番外1657 浮遊岩の性質
転送魔法陣のテストを行った後、周辺に結界を構築した上で天幕を張る。
体力回復や治療用、水作成の魔道具設置。中継の水晶板に座標表示の魔道具……仮設の竈やトイレの準備もしたりと、魔法の鞄を活用したりして持ち込んだ物資を取り出し、一通りの設営を終えた。
「前線基地としては十分かな」
セーフティーエリアに残しておくベースキャンプとしては十分なものだろう。先日行った訓練もあって、みんなてきぱきと準備を進めた上に物品の配置も最適化されている。
こうやって迷宮に設営した品々は……休憩用や居住用として設定されている一部エリアを除き、満月の迷宮変異が起こるとそれに巻き込まれてしまう。
パーティーが探索中に留守の間、誰が区画入口に設営したベースキャンプを、盗難防止のために監視するのかというのもそうだが、7人パーティー以上は必要とされる転界石が大幅に増加してしまう、といった問題もある。
例えば騎士団の調査や遠征訓練のような、規模の大きなパーティー連合編成でない限り、こうした設備の持ち込みもかなり簡素なものになってしまうのが普通だ。
なので通常、探索目的の冒険者達がここまで色々な設備を持ち込むという事はないが……俺達の場合は魔法の鞄もあるしな、転移魔法や転送魔法陣での撤収もかなり負担が少ないのでこれでも大丈夫だ。
まあ……色々設置してはいるが、ティエーラの影響を受けた区画という事で色々予想して身構えている部分もある。可能なら質の良い魔石を確保する事も目的としているので万全を期したわけだ。
「よし……。それじゃあ進んでいこうか。とりあえずは――浮遊島の方から調査を進めていく」
「はい。では参りましょう」
「ん。気合が入る」
「テオドールと迷宮探索もしばらくぶりだものね。楽しく感じてしまうけれど、集中しないとね」
と、グレイスやシーラ、ステファニアがそんな風に言うとマルレーンもにっこりと笑う。
みんな気合が入っているし機嫌も良さそうなのはその辺が理由か。オリヴィア達の事もあったし、こうやって探索するのは確かに久しぶりだからな。
「退路の確保は任せてくれ」
「留守番もね……!」
テスディロスとユイがそう言うと、氏族の面々とヴィンクルも頷いていた。うむ。
というわけでセーフティーゾーンから一番近くにある浮遊岩に向かって移動していく。最初は人一人立てるような小さな岩がいくつか浮かんでいて、大きな浮遊島に向かって進めば進むほど足場が大きくなっていくといったような作りだ。
セーフティーゾーンからシールドやレビテーションを使って、各々一番近くにある手頃な大きさの浮遊石に向かって跳べば――。
「おお?」
「これは――?」
身体が引き寄せられるような、あまり馴染みのない感覚と共に浮遊岩の上に着地する。
「何だか……今、不思議な感覚がありました」
「レビテーションの効力に……何か干渉を受けた、ような」
アシュレイやエレナも首を傾げる。
「これは……重力の方向がおかしくなっている、のか」
ヴァルロスと戦った時に同じような感覚もあったが……あれは明確な攻撃と行動妨害だ。危険度という面で段違いではあったけれど。
浮遊岩はそういう性質を持つという事になるのだろう。流石はティエーラの影響を受けて生まれた区画というか……。
浮遊岩の上を少し移動してみると、特に術式を発動しているわけでもないのに岩の真下まで歩いて移動する事が出来た。それを見ているみんなも少し驚いているようだ。ティエーラは納得したように頷いたりしているが。
何というか……面白いがこれは慣れや説明が必要だな。
「何て説明すればいいのかな。浮遊岩や浮遊島に近付くと、岩や島の中心に向かって、物が落ちる。中心部に引きつけられる、って言う方が感覚的には分かりやすいのかな?」
斥候がてら軽くバロールに浮遊岩の間を飛行してもらってみたが……本来の重力と合わせて必要以上に重くなる……という事にはならないようだ。
「浮遊岩の下側まで来ると重力が引き寄せる方向が変わるから、かな? 落ちる――引きつけられる方向が変わったり、岩と岩の間で吊り合って浮かんでしまったりする場所がある」
それに……浮遊岩からある程度離れると、本来の重力に引かれて水面側へと落ちる圏内に入ったりもするな。
釣り合って浮かぶというのは……無重力に近い状態だが、実際には侵入する際の勢いもあるから余程上手く均衡が取れていないとそこに浮かび続けてしまう、という事にはならないだろう。
俺達の場合はマジックシールドやエアブラストで移動も可能だから、そうなった場合の離脱も容易だ。
大きな浮遊島の上まで行けば問題なく普段通りの動きはできそうだが……大小の浮遊岩が浮かんでいるような場所は、その辺を念頭に置いていないと思わぬ感覚の狂いや機動への影響が生じそうだ。
幻術を使って視覚的にもその辺を分かりやすくしながら説明をすると、みんなも真剣な面持ちで頷いていた。
「ん。地上側に落ちたら慌てずにレビテーションとシールドで立て直す」
「変に釣り合うような場所にきた場合もシールドで大丈夫ね」
「そうだね。慌てず防御や回避をするのが大事だ」
シーラとイルムヒルトの言葉にそう応じると、みんなも真剣な面持ちで頷いていた。
浮遊岩が多数ある、というのはここから見渡した感じでも点在しているからな。浮遊島以外での移動中に特に注意が必要だ。
「或いはそもそも浮遊岩を足場として利用しない事で予想不能な要素を攻防に差し挟まないというのも有りだね」
俺達なら空中を移動できるからな。浮遊岩が妙な性質をしていても大きな問題はない。
「順路としての目安にしても足場としては頼りにしないように、という事ね」
「浮遊岩は通常の区画の通路に当たるような部分でしょうし、それを無視した空中移動にも何かありそうだわ」
ステファニアとローズマリーもそう応じる。それは確かに。迷宮は通路の破壊や城壁等を無視した移動に対して、壁の再生だとか結界を展開したりだとか、何かしらの対抗手段やリスクを与えてくるケースがある。実際片眼鏡で見た場合にちらほらと「通路」から離れ過ぎた場所に魔力反応の濃い部分が見受けられるのが気になるところだ。
区画自体が清浄過ぎて殊更不穏な魔力という印象はないが……逆に竜巻や雷撃が発生する等の自然現象に近い形でのトラップというのは有り得るな。想定としてもティエーラの区画らしいとも言える。
「それじゃあ、岩陰から襲われても対応出来て、且つ離れすぎない位置を維持しながら進んでいこう。今光球を飛ばしたけれど……あのぐらいの距離まで離れると、魔力が濃くなっている場所がある。何かしら順路から外れた場合の罠のようなものもありそうだ」
そう伝えるとみんなも真剣な面持ちで頷く。
方針が纏まったところで、シールドを足場にして浮遊島までは空中移動をしていく形となった。マルレーンをその騎馬に乗せているデュラハンは元々精霊だから勿論のこと、使い魔達動物組やイグニス、べリウスといった魔法生物組の面々も移動に特に問題はない。
後方で待機しているみんなも飛んだり空中戦装備は使えるから問題はないな。同行しているシーカーの中継で情報共有もしているし。
しかし……これでは区画の実態がどうであれ、一般の冒険者がこの区画を探索するのはかなり骨が折れそうだ。レビテーションや闘気さえ使えれば浮遊岩から浮遊岩へと飛び移っての移動は可能だとは思うが。空中戦装備にしてもある程度習熟は必要だから、渡してすぐ使えるというわけではないしな。
と……そうやって浮遊島を目指して進んでいくと、多数の浮遊岩が浮かんでいるポイントの内部に……何やら妙な魔力反応を感知する。
「この区画の魔物、かな? 普通の生命反応ではないけれど……何か、動く魔力反応がある。この少し先――浮遊岩が散らばっている空域だ」
「分かりました。岩陰や岩そのものにも警戒していきましょう」
「温度の変化にも注意を払っておくわ」
グレイスやイルムヒルトが俺の言葉に答え、みんなも油断なく身構えた。さて。ではこの区画での初戦闘といくか。