番外1676 境界公の魔道具試験
内部に魔石を配置し、ミスリル銀線を繋いで組み上げていけば、程無くしてその作業も完了する。
「これで一先ず出来上がりだね」
「銀と青の装飾が格好良いね……!」
「意匠の勉強もしたくなります……!」
アルバートの言葉に、興味深そうに魔道具を見やるユイとサティレスである。サティレスとしては地力の強化も重要だが幻術の完成度も高めたいという事だからな。
最終的に問われる事になる実力は当然として最大の武器を鍛えるのも必要だ。
してみると五感に働きかけるサティレスの能力の場合、幻術の完成度を上げるならば意匠や映像といった視覚的刺激だけに留まらず、多岐に渡って様々なものを経験する事が重要だ。
例えば音楽、香水、料理といった聴覚、嗅覚、味覚もそうだし、物品の手触り……触覚に関わる部分であるとか、様々なものが幻術の完成度を高めてくれるはずである。
「それじゃあ動作確認していこうか」
「ふふ。新しい魔道具の試験は何だかわくわくしますね」
「ん。同感」
グレイスの言葉にシーラが言う。みんなと一緒に笑って頷いてから、操作盤に触れて魔道具を起動させた。
水晶板に光が宿り、何ができるのかを示す簡易のメニューが表示された。
側面から伸びるアーム部分は多目的に使えて、これも操作盤からある程度自由に動かす事ができる。操作盤から露出している水晶球に触れながら意思を込めると、アーム部分はティアーズのマニピュレーター同様に自由な動きを見せた。
「うん。動作範囲は問題ないね」
ある程度伸びたり縮んだり。各種作業をするのに不都合はあるまい。
では――各種機能を使ってみよう。水晶板に表示されているメニューを見ながら意思を込め、採血モードを選ぶ。
すると水晶板の画面が切り替わり、採血の手順が表示された。採血前の消毒や実際の採血等を魔道具側で行ってくれる。
やり方は簡単なものだ。手順の色が順番に変わっていくので、表示される指示通りに魔道具を操作したり検査を行っていけばいい。
アームがまず消毒される。後はマニピュレーターを患者に触れさせればいい。手を重ね合わせるでもいいし、手足や腹部に触れさせるでもいい。
そこからは患者の血管の走査、消毒と鎮痛、実際の採血、採血の際につけた小さな傷の治療といった工程をメニューで可視化しながら進めていける。
手を重ねて置いてやると、アームが血管を走査する。消毒と鎮痛処理が施され、ゴーレム生成の要領で即席の注射器が形成されて採血を行う。この注射器についてはその場で形成されて新しくなるのでかなり衛生的だ。都度アーム周りの浄化も行われるしな。
痛み等は全く感じない。
分析用の皿――トレイがアームの手首のあたりからスライドするように迫り出してきて、採取した血液を受け取ると血液サンプルの汚染防止にトレイに蓋をして……採血から分析モードに移る。
分析の工程での機能は大きく分けて二つだ。採取した血液の成分分析と、ドッペルゲンガーの能力と五感リンクを応用した仮想モデルの構築である。
分析機能についてはそのまま。血液の成分を仮の番号で分類し、異常な数値や成分をピックアップするというものだな。
この番号や数値については……景久の記憶の一部を迷宮核に精査させたものを基としている。
病院の血液検査の結果などを曖昧になった記憶からさらってきて、どの成分が何に関わるのか、正常な数値と異常な数値の範囲は、といった部分の記憶を参考に……迷宮核のシミュレーションによって分析用のデータベースとして反映させたものだ。
種族による違いもシミュレーションを行ったので割と汎用性もあるデータベースとなっている。
「おー。光るテオドールが映ってる」
シーラが言った。空中に俺の姿の立体映像が映し出されている。ぼんやりとした光に包まれた姿だが、顔部分は判別ができるな。
「仮想体を立体映像として表示する事で患者の現状の可視化ができるわけだね」
魔道具上部から少し出ている結晶体から光が展開し、空中に俺の仮想モデルを投影しているというわけだ。
ぼんやりとした光に包まれているのは……まあそのままだと裸体が表示されてしまうので患者のプライバシーに配慮しているわけだな。身体のラインが見えない程度に光っている。
デフォルトでは透視図は見る事ができても裸体は見えないようになっているのだ。但し、皮膚炎や湿疹、火傷、傷といった体表面の異常があれば、この状態でも患部付近の光の色を変えてくれるので分かりやすくなっている。
この仮想モデルにより筋肉、骨格、臓器の状態といった身体内部の状態を把握したり、魔力の流れの異常な箇所を発見したりできるわけだ。
症状の聞き取りや成分分析と組み合わせれば患者の状態や原因をかなり正確に知る事ができるはずだ。
「この魔道具の優れている点としては――ドッペルゲンガーの能力と五感リンクを応用しているから、患者の状態が即座に反映される事だね」
と、浮かんでいる仮想モデルに注目しているみんなに伝えていく。
試験がてら分かりやすく説明していきたいと思う。いくつか試験用の物品を持ち込んでいるのでローズマリーに魔法の鞄からそれらを出してもらう。ナイフや薬、飲み物といった類の品々だ。
まずナイフを手に取り、指先に小さな傷をつけると同時に、立体モデル側も指先――対応する箇所の光の色が変わって傷が強調表示された。魔道具のアームを操作して指先の傷を治癒術で塞いでやる。医療補助としてのこうした簡易術式機能も問題なく使えるな。
傷口が塞がれると立体モデル側にも反映されているのを確認できた。
「いいみたいだね」
アルバートがそれを見てにこやかな表情で頷く。
続いて……血液成分分析機能のテストだ。かなり弱めの果実酒を持ってきているので、それを少し飲ませてもらって状態が反映されるかを見ていくわけだ。
「昼間から酒を飲むのも何だけど……まあ弱いお酒だし試験だからね」
酒飲みの言い訳のような事を口にしつつ果実酒を小さな杯で飲ませてもらう。
アルコール度数が低めなのは血中のアルコール濃度が低めの状態でも検知できなければいけないからだな。早速少し飲ませてもらって状態の推移に注目するが……すぐに数値上のアルコール濃度等に変化が出ていた。自覚がない程度の微量な数値でもきっちり上昇の推移が見られるのは良い事だ。飲食後の血糖値も五感リンクなら微細な動きが分かる。
「いいね。お酒が体内に入った事がよく分かる」
透視図の表示も行っていくが……ここでも変化が見られるな。とはいえ、胃の内容物の有無までは分かるがその詳細までは分からない。未消化の飲食物は自分の身体扱いではないから五感リンクに反映されるわけではないし。
更にここに鎮痛作用を齎す薬も少し飲んで、血中の状態を確認していく。飲酒共々体内に薬や毒物等が入った状態の試験ではあるが、しっかりとモニター上で追えているな。後は体内で分解されていく過程を数値で追う。頃合いを見て魔道具側に封入された術式からクリアブラッドも使っていこう。
アルコールや薬物の分解の過程が進むのを待つ間、もう一つの立体映像の表示モード……魔力の状態の可視化を試していく。これは魔法薬や呪法、魔力に起因した体調不良の影響がないかを見るために役立つものだ。異常な魔力の流れはやはり光の色で強調して表示される。
循環錬気を行って体内魔力を操作すると、魔力の流れもそれに応じて変化する。手足に魔力を集めたり、通常の魔力操作を行ったり、無害ながらも呪法や魔法薬を使ってその状態を確認したりと、概ね搭載された機能が想定通りに動いているのが分かった。
血中の成分変化もしっかり数値で追えているし、推移の過程をログとして一時的に保存したり、封入された水魔法とインクを使えばログのプリントアウトもできる。よし……。これならば概ね問題なさそうだな。