番外1658 模造精霊
気付かないふりをしてそのまま進んでいけば……魔力反応が高まりを見せた。発射されるとほぼ同時にストーンバレットを撃ち込めば、向こうからの弾丸とぶつかり合って空中で弾けた。いるのは分かっているという、まあ……挨拶のようなものだ。
すると、目に見えて変化が起こった。
最初は――浮遊岩の一部が崩れたようにも見えた。が、岩の欠片が重力に逆らうようにそれはふわりと浮いて。地面や浮遊岩側に落ちる事もなく、その場に滞空する。
何か、黄色い光を中心に複数の石の欠片がその光の周囲を舞った。それだけではないな。緑色の輝きを中心に気流が白い渦を巻くようにして、小さな竜巻のようなものが姿を見せたり、同じような姿で赤と青に紫……それぞれ炎と水、電気を光球の周囲に纏う存在が多数出現する。
光の下級精霊……ウィスプのような輝きではあるが、違う何かだ。
精霊に近しい魔力を感じるが……無味乾燥というか、平坦というか。精霊達の魔力反応は感情がそこに乗って環境魔力に影響を及ぼして伝わってくるのだが、それが欠落している。
「迷宮が合成した――精霊に近しい魔法生物……かな? 模造精霊って言うところか」
俺の見立てはそう間違ってはいないのか、ティエーラも少し思案するような様子を見せながら静かに頷いていた。
名付けるならばエレメントフェイクというところか。
浮遊岩群の中に出現したフェイク達は軽快な速度で一斉に四方八方に散ると、改めてこちらを包囲するような動きを見せる。
これは――一般的な冒険者達には荷が重いな。どれも属性を有している上に自由に飛行するタイプ。浮遊岩群の中での戦いとなるから、普通の対応ではかなり厳しい戦いを強いられる。
「各種属性の性質と飛び道具に注意! 本体突貫と連携、自爆も有り得る! 物理攻撃が効かないなら闘気や魔力で攻撃して結果の情報を共有!」
「分かりました!」
「ん。了解!」
向かってくるフェイク達との間合いを詰めながらそう伝えれば、グレイスとシーラも共に前に出ながら答える。前衛と後衛。後衛の守りとなる中衛に分かれる形だが、俺達は前衛役だ。みんなの動きと位置関係も把握しながらフェイク達に突っかける。
対するフェイク達は、一定の距離を保つようにして各々属性に沿った弾幕を放ってきた。俺達への弾幕は――火と水のように減衰してしまう組み合わせが起こらない位置取りで行われているようだ。
各々の性質の理解と、それに伴う役割分担。避けにくいように空間を埋め、偏差で放たれる弾幕――。そのただ中を体術とシールド、ウロボロスの打撃によって突っ切って間合いを詰める。
電撃のように、比較的対応の難しい攻撃だけはこちらで引き受ける。
ジェーラ女王の宝珠の力を借りて、術式の干渉領域を拡大。戦闘空域に放たれた電撃を誘導して無効化していく。
最初に俺と接敵したのは土属性のエレメントフェイクだ。電撃を無効化していると気付いたか、俺の方に突っかけてくる。弾幕を張りながら突っ込んできて、光球の周囲に展開している複数の石に魔力を纏わせ、車輪のように高速回転させて応対してきた。
互いに遠慮のない速度で突っ込み、余剰魔力の火花を散らすウロボロスを叩き込めば――衝撃と共にぶつかり合う形となった。スパークを散らしての激突。
弾かれたのは――フェイクの方だった。態勢を立て直す前にお構いなしに踏み込んで、切り返すようにウロボロスを振るって車輪の横から打擲を叩き込む。
金属の軋むような音――いや、声か――を響かせて、フェイクが吹っ飛ばされた。
浮遊岩に引き寄せられるように軌道が変わり、そのまま岩肌と激突。光が明滅し、内部から金属とも石ともつかない光沢のある球体が露出する。少しの間火花を散らしていたが、やがて機能停止したようだ。
「光の中に物理的なコア……! 接近戦での攻撃は結構威力があるから注意!」
「はいっ!」
「ん。斬り込む!」
フェイク達のただ中に飛び込んで弾幕の一部を引き受けながらもそれを見届けて情報を伝達すれば、前線で肩を並べるグレイスやシーラも応じる。
グレイスやシーラも――闘気を大きく広げたり、姿を現したり消したり、瞬かせるような幻惑的な動きでフェイク達を引きつけるような動きを見せていた。弾幕の威力や速度、密度を見て取っていたのだろう。
だが、様子見は終わりというように、それぞれ動きを見せる。
グレイスは四肢に闘気を纏うと、シールドを蹴って爆発的な速度で踏み込んだ。対応するように放たれる弾幕を、闘気の波で真っ向から押し退けるように払って最短距離を突っ切ると、二度、三度とすれ違いざまに斧の斬撃を見舞う。空中に斬撃の軌跡を煌めきだけ残して、グレイスの背後で二つに断ち切られたフェイク達が浮遊岩に向かって落ちていく。
「ここ」
シーラは――姿を瞬かせ、虚実を織り交ぜたステップでいきなり間合いの内側に現れると雷を纏った真珠剣をフェイクの光球部分に突き立てた。
そう思った瞬間には結果を見届ける前に姿を消して別方向へと飛ぶ。雷撃の刺突と神出鬼没の動きでの攪乱が狙いだ。シーラの位置、飛ぶ方向を温度変化で把握しているイルムヒルトの光の弓が、離脱した箇所に遠慮なく降り注いだ。
フェイク達には隠蔽札まで駆使しているシーラを追う手段がないのか、イルムヒルトやアシュレイ達の展開する弾幕に応射しながら火と風のフェイクが炎の渦を展開したりと範囲攻撃で対応しようとするが――。
「――甘いわね」
遠くからローズマリーがほくそ笑む。マジックスレイブから操り糸が放たれ、シーラのいない方向のエレメントフェイク達に向かって炎の渦が解き放たれていた。その中には水属性のフェイクもいて。
水の盾で炎の渦からガードを固めるが、動きが止まってしまう。そこにアシュレイやステファニア、エレナの放った弾幕が叩き込まれていた。
応射するがイグニスやマルレーンの操るソーサーが弾き散らし、クラウディアがカード型の魔道具に封入した術式で簡易の結界を瞬間的に展開して阻害する。ピエトロも分身達にマジックシールドを展開する魔道具を持たせ、コルリスやアンバーも空中に水晶の壁を展開して、後衛を守る構えを見せている。
最初に出てきたフェイク達の規模と、おおよその戦力も掴んだ。属性を組み合わせた連携技を持っていたり、近接技もなかなかの威力であったりと数の割に油断できる相手ではないのは確かだ。
小型の飛行型で近距離、遠距離共に対応できる上に数が多いという事で、ティアーズ達と同じぐらいには脅威度も高いか。ティアーズ達は各々の武装が違い、エレメントフェイク達は属性に応じた違いがあるというのは念頭に置く必要はある。
一度に出てくる数の上ではティアーズ達の方が多いが、エレメントフェイク達は浮遊岩の近くに潜んでいたから、現時点での地の利という点ではこちらの方が面倒な面もあるな。
「良いわ。行ってきなさい」
べリウスが視線を向けるとクラウディアが頷き、前衛の突撃と後衛の弾幕でエレメントフェイクの連携が崩されたところにイグニスと共に切り込んでいく。久しぶりのイグニスとの連携という事でマクスウェルも核を明滅させてかなり張り切っているようだ。
磁力線に誘導された斬撃が正確無比にイグニスに向かってきた弾幕を払い落とし、肉薄したイグニスがもう一方の手に握ったハンマーを叩きつける。斬り込んできたイグニスに対応しようとした瞬間、直上に姿を見せたべリウスの細く絞られた火線がフェイクを撃ち抜いていく。
久しぶりの実戦で、立ち上がりは様子見を交えつつではあったが――みんな動きのキレも、連携の勘も冴えているな。とはいえ、エレメントフェイクをティアーズと同程度の脅威度と見積もるなら高難易度の区画であることに間違いはなさそうだな。




