番外1660 浮遊島探索
「一先ずは、見通しの良い草原を調査しながら、あの森や中心部にある山の方向を目指す、というのが良さそうかな」
「そうですね。下の浮遊岩群と違って、島の上部であれば他の浮遊岩も少ないようですし」
「ここならいつもの動きで大丈夫だものね」
グレイスとステファニアが言う。うん。浮遊岩は島の上部に全く浮かんでいないというわけではないが、数が少ない。わざわざ自分達で近付きでもしない限り、普段の感覚での調査や戦闘ができるだろう。
「しっかりとした地面もあるから防御陣地も作りやすいわね」
クラウディアが微笑むとマルレーンもこくこくと頷いていた。そうだな。浮遊島という特殊な場所ではあるが、ここで動く分には普段と何も変わらない。ウィズの分析によれば身体にかかる重力等も……島の上部だと普通の地面と同じなようだしな。
シーラも軽く跳躍したりして感覚を確かめたりしているようだがやがて「ん。問題はなさそう」と、そう伝えてくる。
「よし。それじゃあ動いていこう。生命反応と魔力反応はこっちで見ていく」
「温度感知もいつも通りに」
イルムヒルトも明るく笑い、そうして俺達は調査を再開する。
今のところ草原付近での危険は感知していない。浮遊島の動植物はどれも既に地上に現存していないもののようだし、その辺の調査を、索敵と平行して進めながら森側に向かって移動していくとしよう。
「植物は……どうなのかしらね。利用法があると良いのだけれど、持ち出す事の影響も考えると慎重になる必要がありそうだわ」
ローズマリーが思案しながら言った。
「影響か。解析する分には問題ないけれど、必要ならここで採取して利用する形で……外での栽培はしない方が良いかも知れないね」
持ち出す事で現在の生態系にどんな影響があるか分からないしな。環境に合わないから一度は姿を消したものだし、現在の環境――何でもないようなカビや病気に弱くてそこから更に周囲に影響が広がるという事も考えられる。新しい植物を持ち込む際はこれに限った話ではないが。
仮に栽培するなら植物園で、という事になるのだろうが……そうした管理も完璧にとはいかない可能性もあるしな。
こうした方針に、ティエーラとコルティエーラも静かに頷いていた。
索敵をしながら植物の葉、花、根、種等を含めて採取し、発酵魔法と刻印術式の応用で状態劣化を防ぐ箱を構築して収納。それらを転送魔法で入り口前の広場へと送る。
『確かに受け取った』
と、テスディロスが箱を大事そうに天幕の中へと移す。うん。植物のサンプル採取に関しては問題ないな。何かしら薬効等があれば面白いところではあるが。
そうして俺達は森の近くまでやってきたが――。
「かなり鬱蒼としていますね」
アシュレイが眉根を寄せる。
森は木々の間もかなり茂っており、垂れ下がった蔦が絡み合ったりもしていて……分け入って進むのは少々骨が折れそうだ。植生も草原と同じく……やはり見たことのない植物ばかりだな。
分け入って進むのは切り払うなり木魔法を使ったりする必要があってあまり気が進まないが……。森の上空を進むのも少々悪手か。
「森の上を行くには区画に出現する迷宮魔物の情報が足りてない気がするな」
目に付きやすく、自然のそれと違って迷宮の魔物達は見かけ次第、積極的に攻撃を仕掛けてくる。この区画にいるのはエレメントフェイクだけではないだろうし、情報がある程度出揃うまではまとめて複数種を相手するのもな。
「川……水の通り道付近を進むのはどうでしょうか?」
エレナがそう提案するとみんなも同意する。
川辺を進む形だな。こちらは水の通り道になるからか、植物もまばらだ。
「多分、伏流水の地上部分だから……多少水たまりが点在しているだけで、基本的には動きやすそうだね。その分、水が流れてきた時の対応力が問われるのはあるかも知れないけれど」
というより、迷宮の構築した順路としてそうなっているのかも知れない。迷宮らしい仕掛けとも言えるな。周辺の木々や茂みの中からの襲撃の他に、水たまりからの水棲の魔物の襲撃に気を配る必要はあるが、上空を移動してまとめて相手をするよりは良いだろう。
そういう方針で進んでいく事も決まり、俺達は水の流れた川跡を辿りながら森や山の方向を目指して進む事となった。
森の更に先――山の上部は雪がかかっていて……色々と変化に富んだ地形だな。
そうして俺達は水たまりに注意を払いつつ森の中へと進んでいく。
水たまりは大きなものから小さなものまで様々だ。索敵も兼ねてライフディテクションを行っているが……魔物に限らず普通の生き物も水たまりの中に見える。
何やら……身体の透けた魚が泳いでいるな。
ヒレがまだまだ発達途上というか、身体の作りが非常にシンプルだ。身体の中心に枝分かれしたような神経網が一本通っているのが見える。
原始的な魚が脊椎動物の祖先になったという話も聞いたことがあるが……。そうなると生物学的にはかなり重要な位置づけだったりするのかも知れないな。
シーラは耳と尻尾を反応させながらそんな魚に一瞬視線を送っていたが……。その興味の方向性はさておき、周囲の警戒に意識を戻したようだ。
と、森を進んでいくと、妙な生命反応を見つける。シーラとイルムヒルトも違和感を覚えたのか、同時に足を止める。みんなも即座に何が起こっても対応できるように構えを見せた。
「ん。何か前方から……少し変わったにおい。動物っぽいけど、少し青臭、い?」
「あの木のあたりから少しだけ温度を感じるわ」
シーラもイルムヒルトも、身体の陰になるように隠しながら、揃って尻尾の先で目立たないように方向を指し示してくる。それぞれ嗅覚と温度感知によって探知したようだが……指し示した方向は一致している。
「うん。俺も少し見たことのない生命反応を感知してる。二人が示している方向の、樹木そのものからだね」
植物のような、魔物の混ざったような生命反応の輝きだ。ライフディテクションを用いて尚紛れてしまいそうな色合いというか。
単純な魔物というには生命反応が薄い。見た目には他の樹木と違いはないが。
「あのあたりの樹木ね。少し――反応を試してみましょうか」
ローズマリーが視線を向けると、イグニスが前に出た。俺やイルムヒルトから正確な位置情報を聞きつつ、ゆっくりとした足取りで樹木に近付いていく。まだ、変化はない。まだ。
俺達の見守る中でイグニスが間合いを詰めるように一歩を踏み出した、その瞬間だった。突然に生命反応の輝きが増して、樹木が爆発的な動きを見せる。木の根が持ち上がるかのように動いたかと思うと、イグニスを下から切り付けるような攻撃を繰り出してきた。
鉤爪で受けながら、ハンマーを撃ち込む。それを――樹木であったものは身を翻すように避けて、道の真ん中に陣取るように降り立つ。
「これは――」
「擬態……?」
みんなもその光景に驚きの声を漏らした。木のような体表の質感を持つ魔物だ。枝のような尻尾の先に葉っぱまで再現している。細身で四肢が長い。顔そのものはイヌ科の動物にも似ているか。
逆さまになりつつ樹木に擬態し、近付いてきた相手を捕食する。そんな生態の魔物という事だろう。
生命反応も、植物に似ていた微弱な輝きから、活発な動物系の魔物の反応の力強い光に変化している。においや生命反応すら植物に近付ける事ができる、ということか。
「ん。かなり高度な擬態」
新区画で警戒度を高めていたからこそ違和感が気になった、というのはあるな。動き出して姿を見せるまで植物系の魔物かと思っていたほどであるから。
擬態獣、か。大分変わった魔物であるが――。