番外1674 妖精姫と人の街と
サティレスの歓迎会は賑やか且つ和やかな雰囲気で進んでいった。
イルムヒルト、ユスティア、ドミニクの演奏に合わせてユイやセラフィナ、リヴェイラと一緒に歌を歌ったり、小さな子供達や、氏族、迷宮村の子供達と顔を合わせて楽しそうにしていたり……やはり妖精らしい性格や好みをしていると言えるだろう。
特にオリヴィア達の顔を目にした時のサティレスは一瞬停止して感動していた様子であったからな。
「ふふ。小さな子供達が好きなんですね」
「それはもう……! 実際に目にするとこんなに可愛らしいなんて……驚きです」
グレイスの言葉ににこにことしながらフロートポッドの中を覗き込んでいたサティレスだ。
そんなサティレスの反応にキャッキャと声を上げて手を伸ばすヴィオレーネ。
「ん。ヴィオはサティと握手したいのかも」
シーラがそんな風に言うと、サティレスは俺に期待感を込めた目を向けてくる。少し笑って頷くと壊れ物を扱うように恐る恐る手を伸ばし、ヴィオレーネに指先を握られて「わあ……」と小さく声を上げていた。エーデルワイスを抱かせてもらったり、ルフィナの髪をそっと撫でたり、オフィーリアが連れてきたコルネリウスの頬に触れたりもして。
子供達もサティレスも楽しそうで結構な事だ。うむ。
そうしてサティレスの歓迎会も盛り上がって幕を閉じたのであった。
明くる日からは予定通りだ。
確保した魔石を使い、アルバートと共にロゼッタとルシールに渡すお礼の魔道具作成に着手する事となった。
サティレスの今後についてはヴィンクルやユイと同じく、外の世界を知ったばかりという事で、フォレスタニアに滞在して行動を共にし、しばらくの間社会勉強をしていく予定だ。
というわけでみんなと共にサティレスを連れて工房へと移動していく。今日はドッペルゲンガーの性質を付与した魔石を作るから、アンブラムも一緒だな。
「一先ず、星海群島の改造と再配置についてはその魔道具作りの後になるかな。サティレスには少し待ってもらう事になってしまうけれど」
「承知しました。私としても区画よりティエーラ様の護衛を第一義としておりますからお気遣い頂かなくとも問題ありませんよ」
侵入者の排除にしても、星海群島はまだ独立した区画だから迷宮防衛と直結していないしな。
仮に現時点で深層への侵入者が現れたならば、別の区画でみんなと連携して対処していく形になるだろう。
そうしてフォレスタニアからタームウィルズへ。フロートポッドに乗って街中を見せながらも工房へと向かう。
「外は賑やかで活気がありますね。星海群島は静かな区画でしたから、余計にそう感じます」
街の様子を見てサティレスが言う。サティレスにとってはフォレスタニアもタームウィルズの街並みも、初めて見る外界だ。
「目覚めてからはお一人だったわけですよね。中々に大変だったのでは」
サティレスの事を心配するような表情でエレナが言う。孤独、というのは一人で眠りにつくことになったエレナにとっては他人事ではないからな。ましてや目覚めてすぐ一人でというのを想像してしまうとな。
「ふふ、ありがとうございます」
サティレスは嬉しそうに笑い「ですが」と付け足すように言った。
「必要な知識は与えられていましたし、それほど長く待っていたわけではありませんから不安などは有りませんでしたよ。テオドール様達が区画に来るまでは星空を見たり、浅瀬を歩いたりして過ごしていました。区画の様子や魔物達、自分自身にできる事を確かめたりと、守護者としてもする事が多かったので退屈や寂しさを感じる事もありませんでしたし」
迷宮魔物達やエレメントフェイクは能動的な対応こそしてくれなかったが、区画内にいる小動物はサティレスがいると周囲に寄ってきたりしていたとのことだ。
「それは――何よりです」
エレナがサティレスの言葉に安心したというように頷く。
「ただ、外の様子を知らなかったから、というのはありますね。こうして外の活気や皆様と過ごした時間を知ってしまうと、また感じるところも違ってきそうです」
「守護者にとっては大事な事だと思うわ。私の時とは違って、同僚も多いから安心ではあるわね」
クラウディアが微笑む。永い時間の過ごし方というところにも繋がってくるな。その点で言うとティエーラとコルティエーラから始まり、ヴィンクルやユイ、ヘルヴォルテにアルクス、アルファ、べリウスと、共に過ごせる者達の寿命が長く、良好な関係を築いていけそうだというのは良い事だと思う。
ともあれサティレスは人々の日常の暮らしを見るのも初めてだ。目を輝かせながら熱心に市場や店、人の行き交う様子を眺めていて、街を行く子供達がフロートポッドに向かって笑顔で手を振ってくると表情を綻ばせていた。
やがて俺達を乗せたフロートポッドは工房に到着する。すぐにアルバートやオフィーリア、それにエリオットとカミラ、ビオラ達や工房の面々が顔を出して、俺達を迎えてくれた。
エリオットとカミラもヴェルナーの事でお礼を伝えたいから、こうやって魔道具作りに顔を出してくれた。
「やあ、テオ君。待ってたよ」
「これは境界公」
「ああ。お待たせ」
というわけでアルバートやエリオットとの挨拶もそこそこに早速仕事へと移る。擬態獣の魔石についてはもう工房に預けてあるからな。
「工房の人達の言う事をよく聞くのよ」
「ふふ。こっちに来てね」
アンブラムはローズマリーの言葉にこくんと頷くと、ヴァレンティナに誘導されて魔石構築の工程へと向かった。
アンブラムの自意識は薄いが、魔石への属性付与をしている際にローズマリーが直接制御というわけにもいかないからな。変に術式との競合を起こしてしまっては困るので、フラットな状態で進めなければならないから変身も解いている。
まあアンブラムに関して言うなら自意識が薄い分、制御していない時は大人しくて素直だ。ああしてローズマリーが伝えておけば問題はあるまい。
「魔道具用の術式は……これだね」
術式を書きつけた紙をアルバートに渡す。
「ん。確かに。魔石が仕上がってきたら早速作業に移るよ」
と、そう答えるアルバートは軽くストレッチのような仕草をしていて作業に望む気合も十分といった様子だ。アルバートにとってもコルネリウスの事でお世話になったお礼なのだし、当人の性格的にも、というところはある。
それから、魔道具の機能に沿ったデザインや細かな装飾について。これらはグレイス達とオフィーリア、カミラが話し合って決める形だ。
治癒系の機能も統合されるので水属性の魔石付与も必要だ。こちらは今回アシュレイではなくエリオットが担当する。何分エリオットは領主として忙しい立場だからな。魔石確保には参加できなかったが、これぐらいのことはしたいとのたっての希望である。アンブラムの魔石が仕上がったら続いてエリオットが魔石付与の作業に入る、ということになるだろう。
そんなわけでアンブラムとヴァレンティナの作業が終わるまでは、術式の確認をしたり工程の確認をしたり、装飾について話し合ったりといった時間を過ごさせてもらう。
「それじゃあこの辺にも何か欲しいところね」
「水晶板の周りに飾り枠を付けるとか――」
魔道具の完成系に装飾を付け足して、良いと思うデザインに落とし込んでいくというわけだな。この辺は任せておいて大丈夫だろう。マルレーンのランタンを使って幻術を浮かべ、みんなもお茶を飲みながらも楽しそうに話し合いを行っていた。ロゼッタとルシールにも喜んでもらえると良いのだが。