番外1664 守護妖精
迷宮も通常通りの動きに戻っている。理性的な守護者であるならば、俺達が訪れてきたらまずは対応からという事になるか。
知り合いの妖精は……セラフィナやドラフデニアの妖精達の女王ロベリア、それに花妖精達だな。リヴェイラは冥精だから、見た目が妖精っぽく見えても精霊側だしな。
翻って新区画の守護者はどうかと言えば、セラフィナ達より背丈は大きい。ロベリアもセラフィナより一回り身体が大きいが、ロベリアに比べても身体が大きい。
人として見るならやや小柄、ぐらいに分類されるぐらいの体格だろうか。
水晶のような質感の透き通った羽さえなければ――耳が少し尖っているからエルフと言われても違和感はない。
彼女は害意が無いという事を示すように、エレメントフェイク達に控えるように手で動きを制するような仕草を見せてから単身で前に出てきた。
俺達も前に出て、互いに歩み寄る。
「お初にお目にかかります、ティエーラ様。私からご挨拶に伺いたかったのですが……この区画の守護というのが迷宮から与えられていた任務でしたから、勝手に離れるわけにもいかず」
そう言ってドレスの裾を詰まんで優雅な仕草で挨拶をする守護者である。
「ふふ、大丈夫ですよ。分かっています」
守護者の言葉にティエーラが微笑む。
クラウディアのことも知っているようだったし、守護者であるから管理者や代行者の知識はあるようだ。名前は――名乗らないところを見ると、恐らくまだないのだろう。
「会えて嬉しく思います」
「初め、まして」
「私も会えて嬉しいわ。私達の事は知っているようだけれど、名前は……まだないのかしら」
ティエーラとコルティエーラが挨拶をし、クラウディアが尋ねる。
「はい」
という返答にその場にいる面々の視線が俺に集まる。
「名付けは……俺で良いのかな?」
ティエーラが名付けた方が、という考えもあると思うが。
クラウディアに対してヘルヴォルテが生まれたように。ティエーラと相性の良い守護者として迷宮が生んだというのであればティエーラ直属や護衛、側近、相談役や話し相手としての役回りになる部分もあるだろう。精霊と親和性の高い妖精であれば、感覚的にもティエーラやコルティエーラの心情や考え方を理解しやすいだろうし。
「私とは長い付き合いになる子かと思いますが……テオドール達が結んでくれた縁とも言えますから。きっと名付けも、長く今日の事を思い返す一助になると思います」
それは……確かにあるかも知れない。精霊は勿論だが妖精達も、寿命がとても長い種族だしな。名を名付ければ……その者と共に記憶に留める、か。
「分かった。それじゃあ……サティレスっていうのはどうかな」
サテライトやサテッレス……。衛星からもじった名前だ。惑星に寄り添うという意味合いや願いを込めた名前でもある。
「惑星に寄り添う……良い名前ですね。ふふっ」
そうした由来についても伝えると守護者は目を閉じ、胸のあたりに手をやって楽しそうに笑う。どうやら気に入ってもらえたようだ。
『私よりも感情が強く出て多彩なようですね。きっと、ヴィンクル様達への関わり方が影響を及ぼしているのかと』
モニターの向こうでうんうんと頷くヘルヴォルテである。妖精も本来明るい性格という種族的傾向があるしな。そういった部分も影響しているかも知れない。かく言うヘルヴォルテも、以前よりずっと感情の出るリアクションをするようになっているように見えるが。
「初めまして、サティレスさん」
「ん。よろしく」
『よろしくね、サティちゃん!』
『よろしくお願いします』
俺達も彼女に挨拶をする。ユイやアルクス、ヘルヴォルテといった面々がモニター越しに挨拶をして、ヴィンクルやべリウス、アルファといった迷宮組の面々も声を上げる。テスディロス達も後に続いた。
「サティ……うふふ。はい、初めまして……!」
ユイに愛称で呼ばれて嬉しそうに口元に手をやって笑ったり、明るい声でみんなの挨拶に応じるサティレスである。
「サティは……そうだね。区画への侵入者がいない限り行動は迷宮全域で自由というのが良いんじゃないかな」
「確かに。管理者として許可すると、宣言します」
みんなとの初対面も好印象といったところだ。
「やはり、新区画の調査と訓練で赴いた、という事でしょうか? 区画の者達は迎撃に動くように指示を受けていたようですが」
そうやって挨拶も一段落したところでサティレスが尋ねてくる。
「そうだね。丁度魔石を確保したい用事もあったから、調査と訓練、それに素材の確保も兼ねてかな」
俺が答えると、サティレスは頷く。
「私の持っている情報からするとこの区画の魔物達は強い方ではありますが、テオドール様や奥様方の訓練相手としては力不足ではあるかとは存じます」
「みんなも少しブランクもあったからね。隠密性が高い魔物も多くて良い訓練になったと思う」
魔石や素材も良いものが手に入ったしな。そう答えるとサティレスは「それは何よりです」と微笑んでいた。
「サティも深層の守護者ですし、かなりの力を持っていそうですね」
「自己分析では……やや絡め手寄りではありますね。迷宮魔物の支援や護衛等には向いているかなと」
と、サティレスが言う。
「自己紹介や互いの訓練も兼ねて、模擬戦も良さそう……」
そんな風に言ったのはコルティエーラだ。それは……あるかも知れないな。
ティエーラやコルティエーラとしては、俺達やサティレスも含めて、みんなが力をつけてくれると嬉しいのだろうし。
「それじゃあ……俺と模擬戦してみる?」
本人は絡め手で支援向きという自己評価であったが……深層の守護者で、ヘルヴォルテやワーウルフ原種、ケルベロスやパラディンと同格と考えるとな。
それに、当人の魔力も相当なものだし、能力の内容を具体的に聞くよりも実際に相対してみた方が良さそうだ。
「では――僭越ながらお相手を務めさせていただきたく。立ち会っていただけますか?」
サティレスもティエーラやコルティエーラの意を汲んでか、静かに頷く。俺の訓練相手になれるようなら、という考えもあるのかも知れない。
場所はどこでも構わないとのことだが、ここまで進んできたことを考えれば少し休憩してからがいいだろう。後方に控えている面々も直接顔を合わせて挨拶したそうにしているし。
「石碑を起動させてから入口に戻って――海の上で、というのは如何でしょうか」
「広くて模擬戦の場所としては良さそうだね」
サティレスの案を採用するという事で。
というわけでまずは石碑を起動させ、それから区画の入口へと戻る事となった。
「区画の名前も決めないといけないかな。こっちは――ティエーラ達が名付けてみたら?」
「そう……ですね。地上の名付けにそぐうものかは自信がありませんが……」
と、ティエーラはコルティエーラと少し顔を見合わせて頷き合う。
「星海群島……というのはどうでしょうか?」
ティエーラの言葉にうんうんと頷くコルティエーラである。
なるほど。そうした部分で思考がズレるような事もないということらしい。
「浮遊岩や浮遊島を星や群島に見立てたのかな。良い名前だと思う」
「そうですね。良いお名前です。ありがとうございます、ティエーラ様」
俺やサティレスの返答にティエーラは穏やかな微笑みを見せていた。
下に広がる鏡面のような浅瀬もサティレスは海と言っていたしな。海の上に浮かんだ群島ということなら色々と合った名付けではないかと思う。
そうして俺達は石碑を起動させて、山の麓まで移動できるようにしてから、入口前の広場へと戻ったのであった。さて……深層の守護者にして妖精か。どんな能力を備えていることやら。