番外1677 魔道具を贈るために
想定通りの挙動になっていることを確認し、プリントアウト等、一通りの機能を確かめてから一旦俺自身の分析を終了する。
「終了処理を行う時に、浄化すると同時に採取した患者の血液が他の呪法や魔法に再利用できないように、縁切りを行うようになっているんだ。これは正規の手順で分析を終えた時も、非正規の手順で無理やり血液を取り出そうとした時も同様に処理される」
「一旦終了処理をしてしまうとまた採血しないといけなくなるけれどね」
「まあ、衛生面も考えると都度使い切りが妥当ではあるかな」
アルバートの言葉に頷いてそう答える。
血液、爪、髪等……対象の身体の一部が呪法の触媒として使えてしまったりするからな。悪用されるのは避けたい。
当然、原理的には終了処理が行われるとドッペルゲンガーの特性も発揮できなくなるし五感リンクも切れてしまうけれど、ここはまあ仕方のない事だ。
それらが確認出来たところで一通りの機能確認は終わりだ。バグチェックという事で、複数人の血液サンプルを分析用トレイに垂らしてみる、という試験も行っていく。
この場合は混入の検知が出てエラーになるな。ドッペルゲンガーも複数人の血液を同時に摂取したところで変身できるわけではないので、元々の能力通りではある。
「ちゃんと、私達でも大丈夫みたい」
「これなら安心だね」
カルセドネとシトリアもバグチェックの手伝いをしてくれた。これは双子の場合でもきちんと検知できるかのチェックだな。結果としては双子であってもきちんと混入を検知してくれるのでありがたい。DNAで判別というよりは契約魔法や魂での判別をしているのだとは思うが。
改めて俺だけではなく、他の面々も諸々の動作確認を手伝ってくれた。別種族での動作確認も行う必要があるからな。みんなも飲食をしたり軽い効果の薬草、ポーションや魔法薬を使ってみたりと、複数回経過観察も行っていった。
とりあえずみんなの体調確認もできて一石二鳥というか。みんな数値で見るなら体調も良く、健康そうで何よりだ。期せずして健康診断のようになってしまったが、割合楽しそうに数値や立体モデルの確認をしていた。
「使いやすさも気になるところだけれど、どうかな?」
「ロゼッタ先生やルシール先生がどう思うかまでは判断できませんが……お二方とも本職ですし、私達よりこうした数値への理解度等も高いのではないかと」
「ん。分かりやすく表示してくれるから使いやすい」
モニターの数値を見ていたアシュレイが笑顔で応じ、シーラもそんな風に言ってくれる。
使い方の軽い説明も交えてみんなにも実際使ってもらったが……使用感に関しても特に問題はなさそうだ。ユーザーインターフェースは景久基準なのである程度洗練されているからな。アシュレイの言う通り、ロゼッタとルシールは本職だし、慣れれば使いこなしてくれると思う。
「良さそうだね。それじゃあ、もう一つも組み上げていくことにしよう」
ロゼッタの分とルシールの分で二台用意する予定であるが、こうして出来上がった物を見て完成度や意義を考えると、治療そのものの補助は勿論、医学や治癒術の発展や研究にも寄与しそうな魔道具だ。追加でもっと数を作っていく事になるかも知れないな。
そうして二台目の魔道具も組み上げて、同様に動作テストを行っていき――無事に魔道具は完成したのであった。後はロゼッタとルシールにお礼として渡すにあたり、収納と運搬できるケースも作っておきたい。
ケースに関しては運搬や運用するにあたっての実用性があれば装飾を盛っても問題はないからな。
こちらもみんなと共に装飾を考えるが、基本的には魔道具にデザインを合わせる形となった。
白地に銀とミスリルの青に色合いを合わせて箔押しをしたものだ。こちらもあまりゴテゴテとさせ過ぎない程度なので、優美で上品さの先立つデザインになったように思う。
レビテーションが組み込んであるから持ち運びも簡単である。箱そのものに魔石は組み込まれているが複雑なものでもなく、魔道具というほどではないが中身を保護する性能としても十分なものだ。
収納ケース自体はそれほど時間もかからずに製作する事ができた。
「収納と保護用だけれど見た目も良いね」
「贈り物だからね。包装にも気を遣いたいというか」
出来映えを見て満足そうなアルバートに俺も答える。ともあれ、これで準備も出来た。後はロゼッタとルシールに贈るだけだ。
「みんなで予定を合わせて集まるのが良いかな。日頃の感謝を込めるにしても、色々方法は考えられるけれど――」
「どうしても直前まで秘密にしたいという意向であれば、今後の予定についても相談をすると伝えれば、お二方にも十分な時間を作っていただける、かとは思いますが……」
俺の言葉を受けてエリオットが言いながら思案する。
フォレスタニアにフォブレスター侯爵家、オルトランド伯爵家と、現状三つの家に往診に来てくれているロゼッタとルシールであるが、それぞれの母子の経過も順調だし、今後の予定も変えていって問題ない頃合いと言っていたので、その辺の予定も詰める必要がある。贈り物も渡し……その上で予定についても話をする、という事もできそうだ。
ただ、感謝の言葉と共に魔道具を贈るだけというのも味気ないし……感謝の意を伝えるための席ぐらいは設けたい。
「そうだね。十分な時間を作ってもらうためにも、その辺のことは事前に伝えておくことにしよう」
「お二方ともお忙しい身の上ですからね。確かに、きちんと伝えておく方が良いと思います」
「確かに。贈り物だけは直前まで秘密にしておく、という事で良さそうですわ」
カミラの言葉にオフィーリアも楽しそうに笑って同意する。
というわけで方針としては決まりだな。そのまま当日の催しであるか、どんな料理を出すのかといったことについても話し合いの時間を設ける。
工房での一仕事も終わっての打ち合わせという事もあって、みんなも焼き菓子とお茶で一息つきながらの、和やかな雰囲気の中での話し合いだ。
「植物園で、新しい作物がもうそろそろ収獲できそうという事でしたが――」
「あれね。丁度いい頃合いだと思うし、今度の席で試してみようか」
グレイスの提案に笑って頷く。
以前貰ったものなのだが、俺も収獲を楽しみにしていた。本来ならもっと時間のかかるものなのだが、収穫が楽しみということを伝えていたからか、何やら成長も異常に早かったようで……。
多分植物園の面々から目をかけられていたという事なのだろう。フローリアに花妖精、ノーブルリーフ達と、生育を促進する面々には心当たりが有りすぎる。きっと俺の言葉を受けて目をかけてくれていたのだろうが。
まあ、収穫してから発酵や乾燥といった工程が必要というのも分かっているからな。すぐに料理に使えるというわけではないのだが……この場合丁度良い。予定に合わせてそちらを進めていけば良いのだから。発酵と乾燥に関しても、魔法で時間短縮は可能だろうし、スケジュールは合わせられるはずだ。
そうして諸々の話が纏まり、ロゼッタとルシールにも連絡を入れる。
「――というわけで、お二方にはかなりお世話になっていますから、みんなでお礼の席を用意したいという話になりまして」
『あら。それは嬉しいわね』
『感謝のお気持ちを伝えて頂けるというのは嬉しいものですね』
ロゼッタとルシールはその話を伝えると嬉しそうな表情をしていた。仕事だからと言っても日常接している時間も長いしな。ロゼッタはアシュレイの師でもあるし、母さんの古くからの友人だ。ルシールもステファニアやマルレーン、アルバートにとっては昔からお世話になっているし。
というわけで二人の予定も合わせ、魔道具を渡すお膳立ても整ったのであった。