番外1659 永い時の中で
ウロボロスを構えて突っ込み、迎撃態勢を見せたエレメントフェイクの後ろ側にコンパクトリープで飛ぶ。出現と同時に、連携技を放とうとしていた片割れに光の剣を振るい、フェイク達の前衛がこちらの位置に気付いた瞬間に更に別の場所へと飛ぶ。
ミラージュボディで幻影を飛ばして見せたかと思えばゴーレムによって殴打を仕掛けたり、敢えて弾幕の中に身を晒してすり抜けさせ、今度こそ幻影と思わせて中に忍ばせたバロールで突貫させたり。一団を引き受けて攪乱と連携の寸断を行い続けながら頭数を削っていく。
こちらの狙い通りに攪乱ができているとはいえ、エレメントフェイクは連携技の組み合わせといい、近接された時の迎撃手段の威力といい、やはり厄介そうな戦闘能力を備えている。
水と雷のフェイクが帯電した波を浴びせようとしたり、風と土のフェイクが硬質な砂の混ざった旋風を起こそうとしたり。組み合わせによる連携技、範囲攻撃が豊富なので、相対した時は対応力が問われそうだ。混成部隊になればなるほど危険度が増すな。
みんなはと言えば――前衛と後衛の弾幕による寸断でも連携を阻止する事は出来ている。グレイスの闘気による防御を突破できるほどの火力はないし、シーラの幻惑についていける程の感知能力と速度はないから俺達にとっては相性がいい。
次第に数を減らし、一体また一体と浮遊岩群の上に落ちていくエレメントフェイクの部隊はそれから程無くして撃退する事ができたのであった。
エレメントフェイクを撃退した後は、その素材の回収となる。浮遊岩群に落ちたフェイク達の残骸を回収する形となる。変化する重力方向に対応したり、上下左右の岩陰に残党がいないか索敵する訓練にもなるので丁度良いかも知れない。
「中々この中で動くのは大変でしょうなあ」
と、分身達に回収指示を出して動いているのは猫妖精のピエトロだ。敵がまだ残って潜んでいても、分身達なら被害にならないからというわけだ。みんなはそんなピエトロの分身達の動きを浮遊岩群の上部と下部に分かれ、防御態勢を固めつつ索敵といった具合で回収作業を進めていく。
「やっぱり分身達の操作も違ってくるものかな」
「そうですな。岩の間を飛び移らせるのは難しくはありませんが、不思議な感覚です。慣れてくると難しいというより面白いが先立ちますが」
俺の質問にピエトロが答える。警戒しなくても良い場所であったなら、アトラクション感覚ではあったかも知れないな。
そうしてエレメントフェイク達の残骸を回収する。光に隠れていた部分――コアとなる球体が回収する部分となるが……迷宮産の魔法生物という事を考えると、メダルゴーレムのようにコア部分からゴーレムを作るか、ティアーズ達のように改造してみるか、というのが利用法となるだろうか。解析すれば、場合によっては改造ティアーズに属性を組み込むなんてことも出来そうではあるが……。
魔石抽出も破損の大きいフェイク達で試してみたが、やや小粒でも中々質の良い属性魔石が確保できそうだ。
「質はいいけれど属性付きの魔石になるから、今回確保したい魔石向きではないかな」
「属性魔石は……まあ中々貴重だから数を揃える事で何かできるかも知れないわね」
ローズマリーが言う。確かに。ヴァレンティナは属性を付与する技術を持っているが、大型の物に何か目的をもって付与している、という運用だからな。
このサイズの魔石にこれだけの数を付与するとなると話も変わってくる。何かしら利用法も出てくるかも知れない。
ともあれエレメントフェイク達は属性ごとに確保しておきたいという方向で、どうしても考えてしまうな。連携技もあるから組み合わせを一通りできるようにしておけば色々と面白そうだ。
そうして撃退したエレメントフェイク達から素材の剥ぎ取りというか、回収可能なものは回収する。
「ふむ。物資については今の内に回収しておきましょう」
と、オズグリーヴが纏めて受け取りに来てくれた。まだ入り口から近いというか、見える位置だからな。隠れている敵がいた場合の炙り出しにもなると考えての事ではあるのだろう。
後詰めの2班で交代しながら浮遊岩群の間で少し移動してみて、重力の方向が変わる感覚を多少掴んでおく、というのも大事かも知れないという話にもなった。安全確保されている内に慣らしておけばいざという時も安心だ。
「それじゃあ移送や後詰め中の訓練も含めて気を付けて。浮遊島以降は魔法の鞄に入れるか転送魔法陣を使うつもりではいる」
「お任せください」
「消耗しない程度の軽い移動訓練も進めておく。この付近の敵は制圧されているとは思うが……この区画は視線が通るから気を付けるとしよう」
そうだな。油断しないのは大事な事だ。適度な緊張感があれば訓練にも身が入るし。
オズグリーヴは煙を広げて回収したエレメントフェイク達を受け取ると、エスナトゥーラやゼルベルに護衛されながら入口前の広場に戻っていった。というわけで浮遊島への移動を再開する。
浮遊石群の密集地帯を抜けて進んでいく。迎撃用の迷宮魔物は先程の密集地帯に固まっていたという事なのか、浮遊島付近まではあっさりと進む事が出来た。
しかし……浮遊島は改めて近くで見ると、かなり大きいな。下から近付いている形なので上がどうなっているかまでは見えていないが、遠くから見た感じでは植物も生い茂っているようだった。
島の下部はごつごつとした岩肌だ。浮遊岩群と似た質感の岩なので、この辺も変わってはいないだろう。
浮遊島のどこかに水源があるのか。島の端から飛び出した水が下方に流れ落ちているのが見えた。
常時島から水が流れ落ちている、というわけではないのは……あの浮遊島では増水する時間に間隔でもあるのかも知れない。
鏡のような水面にさざ波が広がるが――それもすぐに収まっていき、元通りの鏡面のように静かになる。星空が見えているというのに明るい区画だからか。流れ落ちる水によって夜空に虹がかかっているのも見る事ができた。
「本当に美しい区画ね……」
「流石はティエーラ様の区画と言いますか」
目を細めるローズマリーの言葉にエレナも同意する。みんなもその光景に目を奪われている様子だ。やがて……高度も上がってくるにつれて島の上部の様子も見えてくる。
島の端付近は――草原が広がっていた。草原の間……少し低くなっているところは岩や砂礫が見えていて、水たまりも点在しているな。恐らく増水すれば水が流れてくるのだろう。或いは地表に見えていない地下水の流れがあるのかも知れない。所謂、伏流水と呼ばれるものだ。
点在する水たまりを辿っていけば、草原の向こうに森や山まで見える。
「これはまた……」
浮遊島の上部は地形も起伏に富んでいて、かなり自然豊かだ。迷宮魔物ではない小さな虫や鳥までいる。感じる環境魔力も清浄であるから、身を置いていると迷宮内部というのを忘れそうになるというか。
ライフディテクションや片眼鏡の魔力反応で索敵を行っていく。草原付近に大きな反応はない。植生は独特というか、草原も森も、見たことのない植物ばかりだ。虫や鳥といった小動物も、少し見覚えのないものばかりだな。
「もうルーンガルドには同じ形では残っていない子達ですね。永い時の中で生まれ、次の世代に繋がっていきました」
島の上部に姿を見せたティエーラが鮮やかな赤い色をした花にそっと手を差し伸べて言う。
同じ形では残っていない、か。
「次に繋がっていったというのは……確かにそうなんだろうね」
そう言うと、ティエーラがふっと柔らかい笑みを見せ、コルティエーラが静かに頷く。
環境に合わなかったり生存競争の中で消えたり種としては変化していったのだとしても、その過程で生態系の一部として組み込まれて、何かを支えたり調整役となっていたというのは間違いない。
環境に適応出来たか、出来なかったか。今生き残っているのか、いないのかに関わらず。ルーンガルドにいる生物達にとって無意味なものなどなかったという事だ。
ティエーラにとってはそうした過去の積み重ねもあってのものだという想いがあるから、こうした形で区画の中に再現されているのかも知れないな。