番外1673 歓迎の宴
というわけでサティレスの歓迎会だ。料理についてはスピカとツェベルタが中心になって準備してくれているが、みんなも休憩は十分とったし歓迎会の料理に携わりたいという事で、俺達も一緒になって料理の準備を進めた。
ヤシガニから身を取り出したりするのも手間がかかるしな。みんなでやってしまえば早い。
素材として利用しやすいように丁寧に殻を切り開く。通常ヤシガニや蟹のような甲殻類は殻を器代わりにしてそのまま焼いたり茹でたりといった形になるが、今回はその殻の方をしっかりと素材として利用する必要がある。切り開き方も少し工夫しなければならない。
食器代わりにする事自体は構わないが、歓迎会の後に素材として利用しやすいよう形を整えておかないとな。
トビウオやウミヘビはまあ、魚類なので素材の剥ぎ取りを兼ねていても捌きやすい方ではあるか。素材もヒレや口元、血液であるし、料理とあまり競合しない。
「素材は工房に運べるようにしておくから、改めて保存箱に入れておいてね」
「分かりました」
アシュレイがマルレーンと共に微笑んで応じる。
そんなわけで下処理がてらそれらの素材を選り分け、改めて保存箱に入れて状態を保ちながらも料理を進めていく。
サティレスの歓迎という観点から言うと、果物や蜂蜜を使った品々こそ重要になってくるからな。そちらにも時間をかけていこう。
「蜂蜜や乾燥させた果物に関しては先日貰ったものがあるからね。あれを活用していこう」
俺の言葉にみんなも頷く。
エルフの集落やエインフェウスに野営に行った際に貰ったものだな。それらや植物園から収穫してきたものを使ってデザート作りも進めていく。
炭酸水もあるわけだし、フルーツポンチというのも悪くないな。飲み物というよりはデザートの範疇ではあるが、サティレスにもきっと喜んでもらえるだろう。
当人はと言えば……俺達が料理を作っている間は中庭にて城のみんなと交流や挨拶をしながら待機中だ。歓迎会なので準備は終わるまで当人には見せない方が楽しんでもらえるだろうからな。
『妖精なんだね。ふふ。よろしくね……!』
『こちらこそ』
笑顔でフローリアと握手をしているサティレスである。妖精とドライアドは相性が良いだろうな。
ゲオルグやフォレストバードといった城で働いている武官達、文官達もサティレスに挨拶したり、カーバンクルやマギアペンギン達とも交流したり、中庭ではほのぼのした光景が展開されている。
やがて各種食材を使った準備も終わって……フォレスタニア城のダンスホールに宴会場が用意された。楽師役についてはゴーレム楽団をと考えていたが、ドミニクとユスティアが丁度遊びに来たので、イルムヒルトと宴会場で一緒に歌と演奏を披露してくれるという事になった。
「ん。二人ともありがとう」
「ありがとうございます」
俺の言葉と共にサティレスがお辞儀をする。
「ううん。私達も賑やかなの、好きだからね」
「喜んでもらえたらいいのだけれど。それに、私達が歌いたいからというのもあるし」
「だよね。聴いてもらえるのは嬉しいもん」
そんな風に言って明るく笑いながらも、やる気を見せているドミニクとユスティアである。
そうしていると料理も運ばれてくる。星海群島の各種食材を使った料理に加えて、フルーツの盛り合わせもだな。食後のデザートというわけではないのは、やはりサティレスの好みを考えてのものではある。
「ん。星海群島の食材は海の幸だから楽しみ」
というのはシーラだ。魚類と甲殻類だからな。シーラとしては喜ばしい事なのかも知れない。
トビウオ、ウミヘビ、ヤシガニと……割と珍しい食材ばかりなので、各種塩焼きに天ぷら、汁物、すり身といった具合に、複数の調理法を試している。
トビウオと言えば、あご出汁も有名だからな。一部は使わずに乾燥させて後で使わせてもらおう。
これら食材の身をほぐして炊き込みご飯も用意している。基本は和風の料理になったが、魚介類がメインになったからな。シーラとしてはかなり期待しているようである。
準備は賑やかな空気の中で進んでいき、そうして諸々終わったところで宴会を始める前の口上をサティレスと共に述べさせてもらう事となった。
「それじゃあ新しい区画の調査が順調に進んで、みんな怪我もなく帰って来られた事、それに……サティレスの誕生と出会い、フォレスタニア城でみんなと一緒に迎えられた事を祝して、宴を開きたいと思う」
みんなの前でそう言ってからサティレスを見て頷くと、サティレスもまた静かに頷いて前に出る。
「ご紹介に預かり光栄です。このような席を設けて頂いたこと、嬉しく思っています。外の事はまだあまり知らないのですが……そうですね。この時点でも色んなものを見たり沢山の人に出会えて少し浮かれているように思います。若輩者ではありますが、どうぞこれからもよろしくお願いしますね」
サティレスが一礼すると、みんなからも温かい拍手が起こった。ティエーラとコルティエーラも微笑んで見守っているな。改めてサティレスが脇に下がるように動き、場を引き継いだ俺が再び前に出て杯を掲げると、みんなもそれに倣う。
「調査の成功と、新たな出会い。そしてこれからの前途を祝して!」
「前途を祝して!」
みんなも俺の言葉に続き、そうして宴会が始まった。乾杯の酒杯は誰でも大丈夫なようにと、度数のかなり低い蜂蜜酒だな。
サティレスも盃を空けて満足そうな声を上げていた。
料理はどうかと言えば……トビウオは脂質が少ない。海上を跳ぶような運動能力の高い魚だからかも知れない。引き締まって粘りがあり、歯ごたえがある。
たたきや刺身にしても合いそうだ。塩焼きやすり身も相性ばっちりという印象だな。トビウオは出汁が有名なだけあって……これは旨い。
ウミヘビは――トビウオとは逆に脂とコラーゲンたっぷりといった印象で、皮は柔らかく身は締まっている、という印象だ。細長い白身魚でもあるので蒲焼きにしても良さそうだな。唐揚げとも良く合うな。
ヤシガニは……日本での呼称こそ蟹の文字が入っているし身体も堅い殻に覆われているが、味はどちらかというと蟹より海老に近い気がするな。ヤシガニそのものはヤドカリの仲間だと聞いたことはあるが。
氷型と水型で少し味わいも違うかな。氷型の方がミソが濃厚で、水型は身の旨味が豊富……な気がする。
魚介類特有というか、旨味が多くて良い食材なのは間違いない。特にミソは旨味が凝縮されているようで絶品だ。出汁も美味なので汁物にも良く合う。
旨味が多い食材群なので当然ながらというか、炊き込みご飯も良い仕上がりだ。程よい身の歯ごたえや旨味、醤油で整えられた味と香りが何とも言えない。
「これは良い。また食材確保に行きたい」
と、シーラはおかわりを要求していた。
ゴーレム楽団の奏でる楽しげな音楽の中でみんなと食事を楽しむ。普通の料理の他にスピカとツェベルタが用意してくれたデザートもある。
各種果物を使ったシャーベット、果肉の入った色とりどりのゼリーに、ドライフルーツをちりばめたパウンドケーキ、果実の炭酸水と……まあ色々だ。
サティレスもそうした果物系のデザートはかなり喜んでくれた。
「見た目にも華やかで楽しいですね」
ユイと一緒に並んでデザートを口にし、表情を綻ばせているサティレスである。イルムヒルトとドミニク、ユスティアの演奏や歌声にも聞き惚れたりしていて、楽しみつつみんなとも仲良くしてくれているようで何よりだ。演出用魔道具も使っているから、境界劇場や幻影劇場の事も話題に出て、自分の術を使う際にも参考になるかもと、そんな風に感想を零していた。
サティレスの能力なら……幻影劇場の立体映像を作るのに協力してもらう、という事もできそうな気がするな。決められた幻影を映像として記録するだけだから能力が周知されてしまうわけでもないし、その辺は幻術の幅を広げたり訓練したりする意味でも、秘密裡に手伝ってもらう、というのも有りなのかも知れない。