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番外1666 極彩の花と共に

 サティレスが突っ込んできたと思えば翼をはためかせ、直前で鋭角に曲がると同時に魔力を込めた爪による斬撃波を放ってくる。皮一枚で最短距離を突き抜けてウロボロスを振るえば、尾が唸りを上げてそれを迎え撃った。


 半身になって回避。猛烈な風圧と十分な質量を伴った物体がすぐ近くを通り過ぎていく感覚。跳ね上げるように反撃への反撃を繰り出すも、サティレスは光球を複数放ってこちらを牽制し、一旦距離を取ろうとする。


 魔力光推進の出力を瞬間的に途切れさせながらシールドを蹴り、身体を捻って光球と光球の間をすり抜け、サティレスに追随。そのまま並走しながら切り結ぶ。


 ウロボロスの打撃とサティレスの爪撃が激突して衝撃を生み、ソリッドハンマーを形成して叩き込めば青白い光球が生じてそれを迎え撃つ。

 叩きつけた岩塊は、展開された光球とぶつかって砕け散った。


 やはり。爪牙や尾、魔法や魔力の弾丸による目まぐるしい攻防の中に、奇妙な手応えが微かに混じる。今までに感じたことのない手応えや感覚というか。ともすれば衝撃に紛れてしまいそうな僅かなものだ。その正体を探るために、攻防の中で様々な微小な術式を交え、幾つかの仮説を立てて分析を試みながらの攻防。


 跳ね上げての切り返し。皮一枚の距離を通り過ぎていく斬撃。雷撃を放てば光壁が展開してそれを受け止め、爆風を突き抜けるようにして互いにぶつかり合う。衝撃とスパーク。弾かれて離れ際に飛び交う魔法と光弾。瞬き一つの中で無数の攻防のやり取りを交わし、どんな条件で違和感が生じているのか、何が起こってそうなっているのかを探る。


 ああ――。そういう事か。だとするならば、サティレスが戦う前に言っていたことと符号する。何故、ラストガーディアンの姿を取ったのかも。


 転身しながらウロボロスと爪を叩きつけ合って、後方に弾かれるに任せて跳ぶ。距離が開いて、再び対峙する形になった。


 どんな動きにも対応できるように構えながら、口を開く。


「強烈な幻術か。サティレスの能力の正体は」


 そう言うと、こちらの様子を窺っていたサティレスの身体がぴくりと反応する。魔力が渦を巻くようにして、ラストガーディアンの姿が崩れていく。白い霧のような魔力を身体の周囲に纏わせたサティレスが姿を見せる。

 どうやら、正解らしいな。


「激突の衝撃に、干渉を紛れさせてはいたんだろうけれど。干渉を行わなければならない性質上、呪法防御を展開しているから、普通の感覚と微かに違う瞬間があったんだ」


 俺の言葉にサティレスは驚きながらも、どこか嬉しそうというか、感動したような面持ちを見せつつ頷いた。


「サティレスの能力は……恐らく現実と見紛う程の精密な幻術に強烈な暗示を乗せて、それを基点に干渉して五感に影響を及ぼす――いや、これだけ強烈だと実際に手傷を負うかも知れないな。負わせられなくても、まともに攻撃が通って干渉の度合いが大きくなれば、傷を受けた痛みや出血、怪我で満足に身体が動かせないという暗示と感覚を叩き込んで、傷や血の見た目、痛みや脱力の感覚を相手の身体に貼り付ける事で『現実としてそうなっている』と誤認させて戦闘不能にできる」


 知らずに一度そうなれば、もう相手に現実か幻術かを判断する手段はない。何せ、サティレスは普通の攻撃手段も持っているのだから。事実として、先程の攻防の中に織り交ぜてきている。

 完全に透明化しての攻撃を見せなかったのは、それをやって仕留め損なうと視界に何らかの細工をしていると発覚してしまうからだ。俺が――魔力の領域を展開しているからというのもある。

 その辺の感覚まで誤認操作する事も理論的には可能なのかも知れないが、サティレス自身は相手の感覚を読み取る能力を持っているわけではないのだろう。


 だから、自身の知っている感覚までしか操作できない。そのあたりの特殊な感覚に干渉しようとすれば、やはり違和感から干渉がバレてしまうし、呪法防御も大きく反応するからだ。


 ともあれ、幻術の中に本命の攻撃を交える事で、実際に手傷を負わせてしまえば、いくら幻覚の痛みだろうと思い込んで気力でもたせていても動きは鈍るし限界は来る。正体が割れて尚、脅威の能力と言えよう。

 当人が絡め手や支援が得意と言った理由がそれだ。仲間や区画の魔物と連携すれば更に凶悪な能力として機能するはずだ。


「やはり……テオドール様はすごいですね。たったこれだけの攻防で見破ったというわけですか」


 と、サティレスは目を輝かせながら言う。妖精であり、守護者だからな。見た目以上に好戦的というか、こと戦いに関しては忌避しないのだろう。ここからの戦いも楽しみにしている、といった様子が伺える。


「ラストガーディアンの幻術を身体に纏ったのは――俺と戦って強烈な暗示を叩き込むのに一番都合が良かったからかな。真正面から機動戦に応じて、魔力を込めて衝撃の感覚をぶつけても、ラストガーディアンならそれぐらいは普通だ」

「その通りです。魔力を纏って動くならばより強力な感覚をぶつけられますし、私の知識の中でそれだけの存在となれば限られてきます。テオドール様の防御を抜くには、近接戦闘に応じるしかありません」


 だろうな。強烈な存在という知識が相手にあるならば、認識や感覚に作用するサティレスの能力がより強化されるというのもある。ラストガーディアンは確かに、インパクトも十分だ。

 いずれにせよ、サティレスはある程度まとまった魔力の束を叩きつける事で、防御を抜いて相手に干渉を及ぼすことができるというわけだ。


「こうやって全力を出しても良いお方にお相手して頂けるというのは、守護者としては幸福な事ですね。では――参ります」

「ああ。来い」


 サティレスは白く輝く余剰魔力を杖や背中の羽から散らしながらも構える。その表情には歓喜と期待が現れていた。

 こちらが能力を見切った事で、ますます戦闘意欲が上がっているようにも見える。言葉も途切れ――。


 そうしてサティレスが動きを見せた。

 突っ込んできたサティレスの一撃を受け止める。幻影を利用した変身はしていないが……速度そのものは先程と遜色がない。猛烈な速度。パラディンに匹敵するほどの飛行速度は幻術ではなく、自前のものという事だろう。


 青白い余剰魔力を帯びるウロボロスと、白熱したような輝きのサティレスの杖とが鍔迫り合いの形で大きな火花を散らす。流石に、生身の攻撃そのものはパラディン程の重量と圧力はないが――!


「はああああ!」


 裂帛の気合と共に、サティレスの羽が枝分かれするように広がったかと思うと、それらが弧を描き、薙ぎ払いや刺突の動きを見せた。


 これだ。羽や魔力の束を大きく広げてラストガーディアンの幻影を纏わせる事で、体格を実際以上に大きく見せかけての波状攻撃を再現していたのだろう。サティレスの杖を力で押し返し、四方から迫る羽の連撃に対応する。


 続けざまに火花と衝撃が走る。サティレスの固有能力を込めた羽撃だ。

 今度は打ち込みの速度と攻撃の重さが比例しない。能力の込め方、使い方が衝撃の感覚に比例する。

 見た目も魔力の大きさも、当てにはならない。単純な感覚は、いくらでも偽装できるからだ。魔力感知自体はサティレスも知っている感覚だろう。


 幻術で不可視にした刺突も連撃の中に紛れている。魔力網によって動きを察知して身をかわしながら踏み込む。

 ウロボロスの中心を支え、逆端を上から叩くようにして先端を高速で跳ね上げる。半身になって踏み込む動作と合わせて初動を隠した技にサティレスは不意を突かれる――が。身体を逸らすようにして回避していた。

 本体の羽はそれに追随するように動くはずだが、展開しているそれは殆どが魔力と幻術で構成されているというのが分かる。サティレスの動きとは関係なく、その思い描く制御のままに、迫ってくる。弾く。弾いてこちらも更に追随する。


 攻防の中に特殊なものが増えてきた。氷の見た目をした高熱。甘い芳香を感じる光弾。

 衝撃はあるが痺れよりも強い花の匂いだけが残ったり、弾けるスパーク光が蝶に変じて飛び去ったり。本来攻撃を交えていて、あるはずのない感覚が飽和するように押し寄せてくる。


 恐るべきは、味や匂いを別の部位で感じているところだ。知っている感覚であるなら本来受容する能力のない部位ですら再現させることができるらしい。触れているだけで感知してしまう程度なのだから、まともに叩き込まれたら受ける感覚もこの比ではないのだろうが――。


 加えて言うならば、迂闊に掌底や蹴りといった接触を伴う攻撃も危険を感じる。致命傷にさえならなければ、そこから感覚を逆に流し込む事もできるからだ。


 これも能力を察知した者への対策の一つだろう。情報の飽和による攪乱だ。気を取られて本命の攻撃を見逃して通してしまえば、あっという間に波状攻撃に飲み込まれる。


 致命的な干渉能力に対してはこちらも抵抗できるし呪法防御もある。だからこそ一見して無害なものばかりで、反射されても問題ないもので処理能力を潰そうという腹だろう。感覚の攪乱は瞬間瞬間で後を引かない。呪法的な縁を繋いでおくのも難しい。


 ならば。


 マジックサークルを展開。ウロボロスから俺の身体へと魔力糸が展開する。ローズマリーが俺の展開した術を見て羽扇の下でにやりと笑う。


 闇魔法による操り糸だ。肉体感覚ではなく魔力制御と思考能力を以って、俺自身の動きを制御する。ヴァルロスの重力翼を展開。感知能力も重力波によるソナーを用いる。これならば、サティレスがその感覚を知らない以上は再現する事ができない。重力波探知は、本来ヴァルロスの技であるから。


「これは――!」


 こうなればサティレスの感覚飽和や幻惑も意味をなさない。干渉能力を無視する事はできないが、攻防の最中に幻惑される事なく、本体や魔力網に触れるもののみを感知して動ける。

 サティレスは一瞬驚愕の表情を見せるも気合を入れ直すと、干渉に使っていた魔力の性質をより直接攻撃的なものに変えて応対してくる。


 それでも魔力をまともに撃ち込まれれば、それを基点に干渉して無理やり感覚を流し込んでくるだろう。例えば、猛烈な眠気や痛み、痒みといった、術式の制御そのものを手放すような強烈な感覚を植え付ければ、魔術師も切り崩すことができる。


 だから俺とサティレスが戦うならば、最終的には技量対技量という形になる。杖術や体術だけでなく、魔力制御や干渉能力においてもだ。


 金色の魔力を纏い、覚醒能力を攻防の中に交える事で干渉力そのものによる勝負を並行して仕掛ける。感覚支配の能力と、時間操作の能力とがぶつかり合う。低速に散る火花は文字通り花が咲き誇るような光景にも見えた。

 サティレスそのものを停止させるよりも干渉能力同士をぶつけ合ってやった方が燃費も良い。様々な特殊能力への干渉に対しての防御にもなるだろう。


 撃ち込まれる杖と羽撃にウロボロスと魔力弾で迎撃し、干渉能力同士を叩きつけての至近戦。サティレスも距離を取ろうとはしない。圧倒的な感覚で意識を塗り潰すならば大出力を近距離で叩き込む必要がある。


 大きく手を振るえば、色とりどりの光の蝶や花弁が舞い上がるように放たれて。それらが時間干渉によって空中に静止する。恐らく、強烈な干渉能力を宿した蝶や花弁なのだろう。特殊能力に特化させた魔弾がそうした形状になるのは、妖精としての種族特性故か。


 ゆっくりと爆ぜる火花と停止する蝶と花弁のただ中で踏み込み、払い、打ち込み、弾かれては突っ込んで激突し合う。動きや術の中に虚実を織り交ぜ、爆ぜる魔力の音も走る衝撃も意識の外に置き去りにし、結界の中で俺達は舞い踊るように切り結ぶ。


 押していると感じた。単純な攻防の技量では、こちらの方が上回っているようだ。


 無数の攻防の中で――サティレスの攻撃を上に弾き、そのままの勢いで踏み込む。

 間合いの内側。サティレスはそれでも尚、感動したような歓喜の表情を浮かべていた。俺も――きっと笑っているのだろう。機動力と体術。術式と魔力。杖の技量と制御能力。それらを総動員しての戦いであるから。


 金色の魔力を掌底に込めて打ち込もうというその瞬間に、サティレスの身体から爆発的な魔力が膨れ上がった。俺達二人の身体を包み込むほどの極彩色の巨大な花の蕾が形成されていく。

 まともな打ち合いでは抑えきれないと踏んでの捨て身の大技だ。こちらもお構いなしに渾身の一撃をサティレスに叩き込む。


「おおおおおぉおぉおおッ!」

「は、あああぁああああッ!」


 互いの気合の咆哮と共に、大輪の華の内側から凄まじい干渉の火花が散った。膨れ上がる魔力の中で、互いに相手ごと押し潰そうとするような干渉能力のぶつかり合いが生じた。全身に感じる反動と干渉の火花が負荷を生じさせ、膨大な量の雑多な感覚が流れ込んでくる。均衡が傾けば、あっさりと塗り潰されるだろう。


 術式制御のみに意識を集中させて、掌の中に蟠る金色の魔力を膨張させて、干渉波を炸裂させる。多重魔力衝撃波の、覚醒能力への応用だ。


 軍配は――より出力を集束させたこちらに傾く。花開こうとしていた大輪の花が停止し、サティレスの表情も四肢に込めた力も、その瞬間だけを切り抜いた彫像のように動かなくなる。


「今ッ!」


 光の楔。封印術を空いた左手の中に形成し、サティレスの喉元に突き刺すように叩き込めば、そこから封印術の鎖が巻き付いていき、展開していた大輪の花が霧散するように散った。流れるように。ウロボロスを旋回させて光の刃を形成させて。


 その首目掛けて振り抜く――その手前で刃を止める。


「っ!」


 一拍遅れて時間停止が解除されると、サティレスは息を呑んで大きく目を見開いた。サティレスからしてみると、特殊能力を封じられて、首元に光の剣を突き付けられた状態で意識が戻ってきたというわけだ。


「ああ――。これは……完敗です」


 少し残念そうに。それでも晴れやかな表情で、サティレスは言って。俺も頷いて光の剣を引くのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 階層の特性を最大限に体現した守護者ですね。 味方にすると頼もしく敵になれば恐ろしいことこの上ないという……
[良い点] 獣は1分の幻術掛けられ、へそで茶釜沸かしていた
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