番外1665 妖精姫の力
サティレスと共に改めて星海群島の入り口前に移動し、そこでみんなとも顔を合わせて対面した上での挨拶を行う。
「よろしくお願いします」
「ふむ。こちらこそよろしくお願いしますぞ」
「初めまして」
と、オズグリーヴやオルディアと言葉を交わしたり握手したりといった具合だ。迷宮出身の面々という事でヘルヴォルテやアルクス、アルファも入り口前にやってきて、サティレスは嬉しそうににこにことしながらも先輩にあたる面々に「初めまして。よろしくお願いしますね」と、丁寧にスカートの裾を詰まんで一礼していた。
「ふふっ」
迷宮側の面々の中でもユイは特に嬉しそうだな。サティレスの様子を見てにこにことしている。ユイは魔界迷宮側のラストガーディアンではあるが……まあルーンガルド側の迷宮とは深層部で繋がっているし、何かあればお互い協力して解決にあたるというのは変わらない。
ユイ自身、元々明るい性格であることに加えて、同年代……と言っていいのかどうかは分からないが、お互い生まれてからまだ日の浅い守護者でもある。こうやって後輩が生まれた事自体が嬉しいのだろう。
そんなわけで挨拶も終わり、ポーションが身体に馴染んで体力も魔力も十分に回復したので、入口前の広場から少し離れた場所に移動し、戦闘の余波が影響を与えないようにしてからの模擬戦という事になった。
「下層の海は海洋型の魔物が何種類かいますね。とはいえ、この区画は何かを守っているというわけでもないので、まばらに散らばっている状態ですが……」
サティレスが先行して案内をしてくれる。
模擬戦を控え、サティレスも動いているので魔物達は迎撃もしてこない様子ではあるかな。いかにも古代魚といった様子のごつごつとした質感の魚型魔物であるとか、浮遊島でも見たヤシガニ型だとか。
ヤシガニは、浮遊島で見たものより若干身体が大きく、細部も魔力波長も少し異なる。下層の海だと種類も違うから戦い方も変わって来るかも知れないな。
それに魔物でありながら防衛側には属さない存在というのもいるようで。
「浅瀬に顔を出している――この石のようなものは微小な魔物達の集まりなのです」
「……無害だけれど……結構、重要な転機になった生き物……かも知れない」
と、そんな風に説明してくれるティエーラとコルティエーラ。
見た目は景久の記憶内では映像として見たことのある、ストロマトライトに似ているが、僅かに煌めきを放っている。
しっかりと魔力を感じる。ティエーラ達の説明によると、環境魔力を初めて取り込む能力を見せた生き物なのだとか。つまりは……魔石成分を体内で生成した最初の生物という事になる。
ストロマトライトは酸素を作り出しているのだったか。細菌のような微生物が泥や粘液でコロニーを形成して体積したものがこうした石のような見た目になるとは聞いているが、その魔物版というところか。
「環境魔力を取り込んで成長する、生きた魔石っていうところかな」
俺の言葉にティエーラ達はその理解であっているというように頷いていた。
「この子達がいないところで戦う方が良さそうですね」
「あの辺はどうかしら。私達で周囲に結界を張れば、十分な広さも確保できると思うわ」
「そうだね。問題なさそうに見えるけどどうかな?」
「異論はありません。星海群島の子達は模擬戦に影響を与えないよう遠ざけておきます」
水深も浅く、広さも十分だ。グレイスやクラウディアの言葉に俺やサティレスも同意する。
そうして俺達は少し距離を置いて対峙する。戦いを開始する距離、場所というのは戦法や手札によって有利不利が生じるものだが……これは実戦的な距離だな。例えば迷宮内部で互いを敵として認識して対峙するならこのぐらいの距離というのが現実的だ。
クラウディア、ステファニア、ローズマリー、マルレーン、エレナと、みんなが戦いの場となる場を作るために距離を取って立つ。グレイスやアシュレイ、コルリスやアンバー、イグニスやアルクスといった面々もそれぞれ念のために模擬戦の間の護衛としてついて、シーラやイルムヒルト、オズグリーヴも警戒態勢に入り、準備は万端だ。
サティレスは虚空に手を伸ばす。と……光の粒が集まり、手の中から横に伸びるようにして――木の杖が出現した。枝葉のついた生木のような杖だな。あの杖も――相当な魔力を感じるが。
サティレスの魔力が高まり、燐光を纏う。俺も……ウロボロスを構えて魔力を高めていく。
「それじゃあ、始めようか」
「はい。先代とティエーラ様、コルティエーラ様をお救いになったお方……。全身全霊を以って挑ませて頂きます……!」
気合の入った表情でサティレスが言う。
互いに示し合わせたかのように、空中に浮かび上がる。クラウディアがそれを合図にしたかのようにマジックサークルを展開すると、俺達を囲むように結界が構築された。
サティレスも杖を構えて目を閉じる。すると、その身体が光に包まれて――輪郭が肥大化していく。
「これは――」
「変身能力……?」
魔力の増大と共にサティレスの姿形が変化していく。その姿は――知っている。記憶している姿よりは大分小さいが――。
ヴィンクルが驚きながらも、どこか嬉しそうに声を上げた。そうだ。その姿はラストガーディアン――白銀の竜の姿であった。最後に俺と戦った時よりも更にラストガーディアンとしての体格は小さいが、ヴィンクルがこのまま成長すれば、こうなっていくと予想されるもので。
あれこれと考えるよりも早く。その爪に白く輝く魔力を宿すと、ラストガーディアンの姿に変身したサティレスがビリビリと大気を揺るがす咆哮を響かせ、真正面から突っ込んできた。
ウロボロスに魔力を込めて迎え撃つ。斜めに多重展開したシールドとウロボロスで逸らすように弾けば重い衝撃が走った。振り抜き、そのまま。遥か後方に光の軌跡を描きながら、白銀の竜が通り過ぎていく。
速度も破壊力も、本来のラストガーディアンには流石に劣る。それはそうだ。これがサティレスの再現できる限界なのかはまだ分からないが、サティレスは深層の守護者であるから、本物のラストガーディアンには単純な戦闘力では及ばないというのは道理だろう。
だが――これには中々に驚かされる。
彗星のように弧を描いて。次の一撃を繰り出そうとする動きを見せるサティレス。こちらもマジックサークルを展開し、魔力光推進を以って迎え撃つ。
高速機動戦。馬鹿げた速度での加速と共に互いへと向かい、一撃を交差させてすれ違う度に衝撃と共に、弾けるようなスパーク光が散る。
鏡面のような海に映る景色と浮かぶ浮遊岩群。天地と景色を目まぐるしく入れ替えながら攻防を応酬する。尾を皮一枚で掻い潜り、魔力を込めたウロボロスを叩きつけ、反転して短距離転移を攻防の中に交える。
水面が鏡のように景色が映り込むので、空中戦をしていると自身がどこにいるかが分かりにくい、というのはある。空間識失調と呼ばれるものだ。
これを軽く見ると地面に激突する可能性もある。カドケウスやバロールのいる位置を基準点とし、重力の正しい方向や地面、結界までの距離を正確に把握した上で切り結ぶ。
サティレスの機動力も、爪牙や尾による一撃も――流石はラストガーディアンの形態を模しただけの事はある。魔力光推進についてくる速度も、激突の瞬間に伝わってくる威力も申し分ない。ただ、ラストガーディアンと戦った時とは違うな。身体の使い方や身のこなしが違う、と言えば良いのか。ラストガーディアンのそれは高い知性を備える獣のそれだが、サティレスは妖精だからか、竜の身体に合わせた技であっても理知的な印象がある。
技。そう。技だ。竜の形態を以って技を振るっているという印象がある。
それに――なんだ? 激突の瞬間に僅かだが奇妙な感覚があった。
姿形を変える、というだけでなくもっと他に……サティレスの能力には何かがあるのかも知れない。そのあたりの正体を早い段階で掴まないと、不覚を取る可能性があるな。
何にせよ面白くなってきた。俺が笑うと、そうした想いはサティレスも同じなのか、口の端を吊り上げるようにして、にやりとした笑みを見せて、再び俺達は激突し合うのであった。
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