい。先程も言いましたが、感謝の気持ちを伝えたくて作ったものですから。それに、お二方になら実地で役立てて頂いた上で、魔道具を運用して得られた情報について、必要な部分は共有できるかなという想いもあります。有効性が確かなものなら、更に同じ魔道具を作って普及させることもできますし」
現場の声をフィードバックして改善点を見つけたりすることもできるし、その過程で治療や研究に役立ててもらえるならば、こんなに良いことはないだろう。学舎で講師をしているロゼッタは勿論、ルシールも王城の典医として医術の勉強や研究は怠っていないとメルヴィン王から聞いている。王城お抱えの治癒術師達とも意見交換をしたりもするという話だ。
「ありがとう……。本当に素晴らしい魔道具だわ」
「きちんと役立てられるようにこれからも精進していきたいものです」
そう言って頷き合うロゼッタとルシールに、みんなからも拍手が起こる。
こっちの想像していた以上に喜んでもらえたというか、相当期待度が高い印象だな。作った魔道具が二人の期待に応えられるものであるならば、俺としても嬉しい。今後の魔道具の改良や子供達の事も含めて二人とはいい関係を続けていきたいものだ。